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雪火野  作者: 俊衛門
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四十四

 外の様子が変わっていたことに気づいた。通信塔を、機甲兵たちが乗るモービルが取り囲んだのを調は目の当たりにした。

 機甲兵の短針銃が外壁を刺す。調はすぐに通信塔のセキュリティシステムを作動させると、護衛用のサブマシンガンを取り出した。塔の防衛にはよく用いられる、空気射出式の鉄鋼銃を十連射。別な角度から短針銃の鋭い発射音が響く。あわてて身を引っ込める。老朽化したバイオ壁に、四インチ針が深くめり込み、内壁に亀裂を生じさせた。

 調は身を屈め、窓から銃身だけ突き出す。機甲兵たちのモービルを狙う。照準あわせ、発砲。五十連射ほど撃った。

 撃鉄が引き戻る。調は空気銃を投げ捨て拳銃を抜いた。半身を乗り出し、ほとんど狙いをつける暇もないほど早い間隔で撃ち、しかし機甲兵の一体がやがて塔の中に入ってきた。

 調はナイフを抜き、階段を降りた。入り口の扉をこじあけ、機甲兵が侵入してくる。

 扉が開かれた。機甲兵が侵入してくる、その刹那。反射的に調は発砲した。発火弾頭が先頭の兵の胸部に突き立つ。くずおれたところ、ナイフで仕留める。金属の首に高電磁ナイフを突き刺した。

 すぐに機甲兵から短針銃を奪った。壁を越えて侵入してくる機甲兵たちに向けて、十連射ほど発砲。引き金がやけに重く、最大限に力を込めなければ引くことが出来ない。人の力などまるで想定していないつくりだ。

 一旦兵たちが退く。調が構えを解く。

 いきなり壁の一角が崩れた。めりめりと金属壁が引き倒され、塔と森を隔てるものがなにもなくなる。崩れた壁の向こう側に、機甲兵と羊鹿が待ちかまえている。

 あわてて身を隠す。羊鹿がディスクを四つ放った。回転する円形の刃がかすめ、塔の中にまで飛び込んできた。階段を斬り、計器が埋まった壁にめり込んだ。調は短針銃を向け、発砲するが、狙いが定まらない。

 機甲兵が三体、なだれ込んできた。調は短針銃を捨て、ナイフを握った。

 爆音が響いた。地面ごと揺るがすような轟音が、機甲兵の背後からあがる。兵たちの後ろで、見慣れた深紅の炎が弾けるのを、調は目の当たりにした。

 もう一度爆発。火の手が天を突き、逆巻き、機甲兵たちを飲み込む。とっさに調は身を伏せると爆発の方向から銃撃音が鳴った。塔に侵入しようとしていた機甲兵たちを打ち抜き、兵たちは総崩れとなる。銃撃が鳴りやむと、やがて静寂が訪れる。

 おそるおそる顔を上げる。炎が雪の上に、ぽつぽつと点在していた。機甲兵と羊鹿が、ストロンチウム炎によって燃え上がり、鉄の躯は例外なく発火弾頭にやられている。

 調は外に出た。辺りを見渡す。

「この程度の連中に苦戦するようじゃ」

 後ろから声。随分と長いこと聞かない声であるように感じた。最後に耳にしたのは、わずか二ヶ月前であるのにも関わらず。

「少し腕が落ちたんじゃないの? 調。あなたならもうちょっと粘るでしょう」

「何でここにいる」

 そう口にすると、果たして声の主は嘆息して言った。

「不細工な旋法を辿っていったら、ここに辿り着いた。あんな気持ち悪い歌音垂れ流すのは、私の中じゃ心当たりは一人しかいないし。あんなのを流すともはや公害レベルね。まさかあのときと同じ音をまた聞くことになるとは思わなかったわ」

 調が向き直った先で、ヨファは機甲兵たちを見下ろし、鉄の躯を足の先で転がしたりしていた。

「というか、無駄弾撃ちすぎじゃないの? これ。相変わらず窮地になると弱いね、あんた。格闘はそれなりだけど射撃になるとまだまだ。教官の苦労もしのばれるってものだわ」

 変わらない口調だった。冗談めかしていて、軽口を叩く。ハン・ヨファだった。すべてはそのままであり続けるという。

「どうして来たんだ」 

 調は顔を背けた。まともに見られる気がしなかった。

「あんたが呼んだんじゃない?」

 変わらぬということが、自然体すぎた。どうしてヨファはここでも、ヨファであり続けるのか。

「あんな不細工な旋法、二度も味わうことになるなんてね」

「俺と分かっていたなら尚更」

 それが腹ただしくもあり、情けなくもある。ヨファがヨファで在り続ける事実が、的確に抉ってくる感覚を。

「そのまま捨て置けばよかったものを」

「だって助けを求めていたんじゃないの。あのときの、雪山と同じようにさ。救援の形だけどうにか見繕ったような旋法を。あれは鳴盤で出したの? 酷い音だったよ、相変わらず」

「来なければ良かったんだ」

 吐き捨てたその言葉ごと、突き刺すものだった。調が発したことは、刃であり、棘であるようだった。回路の存在がなくとも、それを感じ取るかのようだった。

「お前を殺そうとした俺を、お前を犯そうとした俺を。ただの獣と言い捨てて、そのままにしておけばいいものを」

 私たちは味方です――そんな風に告げた、入り江の家の大人たち。追随する旧人たちと、かつて培養液で生まれた子供たちと、それに従うことこそが生きる道と説く、差し伸べる手に疑問を抱くことのない善意の人々と。

「俺たちのことなど、何一つ理解なんて出来ないお前たちが。理解しようともしないお前たちが、何で手を伸ばそうとしている」

「歌音は誰にでも平等だよ」

 ヨファは一歩、詰め寄った。

「あなたにも理解できるし、それを受け入れることだって出来る。それをしようとしないあんたが、それを分かろうとしないあんたが、そんなことを言えるの?」

「分かろうとした」

 聞きたくもない、何千回と繰り返された試行を、今更ながらにかみ締めた。歌音が奏でる旋法、歌いあい、求め合い、手を伸ばして手を取り合うための装置。暴力に彩られた旧人たちの社会を変革させた、美しい世界の物語を。何度でも聞かされて、何度でもその旋法を味わう。優しい旋律を。

 それこそが、枷であると。何度でも訴えた。訴えてもそれは届くことなどなかった。届かず、弾き出され、原野に消えた面影を、追い縋り、追い求め。 

 それを捨ててまで、尚理解しようとまでして。俺は俺自身を殺してまで。

「味方であると説いておいても、結局は旋法を解さぬものは獣に過ぎないと。ただ自分が痛みを背負うのが嫌だから、俺たちのような人間にも旋法に従えと言って。そんな旋法なんて、お前達の都合。全部が全部、新人どもの都合でしかない。それなのに、何が平等だよ」

 入り江の少女が、脳裏をよぎり、かつて漏らした言葉を調自身がなぞっていた。

「俺はお前たちと違う、違うことを罪として、息が詰まるほど優しくして。平等だったら何で操が消えなければいけなかった。あいつが死なずとも済んだんじゃないのかよ」

 吐き出した、その言葉は等しく貫くものであった。できることならば、その言葉に刺し貫かれ、果ててしまえば良いのだと。どうせ俺には何もない、白兵たる理由も原野で追いすがる理由も。ここで全部終わってしまえばいいのだ。

「だから、ここまでだ。お前はそれ以上、踏み込まなくてもいい。だから」

 調は背を向けた。

「待ちな」

 ヨファが調の肩を掴んだ。

 振り向く。

 いきなり平手打ちが飛んできた。

 顔が左側に弾かれる、意識を手放しかける。強化服を着たままの平手打ちが生身の頭にぶつけられたらどうなるか。考える間もなく、調は自分の体が傾くのを感じ、しかしヨファは胸倉を掴んで強引に引き戻される。

「あんたは前に言ったよね」

 襟を引きつけ、ヨファは締めあげる。ますます鋭さを増した視線が、近づいた。

「痛みを受けるのが嫌だから、新人は優しいんだって。痛みも汚いものも飲み込みたくないから」

 調は再び顔を背けるが、ちゃんと見ろとばかりにヨファが襟首を引っ張った。

「じゃあ調、あんたも痛みを受けなきゃね。私が受けた、痛みの分」

 ヨファはやがて調を突き放すようにして手を離す。収縮していた喉にいきなり大量の空気が流れ込み調は咳き込んだ。

「お、お前何を」

「何をって? 決まっている。あんたが受けろといった痛みだよ。あんたが訴えた痛みの分だけ、あんたに味わってもらうしかないって」

 ヨファが漏らした言葉が、変に弱弱しく、口にすることが酷く恐ろしいものであるかのように感じられる。

「あんたは旧人で、私は新人で。確かにその通りだよ。だからあんたのこと分からないという。だったら何で手を伸ばしたの」

 初めて、調はヨファを見た。

 震えていた。細い肩と収斂する喉と、絞り出される声は、ハン・ヨファの輪郭であっても頼りない線であるようで、唐突にそれを見せつけられた気になる。あまりにもそれは、ヨファであってヨファのようでなく、脆いものと映る。

「来なければ良いなんて、嘘つくなよ。本当は理解を求めているくせに。助けてほしいと思っているから、あんな旋法をぶつけてきたんでしょう。だったらそう言えばいい、最初から」

「お前たちに」

「新人だから分からない? そうだね、痛いのは嫌だから。そういうの飲み込みたくないのはあんただって一緒でしょう? でなければこうして逃げ回ることなんてない」

 声は、少しの曇りもなく、感情の高ぶりもなく。どこまでも平静で、それでも抑制的ではなく。ただ問いかけ、語り、それを聞いた調自身が、どう思うのかなどと関係ないという話し方をしていた。

「一度でも手を伸ばしたなら、どうしてそこから逃げ出すなんてことするの。バカにしないでよ、あんた一人分の痛みぐらい、受けることなんてできる。あんたじゃないか、逃げているのは。理解することから背を向けているのは」

「今の痛みは、あんたが感じているそのもの」

 ヨファは、唇をかみしめている。

「私が痛みを伝えたら、あんたは応えるの。それで嫌とは言わせないよ。私一人が不公平じゃない? そんなの」

 必死に何かに耐えているようだった。耐えて、それをあえて受け入れるかのように、全身でそれを表すまいとしている。

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