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雪火野  作者: 俊衛門
49/53

四十九

 雪がクッションになったお蔭で大事には至らない。調はなんとか立ち上がった。首筋をガラス片で斬ってしまったが、傷は浅い。雪の上に、点々と赤いしみを作る。

 起き上がる。

 眼前に白刃が差しだされる。額を傷つけ、灼熱を刻みこみ、すぐに吹き付ける風が、晒し出された肉に染み込んだ。

 下がり、調は銃口を向ける。千秋は転げ落ちたガラスの回廊、その上にいるリツカの方を見ていた。

「聞け、千秋! 聞けるだろう、分かるんだろう、俺の声が」

 調は声を上げる。千秋が向き直った。

「お前に俺の声が届くなら、もう止めろ。これ以上は」

 調の声に、千秋は不愉快そうな面を見せる。構わず調は続ける。

「分かるだろう、あの子のためにどうすればいいのか。お前には分からないのか。あいつのために――」 

 最後まで言い終わらぬうちに、千秋が走った。十歩の距離を一気に踏み越え、調の目の前に迫った。

 反応する間もなかった。千秋が上段から斬りつけた。

 銃床で斬撃を弾く。千秋はすかさず刀を返して刺突する。調は慌てて首を傾ける。頬を削ぐ、白刃。ナノ弦糸の唸りを間近に聴く。

 飛び退いた、瞬間。足元から風が吹き抜けた。振り向くと下界が、目に飛び込んでくる。建物の縁に足をかけ、もう半歩踏み出せば落ちる、そういう距離だった。

 千秋の左手が光った。鉄の指には手裏剣が、三本握られている。振りかぶり、投擲の姿勢を作る。

 擲つ。電光弾ける。

 調が飛び降りる。空間に身を投げ出し、その刹那に調の頭上を紫色がよぎった。飛び込み、落下し、すぐにその下の導管に着地する。城塞を外から見たときの入り組んだパイプの上に。

 千秋が覗き込む。

 発砲した。発火弾頭が千秋の体の横を通り過ぎる。千秋が身を引く瞬間に第三弁を開放、誘導弾を撃った。

 爆発する。赤い炎が千秋を飲み込んだ。

「やったか――」

 そう思ったとき、調の足元に手裏剣が突き刺さる。炎が晴れ、その向こうに千秋がいるのを見る。同じように導管に飛び降り、真っ直ぐこちらに向かってくる。

 紫光を投擲。光芒が切り裂いた。

 飛び移る、調。隣の導管に着地した。導管の上を、走り、雪で滑りそうになりながらもなんとか千秋の間合いから離れようとする。

 手裏剣を打つ。

 誘導弾放つ。

 互いに引かれあうように、オレンジ色の火球と紫の電撃が衝突した。電光が迸り、直後にストロンチウムの紅が爆ぜ、電撃と絡み合う炎が導管の絡む櫓を焼き、瞬間に血のような赤と眩い紫電が包む。

 目を凝らす。火炎の中から千秋が飛び出した。間合いに踏みこむ、彼我の距離が縮まる、三歩。

 二連切り裂いた。千秋が斬る横なぎ、袈裟の斬撃を、危うく見切り、かわし、それでもと刀の先は調の膚を削り取った。

 下がる、調。銃弾が届くぎりぎりの距離にまで飛び退く。導管の端と端に立ち、銃を向け、刃を向けたまま向かい合う。

 不意に、風が吹いた。導管上に降り積もった雪が舞い上がった。視界が白く遮られる。地吹雪が、覆う、雪の幕で塗り潰した、刹那。

 千秋が擲つ、電光が咲いた。紫の筋が三つ生まれた。

 寸でのところでかわす、手裏剣が頬を斬る。乳白の靄の中を、血の赤が曳いた。額と首と、全身が総毛立ち、痛みと相まって刺すような冷気が膚をなぞる。

 調が離れる。離脱しながら銃撃を加える。火線を潜り抜けながら千秋が追い、間に踏み込む――太刀の間合いへ。刃が切り裂くための位置へ。

 一閃、斬りつけた。

 半歩退く。剣先が調の皮膚を削る。紙一重、刃をやり過ごして調、さらに一歩間合いを取り、刃の圏内から抜ける。下がり、それでも見据え、銃口を向ける。

 三連撃つ――炎吐き、銃身が跳ね上がる。打ち出された鉛の先端が千秋の左頬とこめかみを掠める。人造皮膚を焼く。黒い液が滲み、繊維質が飛び散った後に血のような筋を曳く。

 踏み込む――千秋が斬りつけた。

 剣先が届く。連管銃の弾倉を斬り裂いた。ケースレス弾が零れ落ちる、調は慌ててリロードしようとする。

 そこに弦刀の刺突。

 頬掠める。耳元に刃の唸り。鼓膜を揺さぶる弦楽の音を聞いた。

 銃剣突き出す。剣と小銃が交わった。剣先が銃身を削り、噛み合い、刃と銃で押し合う。せめぎ合う、気と体。間近に迫る、千秋の必死の形相を目の当たりにした。

 千秋が抜きつける。

 受け止める、調。銃床で刃を弾く。

 三度斬りつけた。千秋の刃。

 転身。紙一重調が刃を避ける。皮膚一枚を刻み、強化スーツの表面をなぞる刃、その紙一重を見極め、ぎりぎりの間を保つ。息を止め、かかる刃に戦慄する。弦が震え、慟哭じみた唸りを届け、撥くような乾いた音を奏でる弦楽の刃を。

 調が離れる。弾倉を番える。回転輪胴シリンダーに誘導弾を詰め替え、この間二秒。

 雪が舞った。銃剣を向ける、同時に引き金を引く。三点バーストの発射炎が閃いた。

 千秋の刀が躍る。三連の銃弾を三度弾く。白光を爆ぜさせた銃弾を斬り、マグネシウムが火の粉となり、降りかかるのを地吹雪の冷気がかき消す。視界が染まり、氷と火花が覆い隠すその央心に向けて調は撃った。苛烈さを増す銃撃を千秋は尚も弾き、掻い潜り、間合いを踏み越える。

 影、迫る。撃尺の間。いともたやすく死を迎え、互いに互いの刃が届く、その最後の境界を越える。

 横薙ぎ。

 調が退く、太刀を避ける。額を刃が掠め、膚を切り、開いた傷から血の筋が曳いた。肉をえぐった痕に氷の粒がぶつかり、痛みを増し、じくじくと焼けた感覚を得た。神経を刺激する、紛れもなく身体が得ている痛覚を意識した。これが今、自分が得ている痛みであるのだと、否が応でも自覚する。旋法ではない、膚そのものが訴える感覚。

「はあっ!」 

 声を上げる、真っ向踏み込む。両断の太刀と刺突する銃剣、銀と朱色が交わる。噛み合う、衝き上げる、雪片に火花が混じる。

 銃剣が弾く。太刀を斜めに摺り上げる。太刀の鎬が削れ、火花散り、銃剣に弾かれた太刀が、流れた。

 突き出す。銃剣の刺突と同時に発砲する。

 喉を貫く直前に千秋が首を捻る。銃剣が千秋の首筋を撫で、弾は虚空に向けて放たれた。

 風が舞った。両者の間を吹き抜け、雪を舞い上げた。瞬間に白い壁がそそり立ち、視界を塞ぐ。

 太刀走る。壁が割れた。白刃が全てを断ち、振動する剣が刻み付けた。

 銃剣突き出す。太刀とかち合う。斬撃を防ぎ、防ぐと同時に撃つ。発火弾頭が千秋の首筋を抉る、白炎が溶かす、人造皮膚と、その下に息づく鉄の骨格を引き剥がした。

 千秋が剣を振るい、そのたびごとに調は銃剣を突き出し、発砲する。交錯する刀身、銃剣の朱、発射炎が鮮烈に照りつける。白刃に映りこみ、反射し、光が爆ぜる。目に刺さる発光と、痺れを溜め込む腕と、熱に灼かれた膚と、その全てを覆い隠す地吹雪の白と。灼熱感と冷感、それを受ける己が、また違う自己であるように感じている。ただ走り、ただ撃ち尽くす。切り開き、突き刺し、それだけしかない。

 千秋、上段にとる。左から踏み込み、振り下ろした。

 切り結ぶ。鈍く金属が鳴った。振動刃と高電磁刃がぶつかり、淡い橙の火花を散らした。調は下がりながら、銃床で刃を弾き、踏み込んだ。踏み込みながら突いた。

 銃剣掠める――千秋の肩をえぐる。千秋の顔がゆがむ。苦痛めいて、憤怒めいている。深く、激情を刻み付けた刃めく面、獣の眼差しを、調は目の当たりにした。

 千秋が切りかかった。

 血の霧が舞った。剣先が切り裂き、調の耳を斬り落とした。雪塵に紅が差し、鉄の味が舌に満ちる。凍える冷気が傷を刺し、神経が痛みを主張してくるのを堪えた。こみ上げる灼熱を飲み込み、漏れそうになる声を噛み殺す。

 踏み出す。

 突き出す――互いに貫く、剣と剣。

 交わる、銃剣と刀。衝突し、刃が擦れ火花が散った。


 煙の中にいる――雪の煙。下界を臨む、リツカの視界には、地吹雪の靄があった。

 白く狼煙を上げた最中に、二つ影が交わり、離れては跳ぶ。紫の電光と紅い光の軌跡が交錯し、銃撃の音が間断なく響き、叫ぶ声はいつしか風の音に掻き消えた。

「よくやるよ、調も」

 リツカの肩に手が置かれ、ヨファとかいうアジア系の女がリツカの見る方向を向く。千秋にやられた肩は、膚が焼け、傷をさらしてはいたがそれでも動けないほどではないらしい。痛みをかみ殺すように、ヨファは顔をしかめている。

「あの機械、千秋っていうの。あなたの彼氏?」

「そういうんじゃない、けど……」

 雪が切れ、千秋の姿を確認する。膚が焼け、剥き出しの骨格を晒している。かかる銃弾を掻い潜り、調に向かい、銃弾を吐き出す調もまた、終わりが近い風だった。

「あいつはさ、旧人は州都に住めないと思っていたみたい」

 ヨファが、誰に聞かせる風でもなく言う。リツカが聞こうが聞くまいが構わないように。

「だけど、旧人だからって諦めることもなかった。本人は意図してなかったみたいだけど、生きる道を模索して。たまにドジ踏むし、周りとも険悪になるけど。それなりにやってきた」

 慟哭する、獣じみた唸り。弦楽の刃と、銃撃音だった。

「あなたは、どっちなのかしらね」

「どっちかなんてない」

 千秋と調の影が再び地吹雪に埋没する。冷たく熱い、雪の炎だった。炎は猛り、電撃は乱れ、どちらもが光を帯びて、どちらもが簡単には消えない。

「選べない? そうだね」

 ヨファは、達観したかのように嘆息した。

「でも生きるには、捨てなければいけないこともある」

 そのヨファの呟きも、風の音にかき消される。吹き荒れる風、その直下。銃弾の朱と電光の紫が交わった。

 撃つ。調が引き金を絞る。跳ね上がる銃身、発火弾頭が吐き出される。銃弾が切り裂き、千秋の頬を抉る。

 千秋が投げる。電撃を固めた手裏剣。銃弾とぶつかり火花を散らす。

 数瞬の間。

 千秋が走った。刀を脇に構えたまま迫る――間合いを飛び越える。

 斬りつけた。

 袈裟斬り。調は身を反らして避ける。

 それを待っていたかのように千秋が調の襟首を掴んだ。身を引き寄せ、足を払う。倒れ込んだ調の眼前に、切っ先が突き刺さる。転がりながら避け、調は導管から飛び降りた。すぐ下のパイプに降り立つと同時に、真上に向かって誘導弾を撃ちこんだ。

 着弾する、突き刺さる。膨れ上がる、熱量と火炎が弾けた。炎が飲み込む、炎が猛る――導管ごと焼き尽くした。

 瞬間、顔の横を電撃が過ぎ去った。

 千秋が飛び込む。引火したジャケットを脱ぎ捨て、あっというまに間を詰めた。調が構える間もなく、千秋は諸手で真向、振り下ろした。

 慌てて受け止める。銃床に刃が食い込む。そのまま千秋は刀を押し込めた。力で押され、調は後ずさる。鉄柱に、背中を押しつけられた。

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