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雪火野  作者: 俊衛門
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 鰐甲亀の巨体が傾ぐ。首が落ち、咆哮が止み、完全に動かなくなった。

 目を凝らした。

 いきなり、鉄のドームに孔が空くのを見る。開いた鉄の背から、唐突に影が飛び出した。軽防具を身に着けた男、いかにも機械然とした機甲兵とは違う、接近戦を主とした軽機動型の影――手には刃、両の手に携え、州兵たちの群れに突っ込んだ。

「離れろ!」

 調が叫ぶより早く、その軽機動が斬りつけた。

 突っ込む。二本の山刀マシェットを振った。幅広の刃が三人分の首を飛ばす、血の霧が散った。

 全員が一斉に銃を向ける。それより早く、軽機動が向き直る。

 一斉射撃。発火弾頭が四方からばら撒かれる。

 軽機動が飛び込む。火線掻い潜り、兵たちの懐に入り込む。山刀で撫斬り、さらに転身、横薙ぎに斬り、兵士を二人ほど斬った。銃撃を、複数見舞うのに、男は二本の山刀を振り回しては銃撃を避け、走りながら斬った。銃火を、いともたやすく避け、早い攻撃を繰り出す。

 誰かが叫ぶのと同時。周りの瓦礫から、影がニ体飛び出した。手斧ハチェット剣棒ポールを手にした、軽機動型の装甲兵たち。

 全員が発砲。それより早く、軽機動たちは懐に飛び込んだ。銃より深く間合いに入り、それぞれが切り開く。州兵たちが崩れる。

「後ろだ」

 声が飛ぶ。警告色の声だった。振り向くと、剣棒ポールを降りかぶった軽機動兵が迫っていた。

 避ける、後退する。剣棒がヘルメットを打ち砕いた。唐突に顔が外気にさらされる。

再び剣棒ポールを打ちつけてくるところに、発砲。発火弾頭が軽機動兵の肩を掠めた。

 銃撃。すぐ横から。剣棒ポールの軽機動が後退する。

 調は走った。そのまま塹壕まで駆け、飛び込んだ。外をうかがうと、州軍兵士たちは総崩れとなり、逃げまどっているのが分かる。早い攻撃で、しかも接近戦をいきなり仕掛けてくる相手など、州軍兵士には不慣れなのだろう。

 銃を握り直した。銃口を上に向け、いつでも飛び込める体勢を作る。

 飛び出す。

 走る――山刀の男に向けて。走りながら調は、銃身の第二弁を開放した。

 刃が飛び出す。三つ連なる管の二番目――剣管から諸刃の銃剣が突き出、刃全体に紅みが差す。高電磁が満ち、銃剣が熱を帯びた。

 男が迫る。山刀を降りかぶり、斬りつけた。

 調が突き上げる。山刀に合わせて銃剣の斬撃を繰り出す。

 刃交わる。

 機械腕が飛んだ。山刀を持った腕を、斬り飛ばし、数メートル先の地面に突き刺さる。

 すかさず男が振り向く。もう一方の山刀を突き出した。調は体を開いて刃を避ける――頬に薄く傷が刻まれる。

 離れた。調は銃床に手を添えた。

 山刀が斬りつける、調は身を沈めて避ける。避けたと同時に、機械の顎に銃床を叩きつけた。よろめき、後退する軽機動の胸部に銃剣を突き刺し、刺したまま発砲。

 三連、発火弾頭を撃ち込む。白炎が胴を突き破る、機械の腸をぶちまけた。

 銃剣を引き抜いた。顔を上げると、別の白兵が手斧の男に刺突を見舞うところだった

 ――あと一。

 不意に、目の前に剣棒が差し出された。鉄の棒が突き出され、調はあわてて身を引く。

 降りおろす、剣棒。男が縦横に棒を操り、打ちつけた。すくい上げ、突き下ろし、払う鉄棒に、調は身を開き、銃床で防ぎながら銃撃を加える。頬を発火弾頭がえぐり、肩をかすめるのにも関わらず、男は剣棒を振るった。

 棒の先端が、調を穿つ。骨ごと打ち据える一撃だった。鎖骨が折れる音がした。

 膝をつく。男が剣棒を降りかぶる。

 男の横面に発火弾頭が着弾した。機械の頭を砕き、数瞬後、破裂する。険しい顔がマグネシウムの白い炎に当てられ、皮膚が溶けて組織が流れ、頭皮を引き剥がすのを間近に見る。中に収まった鉄の頭蓋からプラスチック球が連なる人工脳がこぼれ落ち、機械の体はゆっくりと傾いた。

「よけいなことをするなよ」

 調が睨みつけた先、機銃を構えた白兵を認める。複管機銃をひっさげた小柄な兵。

「命の恩人にその言いぐさはないんじゃない」

 涼しげな音色を奏でながらヘルメットを脱ぐと、長い黒髪がこぼれ落ちた。アジア系の顔つき、朝鮮系の血筋のハン・ヨファが、汗を拭いながらほほえみかける。

「なに、もうちょっと感謝してもいいんじゃない? 命の恩人なんだから」

「なにが恩人なものか。あんなの俺一人でしとめられたんだ」

「意地張らないの。とりあえず全部片づいたんだから」

 頭上から羽音めいたエンジン音が響く。白兵に混じって州軍兵士が集まってくる。

 調は銃剣を仕舞い、弾倉を外した。


 一定の速度で降下する、巨大な空中艦艇が薄闇に映えた。ずんぐりとした円筒と楕円を組み合わせた本体と、前後二対の翼、そのすべての翼に上下稼働のローターを組み込む。そのすさまじく不格好で巨大な外観には似つかわしくない"ハミングバード"などというニックネームを冠している。

 四機が降り立ち、負傷した州軍兵士が収容されてゆくのを見つめた。兵士たちは青い半透明の医療カプセルに押し込まれ、それが自走式担架に乗せられ、運ばれてゆく。液が満ちた円筒が行列を成して、”ハミングバード”の口に吸い込まれてゆくのを見ていると、ふいに肩を叩かれた。

「少し突っ込み過ぎたな、調」

 リィド・パッカーのきざったらしい顔を目にする。全植毛のエナメル髪をかきあげて、口元に薄く笑みを湛えたリィドは、やけに鼻にかかったような歌音を発する。バイオレットとスポンジめいた弾力を伴う声は、人に不快を与えるものではないのだろうが、調にとっては不愉快極まりないものだ。

「人を誘導弾で狙っておいてその言い草はなんだ」

「狙ってねえよ。ちゃんと警告の歌音は出したぜ。無視するほうが悪い」

 調はリィドの手を払いのけた。

「俺には歌音のすべてがわかるわけじゃない。言葉に出してもらわないと困る」

「待てよ。あんな状態でいちいち言葉にできるか。疑似歌音は、おまえだって読みとれないわけじゃないだろう。大体、おまえが歌音わからないのは俺のせいじゃない」

「俺はこういう体質だって分かっているだろうが。なら、それに合わせろ」

「何を言ってんだ。いちいちおまえに合わせてられるか。回路も鳴官も持たないのにあえてやろうってなら、おまえが合わせるべきだろうが。ただでさえ、経験が足りてないんだからお前は」

 かっと顔が熱くなった。リィドが愉快そうに笑うのに、調べは向き直った。

「馬鹿にしているのか」

「そんなつもりはないさ」

 リィドは少しだけ驚いたように目を見張った。

「ただ、歌音の聞き取りぐらいはできないとな。そういう体だってわかっているならなおさら」

 リィドが最後まで言い終わらぬうちに、調はリィドの胸ぐらをつかんだ。引き寄せ、ジャケットをねじり込むとそのままリィドの喉を圧迫するような形になる。

「歌音がわかるのがそんなに偉いのか」

 さらに引きつける。首が締め付けられたリィドが苦しい息を吐き、息づかいは苦痛を表すダークカーマインに塗れている。

 周りの白兵たちが調を引き離した。左右の腕を押さえつけられ、肩を引きはがされるに、調は手を離す。解放されたリィドは大きくせき込んだ。

「ふざけてるなよ」

 睨み、リィドは言う。

「お前一人のために、いちいち足並みそろえてなんていられるか。足を引っ張っているって、そろそろ分かれよ」

「何を――」

 調は腕を拘束する白兵たちをふりほどいた。拳を振りあげたとき、その右手を何かがやんわりと包んだ。

「そこまで」

 ハン・ヨファの左手が、やんわりと調の手を封じている。手首を握り、いつでも捻り上げることができるとばかりに力を込めている。

「みんな見ているよ。こんなところで騒ぎなんて起こして、また始末書書きたい?」

 ヨファの口調はあくまで柔らかく、窘めるようだったが、声に若干の尖りが見え隠れしている。意図しているのかそうでないのかわからないが、かすかな怒気をはらんでいる。

 調はヨファの手を振り払う。忌々しく舌打ちし、ヨファをにらみつけ、次いでリィドに向き直った。リィドは首を押さえ、襟元で擦れた膚をなでつけた。

「いい加減にしろよ。誰もお前のことまで考える余裕なんてないんだ。この原野ではな、お前が考えているほど甘くはない」

 リィドはそう吐き捨てると立ち去った。ほかの白兵たちも、調の元を離れる。遠くで様子を見ていたハマも、それ以上のいざこざはないと判断してか、背を向けてヘリに乗り込んだ。

「あんまり手間かけさせないでよ」

 ヨファだけがその場に残り、調にそう言った。呆れの色を浮かべて、しかし何故か楽しげな声音で。

「また私が先生に叱られちゃう」

「何でお前がカミラに言われるんだ」

「あんたのお目付け役にされちゃったんだもの。自分は原野に出られないから頼む、って。最近じゃあんたが何かすると、直接先生のとこに行っちゃうから、その分私も怒られるんだよ。ちゃんと見てろって」

 調は最後にヨファに一瞥をくれ、短く発した。

「余計なことを」

 果たしてヨファは肩をすくめるにとどまった。

 ちょうど二機の"ハミングバード"が飛び立つところだった。夕日の朱に当てられて薄紫に染まる薄い雲の中に、黒い怪鳥めいた姿が連なって飛ぶ姿を見やる。夕闇の空に溶け込み"ハミングバード"の尾翼に灯る赤色灯を残して、機体は完全に闇の中に没してゆく。

 調は銃を担いだ。

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