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雪火野  作者: 俊衛門
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四十三

 白兵の投下が始まった――その報せを聞いた瞬間、倉木は体がこわばる心地になった。しばらくの間、画面を注視し、たっぷり十秒ほどかけていすに座り込む。

「配置は」

 隣にいた七海に声をかけた。七海は困惑気味に身をよじり、画面を現出させる。

鰐甲亀カウルをニ、三機。あと、陸戦部隊の半数は投じるつもりだ。ここから南へ三百キロ、防衛線に投じる。それと」 

 七海はいつものような笑みは浮かべていない。当然といえば当然のことだが、ことこういう事態になってはそんな余裕もない。

 倉木は息を吐き出し、椅子にもたれ掛かる。どうあっても、希望とは言い難いものだった。

「どうするんだ、これから」

「どうもこうもない」

 砂を噛むような心地だった。倉木は舌打ちしつつ、モニターを見つめる。緑色の点が、金色の印を中心にして展開する様が映し出されている。

「徹底抗戦、ということか」

 七海はすでに、何もかもを手放したかのように嘆息する。こういう男なのだ、と倉木は思った。すべて投げ捨て、元々自分には残っているものなどないというように振る舞う。

「逃げたければ逃げても良い」

 倉木は画面をみたまま言った。

「無理強いはしない」

「そういうことは、俺の前では言うなよ」

 七海は少し起こったような声を出した。

「それなりの覚悟背負って、ここに立っているんだ。州都じゃなく、ここで死ぬために俺は雪火野に戻ってきたんだ。そういうこと言うなよ」

「……そうか」

 言葉を、それ以上発することができなかった。やがてモニターに点在する光点が崩れるのを受け、七海はつぶやいた。

「そろそろ」

「ああ」

 立ち去る七海を、倉木は見送ることもせず、ただ画面を見つめるだけだった。

 七海が部屋を出ると千秋が立っていた。普段のコートは脱ぎ捨て、腰に小刀を、背中に大刀を背負っている。手足にチタンの防具をはめ込んでいた。強化プラスティックの胴蓋に、細身の手裏剣を束ねて装着してあった。

「いくぞ、出番だ」

 七海が声をかけると千秋は七海に背を向けた。七海とは逆の方向に歩き出す。


 円筒のポッドが雪の野に刺さった。銀色がめいめい、山地にばらまかれ、林の中で開放された棺から白兵が飛び出す。

 鰐甲亀カウルの一つが、青紫の電光を吐く。白兵に降り注ぎ、ポッドの何本かを犠牲にして飲み込まれた。重装備型の羊鹿ヨーキー大筒ドラムランチャーから榴弾を浴びせ、白兵たちに襲いかかった。

 白兵たちが構えた。誘導弾を一斉に放つ。オレンジ色を噴き出しながら砲弾が飛び、羊鹿の背に突き立つ。火炎が弾け、四足の機体が紅に埋没し、鉄という鉄を焼き付くす。

 鰐甲亀が吼える。その首めがけて砲弾が浴びせられる。自走砲"キウィ"の、不釣り合いに長い砲身から放たれたナパーム弾が、うねる蛇の首をもぎ取った。ねじ切れ、落ちたその首が足下の機甲兵たちを巻き添えにし、機甲兵たちが総崩れとなる。白兵たちはなおも誘導弾を打ち込み、機甲兵と羊鹿ヨーキーを順当に焼いた。

 一機、飛び出す。機甲兵の群から羊鹿が躍り出た。機体にしがみつき、千秋が跨り、右手に刀を携える。

 銃撃。白兵の発火弾頭が降り注いだ。

 羊鹿の頭上、コントロールパネルを千秋は操る。スクリーンに触れ、解放スイッチを開く。

 瞬間、羊鹿の背中から黒い円盤がいくつも射出される。回転し、飛来するディスクが、手前の白兵たちの首を刈った。尚も執拗に撃つ別な白兵に狙いを定める。羊鹿の機銃で撃つ、白兵の腹をえぐる。白兵たちが崩れた。

 一斉射撃。弾幕が色濃く、千秋ただ一人を狙い撃った。羊鹿を繰り、火線を避け、右に左に羊鹿を駆り、ディスクを断続的に吐き出す。掛かる誘導弾をディスクが斬り裂き、火炎の幕が空を棚引き、その熱炎の中に飛び込んだ。

 弾数など問題ではなかった。千秋にはどこに何があるのか分かってしまう。白兵の立ち位置も、撃ち込むタイミングも、敵の所作もすべて。視界に入るものすべてに反応し、打ち砕くためのプログラムなのだから。

 ひとつ、視界にとらえる。

 真横。装甲車両"オストリッチ"が砲身を傾けた。 

 千秋は手裏剣を五本同時に取り、空中に放り投げる。途端、それは紫色の電撃を発する。空にばら撒かれた手裏剣が、剣先を"オストリッチ"に向け、己の意志であるかのように飛ぶ。"オストリッチ"の砲身に吸い込まれ、数秒後に機体が爆発。それを確認する間もなく調は羊鹿を駆る。

 白兵たちの群に到達する。突っ込むと同時に羊鹿から飛び降り、手近な白兵に刀を浴びせた。あっけなく振動刀は白兵の首を飛ばす。諸手に構え直し、数瞬の間に二人斬る。白兵たちが撃ってくる、その銃撃に向かい、撃ち込んでくる者を斬り伏せた。

 二人、背後から飛び込んで来た。銃剣を手に斬りかかり、刺突を繰り出す。振り向きざまに銃身を斬り飛ばし、二人分きっかり斬り捨てる。崩れる二人を乗り越えてさらに向かう。

 唸り声。千秋の左側から誘導弾が飛来した。

 千秋は左手で小刀を抜きつける。逆手のまま斬り上げる、誘導弾を弾き飛ばす。軌道を失った誘導弾は千秋の遙か後方で爆発する。そのまま千秋は二本の刀を携え、白兵たちの群れに向かった。

 ――どうして縛り付けるんだ。

 斬り伏せる、その中で。ふとした像が紛れ込む。

 ――千秋のような人間を増やしたのは誰。

 像は、像としてそこにあった。どこかで記憶したものだった。千秋は像を、感じ取りながら、もう一つの実である白兵たちを見据え、銃撃を避けながら走った。銃弾を弾き、刀が肉に埋まる感触、血の中に埋没する白兵。振動刀の前には強化服もそれほど用はなさない。斬る、ただそれだけでしかなく。

 ――千秋に心がないなんて嘘だ。

 ――あいつにそんな感情はないだろう。

 それなのに、像は変わらず、主張していた。消えることなど当分はないかのようだった。血の飛沫と重なった、かつてのリツカの笑みがあった。

 少女はいつもそこにいた。千秋の側にいた。誰もが千秋を避けても、リツカだけは違った。

 それは変わらぬはずだった。それなのに、その事実が今更のように、殊更存在を増していた。目の前にあるものは何なのか。今までになく、響きわたる雑音だった。

 ――どちらかが死ぬよりほかない。

 リツカの声と、倉木の声が、交互によみがえった。それらを締め出そうとした。不要な像はどこまでいっても不要だった。それでも尚、主張し続ける。

 振り向く。銃撃の先を見据える。視線の先にある、白兵が五人。

 走った。撃ちつける発火弾頭をかいくぐって千秋は向かう。二十歩もある距離を一気に縮め、白兵たちの目の前まで迫った。

 抜きつける。右手の剣で切り開く。白兵の首筋を斬った。

 返す刀で刺突。胸を貫き、崩れる白兵を飛び越えさらに斬る。袈裟に斬り、身を転回させると左の小刀でもう一人、斬り伏せる。

 誘導弾が飛来する。

 千秋、手裏剣を抜く。紫の電光ごと擲つ。

 空中で弾けた。手裏剣に貫かれた誘導弾が爆発し、火炎が咲いた。炎が、血をたっぷり吸い込んだ雪の上に落ち、その地を蹴って千秋は向かった。

 やがて銃声が遠ざかる。すでに千秋の周りには躯ばかりが重なり、装甲車両や自走砲もなく、ただ一人刀を振るっていた。

 遠く、鰐甲亀が雄叫びを上げている。砲撃も、銃声も、すべてが遠かった。千秋は両の刀を下げ、躯を見据えた。相も変わらずリツカの像を張り付かせたまま。しばらくは消えそうもない像だった。


 機甲兵たちが撤退を始め、千秋にも撤退命令が下された。辺りには白兵たちの躯が折り重なり、その倍以上の数の機甲兵の残骸が散らばっている。ストロンチウムの炎に埋没した羊鹿や装甲車両が、鉄の駆体を溶融させている。 そうした残骸をかき分けて、千秋が戻ったとき、装甲車両の一つに雪当たる。脇腹に穴をあけ、屋根が完全に潰れていた。

「ざまないな」

 そう声をかける者がいた。車体に体を預けて座り込む、七海の姿を認める。

 雪の上に、血溜まりがあった。少し黒ずんだ赤が、雪に染み込み、己の流れ出る血を、七海は茫洋とした目で見ている。飛び出た腸を手で押さえ、しかし中に押し込めることはかなわず。こぼれるがままにしていた。赤黒い臓腑が粘液で照り栄え、痛みを和らげるためにあてがった雪の固まりがぼろぼろと崩れ落ちる。そうまでしてもどうしようもない、という諦めを、七海はまざまざと浮かべていた。

「最後は頼むよ」

 低く、七海がつぶやく。千秋は刀を抜く。

「あいつらと、同じトコに送ってくれ」

 一閃、降り下ろした。剣先が首筋を斬り飛ばし、やがて永遠に声は届かなくなった。

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