表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪火野  作者: 俊衛門
46/53

四十六

 空気が裂ける音がした。

 リツカは思わず身を屈める。頭上を三角錐の飛翔体が飛び去るところだった。

 赤褐色の飛翔体の、両翼からオレンジ色の火の玉が放たれる。火球が山の中腹に突き刺さり、ぱっと赤い光が咲いた。爆音とともに山肌が抉れ、紅い火炎が舞い上がった。

 後方の山から火の手が上がる。対空ミサイルが投げナイフじみて飛ぶ。褐色の鳥を銀色のミサイルが追った。

 再びの火球。戦闘機が放ったオレンジ色の光がミサイルを撃ち砕く。弾け飛んだ金属が火炎と黒煙の中に埋没する、爆炎が空に棚引いた。

 赤褐色の鳥が急旋回する。飛びながら火球を放った。三つ、四つと撃ち込んだ炎が、ミサイル台もろとも頂を吹き飛ばす。その一連の動きを、遠目で見る。

 こっちへ、とリツカは誰かに手を引かれる。シェルターへ向かう途中の道だった。機甲兵に先導されて、他の避難民とともに山道を登る。

 雪火野を見下ろすように連なる山は城塞じみていて、一つ一つが武装している。森を歩いていれば、カモフラージュされた砲台を目にすることがある。山腹の、崖に埋め込まれた臼砲と、山間に隠されたミサイル台。今歩いている山はそのどれもが存在しない、数少ない非武装地帯だった。シェルターは山の頂にある入り口から、地下へと延びるエレベータに乗り、山をくり貫くようにして作られた空間に達する。八層の鉄壁に守られたシェルター。

 避難民の列が続き、機甲兵が両脇を固めていた。皆が皆、一様に押し黙り、ひたすら山道を登っていた。後ろで轟く爆音など耳に入っていないかのように、黙々と進む。

 機甲兵が一体、振り向いた。もうすぐ頂上まで着く頃だった。

 いきなり、銃声がした。

 先頭の兵の頭が吹っ飛んだ。鉄片をまき散らして倒れ、あっけなく事切れた兵は斜面を転がり落ちる。それを受け他の兵たちが一斉に銃を向けた。

 林の中から人影が飛び出した。どこに潜んでいたのか、雪中迷彩を身につけた兵が機甲兵たちに銃撃を加えた。セミオートで機甲兵たちだけを正確に打ち抜く、兵たちの銃に見覚えがあった。銃剣を収納できる、調が持っていたものと同じだった。白兵と呼ばれる、連邦の尖兵。その白兵たちの銃撃に貫かれるたび、白い火花が散り、鉄の体を打ち砕いた。

 一人、飛び出す。両手に斧を携えた軽機動兵が白兵たちに斬りかかる。すぐさま白兵の一人が、銃剣で軽機動兵を貫いた。

 避難民たちが総崩れとなる。逃げまどい、その場に座り込み、軽機動兵たちはそんな人の合間を縫って、白兵に襲いかかる。銃剣で次々に沈められ、撃ち込む機甲兵たちを横目にリツカは走る。斜面を駆け下り、出来るだけ遠くに逃げようとした。

 何かに躓いた。

起き上がる、その瞬間。無骨な金属の靴を目の当たりにする。顔を上げると、黒いスーツと防具、フルフェイスヘルメット、銃剣を剥き出しにさせた小銃が、順繰りに目に映った。

 白兵だった。目の前にするのは初めてだった。その白兵が、濃いスモークの効いたヘルメット越しにこちらを見ている。

声を失う。表の見えない、機械めいた面を晒した男が、手を伸ばしてくる。奥歯が凍る心地がした。尻餅をついたまま、後ずさり、出来るだけ体を遠ざけようとした。

白兵が一歩、歩み寄った。その瞬間、白兵の頭が弾かれた。ヘルメットを突き破って、何かが頭を撃ち抜き、倒れる。紫の電光が弾け、放電し、身体を包んだ。

幾筋も生まれる――電光の軌跡が白兵たちに降り注いだ。樹上から光が直線の軌道でもって飛び、白兵を撃ち貫き、電撃でもって白兵を焼く。一つ、二つ、全部で十の光が咲き、紫色が刺さる。

白兵たちが頭上に銃を向ける。

発砲。

 木の上から影が降り立った。着地とともに、刃を抜き放つ。剣が躍り、縦横斬りつけた。果たして白兵たちは声もなく崩れ、遅れて血の飛沫が舞い散った。

跳躍した。影が白兵たちの群れに飛び込む。一斉に切り開く、発射炎に真っ向、立向かう。銃撃に突っ込み、火線を避けて懐に入る――それと同時に刃が切り開き、貫き、切り裂いた。白兵たちがすべて斬り払われるまでに時間はかからなかった。

影がリツカの元に駆け寄る。血で塗れた手を差し伸べた。

「千秋」

 ようやく声を発した。リツカが千秋の手を取り、何とか立ち上がる。周りを見ると、倒れた白兵たちを飛び越えて避難民たちが散り散りになって逃げるところだった。

「あ、あのありがとう……でもあなた、どうしてここに? 確か前線にいたはずじゃ……」

 千秋は黙って首を振った。普段から無表情であるのに、やけに険しい顔つきをしている。こんな千秋を見るのは初めてだった。

 千秋が手を引いた。ついてこいと言うことなのだろうか。リツカは黙ってそれに従った。

 山の頂上に、黒い機影が過ぎ去るのを見た。翼を広げた黒い怪鳥が、銀色の卵を産み落とし、ばらばらと落下するそれが頂付近に突き刺さる。千秋はそれを見て、一瞬だけ嫌悪感を露わにした表情を見せた。千秋はシェルターと反対方向に駆け、リツカもそれに従った。


戦場の中を走る。千秋に手を引かれたまま駆け、ひたすらに走った。市街地でも工場が並ぶ製造区域を避け、比較的民家が多い場所を通ったので爆撃により破壊された建物はない。州軍も住宅地だけは避けているようで、敵にも味方にも遭遇することは無かった。それでも、一区画でも違えればそこは戦場で、白兵と機甲兵たちが銃撃を交わしている。装甲車から遠ざかり、猩猿の雄叫びに背を向け、向かう先は城塞だった。

 終始、千秋は一定の力で引っ張った。普段ならばそれでも、リツカの歩みにあわせることぐらいはするはずだ。リツカはちゃんと知っている、この人は私をいつも気遣ってくれている――脳に鉄杭を打ち込まれたとしても。だけど今は、ただの機械に戻ってしまったようだ。ただ一つのプログラムを忠実にこなす、その行動の意味という概念もない機械に。千秋は、リツカがつまづき、引っ張る力の強さに顔をしかめても、ペースを全く崩さない。

 炎上する化学プラントが、河を挟んで見える。黒煙を上げる、その中で鰐甲亀が首を持ち上げる。四つの頭が火の玉を吐き出し、赤紫の尾を曳く。プラントの一角が赤々と燃える。

 オレンジ色がいくつも打ち上げられた。花火めいて輝く光球が鰐甲亀を取り囲み、豆粒ほどのそれが一気に襲いかかる。雀蜂を攻撃する蜜蜂かと思った。誘導弾の群が頭の先からドームの胴体まで満遍なく突き刺さると同時に、異形の機械が紅い炎に包まれる。苦しみ、もがき、のたうち、やがて鰐甲亀のすべての首が落ちるまでに時間はかからない。四つ首が断末魔じみた鉄のうなりを発するに、リツカは無駄だと知りつつも開いている右手で耳を塞ぐ。硝子をすり合わせる、背筋をかきむしる声だった。

市街からも製造区域からも遠ざかり、橋を渡るとすぐに城塞が見える。鉄骨が絡み合い、毛細血管の導管が入り組んだ雪火野の象徴。軍事施設には違いなかった。ここが爆撃されないのは、中にいるのは戦闘員ばかりとは限らないと判断されたからだろう。ある意味では市街地よりは安全ではあると言えた。

 一歩踏み出した。

千秋が急に体の向きを変えた。その両手に紫色の電光を発するのを見る。続き、遙か後方――五百メートルも先で雪中迷彩の兵士が五人倒れるのを。無骨なフルフェイスヘルメットと連管銃、白兵の姿をしている。

 銃撃。城塞の上から羊鹿が発砲する。機銃が雪上を滑ってくる兵士を撃ち抜いてゆく。千秋はリツカを背中にかばうような立ち位置で構えた。

「千秋!」

 立ち上がるリツカに、千秋は目線だけくれる。リツカの顔、城塞を交互に睨んだ。行けと、暗に言っているようだった。

 銃撃が鳴った。連管銃から吐き出される発火弾頭が、雪原に刺さった。千秋は刀を抜き放つのに、リツカは城塞の方向に走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ