独占者
以前即興小説の方で書いたものをあげることにしました。
約40分程で書いたものです。
長らく書いてないと腕って落ちるものですね。
というわけで、久しぶりに小説を書くための腕ならしです。今まで書いてこなかった作風に挑戦しようと思いました。
部屋は、薄ぼんやりとした灯りに照らされていた。
室内にある家具は少ない。チラチラと時折眩しい光を散らすテレビ、モダンなちゃぶ台、そしてやけに大きいソファ――その上で、うごめく影が二つ。
「ちょ、ちょっと……!」
二つある影の内、女性の方が甲高い声で叫んだ。
彼女がそんな悲鳴じみた声を上げるのは当然と言えば当然で、女性の線の細い腰には手が……パッと見で男性のものと見当のつく手が添えられていた。ただ添えられているだけなら良かったのだが、艶かしく動いて、女性の身体をまさぐっている。
「何だよ」
全く悪びれる様子のない声がそう言う。こちらは男性の方だ。
心地よく耳を打つテノールの声は、どうやら気分を害したらしく苛立ちが混ざっている。
「は、離して」
今度ははっきりと女は言った。
それでも男性は手をどけようとしない。嫌がった女はその手を無理矢理外した。男は小さく舌うちをして、女はそれを嫌悪が混ざった視線でにらむ。
「何でそんなに嫌がる」
「い、嫌に決まってるじゃない! 急に触ってきたりしてっ」
女性は怒りと羞恥に頬を染めて叫んだ。それに対して、男は煩いなと一言漏らした。
彼らはれっきとしたカップルである。
お互いがお互いを愛し合っているという自覚はあるし、女の方も男を好いていた。
そう、確かに好きだ。一緒に居られると嬉しい。とてもとても。
だがそれだけの話だ。付き合うのと、性行為をするのとでは、話が違う。スキンシップぐらいはしてもいいと思っていても、女性は彼に対して性欲を感じたことは無い。
「それだけのことだろう。触っただけの何が悪い」
実に気怠そうに、男性が言った。彼には、何故彼女がここまでの拒否反応を起こすのかが分からない。
ただ、触れたい。
ただ、彼女のことを奥深くまで愛したい。それだけのことなのだ、彼にとって、こんなことは。
「触っただけって、アンタやる気満々だったでしょ!」
今度は少し潤んだ目を精一杯つり上げて怒鳴られた。今更になって彼女は恐怖と安堵を感じたらしい。
だが、男の方は彼女にそんな感情を感じさせる気はさらさらなかった。
自覚ないだろうが、彼女のその表情が余計に身体を疼かせる。よりいっそう理性の制御が効かない。もともと我慢するつもりなんてなかったが。
女性の目に、男の冷め切った瞳が映る。男のその、どこまでも黒く、普段は感情の一片すら映していないその瞳には、何故か得体の知れない何かが宿っている気がした。
「それはお前の早とちりだな」
落ち着きを払って男は答えた。
それを見た彼女の怒気がしゅんと萎む。ごめん、と小さい呟きが聞こえた。
「どうして謝るんだよ」
「だ、だって私の早とちりで……。アンタは何もしないつもりだったのに、怒鳴ったりしたから……」
「……謝って良いのか?」
「え?」
女はきょとんとして男を見上げた。
もう一度、彼女の耳朶を熱を持ったテノールが打つ。
「だから、お前……それ、謝っても良いのか?」
対する女性は、相変わらず訳が分からないらしく首を捻っていた。先程の怒りも、羞恥も何も無く、その姿はあまりにも無防備である。
「え、え、何で?」
混乱した女の声を聞き、男は薄闇の中で笑った。
「じゃあ、せいぜい後悔するんだな」
その瞬間、テレビの灯りが切れた。放送していた映画が終わったらしい。
偶然だが、それは男にとってはまととない最高のタイミングだった。
“愛したい”という欲望にまみれた男は、小さく悲鳴を漏らす彼女を押し倒し、その桃色の唇を塞ぐ――……。
どれくらい経っただろうか。
男はゆっくりと身を起こした。彼の下では女性が一人、ここまで乱したならもう脱いだ方が明らかに良いという格好をして眠っている。――否、気を失ったのか。
彼女をそうした張本人である男性の服も相当乱れており、ついでに言うと両者共に汚れていた。
女性の薄桃色をした肌を撫で、最後に口付けを落とし、男性は立ち上がった。
これは、愛なのか。
それとも、欲望なのか。
男にとってはどっちでもよくて、先程の行為はどちらの意味も含んだものだった――。
「悪いな、俺は全部欲しがる独裁者なんでね」