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雪火野  作者: 俊衛門
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四十二

 初めて、マオ・シーの顔から笑みが消えた。モービルの舳先をこちらに向けてモービルごと体当たりを繰り出す。慌てて避けたが、小銃を取り落としてしまう。拾い上げようとした瞬間、マオ・シーがモービルから飛びかかってきた。

「このぉお!」

 マオ・シー向かう。身の丈ほどの金属棒を振り被り、打ちつけた。

 かわす、ヨファの鼻先を棍が過ぎ去る。拳銃を抜くが、マオ・シーはすかさず棍を返し、叩き付ける。拳銃を弾き飛ばし、返す先端でヨファの肩を打ちつけた。華奢な骨格からは想像もつかない力に、思わず声を漏らす。

 逃れた。ヨファは後退し、ヨファは破壊されたモービルの本体から折れた誘導管を引き抜く。右半身に構え、フェンシングの要領でパイプを突きつける。

 マオ・シー向かう。棍を叩きつけた。

 衝撃。鉄の棒がかち合った。ヨファが弾いた棍を、マオ・シーは回旋しながら二度、三度と繰り出す。ヨファが廻す、鉄パイプが棍の先を受け、流し、いなし、弾いた。マオ・シーが打ちつけるのを、受け止め、受けると同時にヨファはマオ・シーの胴に蹴りを叩き込む。堅い感触を足首に残したまま右脚で廻し蹴り。マオ・シーの左の頬を打つ。あどけない顔が一瞬だけ、歪みを帯びた。

 マオ・シー離れる。それと同時に頭上で爆音が三つ連なった。火炎に包まれた欠片が降り注ぎ、雪の野に落ちるとじゅっという音を立てる。白の上に炎が、そこかしこに散らばり、吹雪の中に炎の壁が生まれる。

「やるじゃん、あんた。あたしの玉を壊すなんて」

 マオ・シーはもう笑わない。悔しさをにじませた顔だった。悔恨と、ひどい恥辱を受けたように唇を噛み、怒りを目に込めている。

「この借りは、高くつくよ」

「そう」

 右半身のまま、ヨファは歩を進める。サバットの武器術、ラ・カンの形となる。軍事サバットの形にはない、古来からの杖術。

 もう半歩、動いた。その瞬間、二人して動いた。

 マオ・シーが駆ける、飛び上がる。棍を降り上げ、飛び込む。

 受ける、流す。ヨファは鉄パイプで打ち込みを弾いた。体を入れ替え、廻し蹴り。蹴り足とともに雪の地面を抉った。

 触れる、紙一重。マオ・シーの前髪を揺らす。マオ・シー、棒を左右持ち換え、突いた。

 棍がヨファの肩にめり込む、骨が最大限歪む。痛みより先に熱を、熱より先に声を、感覚をかき消すために声を上げる。杖を、握り、横なぎに打ちつけた。

 棍を転回。マオ・シーが連続で叩き付けた。

 応じる。ヨファは手首を廻し、返し、鉄パイプを切り替えして上下に打ち込む。廻旋する棍と鉄パイプが打ちこみ、叩き付け、弾け飛ぶ。間隙をつき、刺突し、あるいは掬い上げた。打つたびに阻まれ、突きこまれる棍の先。鉄が甲高く奏で、耳元にやかましさを残すような鋭い打ちこみが幾重にも連なる。切り裂く先端は苛烈に、空を切る打ちこみは疾く、鈍い銀色が照り映えガラス片めく痺れを手の内に残した。

 打ちこみ、撥ね付け、打擲は勢いづく。その最中、ヨファはつと、間合いを詰めた。マオ・シーの棍を上から押さえつけ、同時に懐に飛び込む。左脚をかいこみ、蹴りを放った。

 剃刀めいたサバットキック――マオ・シーの顔を叩く。ぐらりと、マオ・シーの体が傾いた。

 振り上げる、鉄パイプ。その瞬間、マオ・シーが体を沈めた。唐突に飛び込み、右肩でヨファに当たった。胸を圧し潰され、呼吸が断ち切られる。たたらを踏む、ヨファの目の前に最大限の棍の打ちこみが襲った。

 受ける。鉄パイプが曲がった。衝撃に耐えきれずに足をもつれさせ、雪の上に倒れ込む。起き上がろうとしたとき、手に何かが触れる。連管銃の筒弁ピストンバルブが指に触れる。

 棍が唸った。

 衝突。

 ヨファの脳天を捉える寸前。連管銃の銃床でヨファは受け止めた。狼狽するマオ・シーを尻目にヨファは銃を構え、ほとんど前に倒れ込む格好で銃剣を突き刺した。

 脇腹に突き立つ、高電磁刃の銃剣。さらに体重をかける。深く、根元まで突き刺さる。

 引き金引く。フルオートで撃ち、撃ち込む瞬間マオ・シーの体が痙攣したように震えた。引き金引きっぱなしでケースレスの発火弾頭をゼロ距離で叩き込むに、マグネシウムが弾け、少女のか細い胴を切り開き、鉄の破片が散る。

 撃鉄が引き戻り、弾切れを報せる。ヨファが銃剣を抜くと、ヨファは膝をついた。マグネシウムで溶けた皮膚の上に黒い孔を生み、薄い腹を突き破った先に金属が覗いている。黒い油と、臓腑めいた紐状の欠片が零れ落ち、それをマオ・シーは何とか体に戻そうとするが、あとからあとから溢れてくる己が身の内容物を前にして、やがて手を止めた。

「あ、ああ……」

 小さい声で、マオ・シーは囁く。これ以上手を尽くしようがない何かを前にして、すべて悟りきった。そういう顔をしている。ヨファはマオ・シーに手を伸ばすが、少女はその手を払いのけた。

「なんで、あんたらいつも」

 ふつふつと怒りが湧くような、恨みのこもった声だった。

「そうやってあんたら、何でもかんでも奪って行く。見下して、馬鹿にして、あたしらがどんな思いだとか、そういうことも全部無かったことにして」

 そういってよろよろと立ち上がるが、もう足に力は入っていない。棍を地面について、ようやく体を支えているだけだった。

「どうしたんだよ、殺さないのかよ。早くやらないと、あんたを殺すよ?」

 じり、とマオ・シーが近づいた。が、すぐに倒れ込む。膝をつき、うずくまり、地面を叩いた。

畜生、と呟いたように思われた。マオ・シーは、何度も地面を叩いた。黒ずんだ雪を掴み、油と水が含んだそれを、叩き付け、やがて動かなくなった。

 ヨファは小銃に新たな弾倉を番えた。照準を少女の後頭部に向け、引き金を引いた。



 じっとモービルの影に身をひそめていた。すでに追っ手はなく、不快な歌音は消えていた。発笛の作動を止めると、ヨファはマオ・シーの躯を見た。

 零れ落ちた機械の破片からは想像もつかない。見た目は完全に子供だった。機械であるか、あるいは機械と生身の融合であるのか。原野の生化学実験のせいなのか、それとも旧人たちが打ち捨てた機械の一つなのか、分からない。ただ情動を露わにしている姿は、人間そのものだった。鳴官もなく、歌音を感じることなどは無かったとしても。

 ヨファは誘導菅を引き抜き地面に突き立てた。雪をかき分け、地面を露出させると、機体の破片を使って穴を掘る。なるべく深く掘り進め、人ひとり分のスペースを作ると、そこにマオ・シーの躯を安置した。体が隠れるまで土をかけたところで、吹雪がようやく収まってきた。

五十メートルほど先に、マオ・シーが乗り捨てたモービルが停まっている。近づいてみると、エンジンがかかった状態だった。操縦ハンドルを握ると、旧式のディーゼルが振動するのが分かった。破壊された白兵仕様のモービルから発笛とレーダーサイトを引き抜き、移し替え、ヨファは新たなモービルに乗り込んだ。

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