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雪火野  作者: 俊衛門
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三十九

 "ハミングバード"の足下を原野の白が過ぎ去り、その白の中にいきなり黒い構造物体がそそり立つのを認める。巨大なドームの体躯と長い首、もしその首が折れ曲がり、地面に頭を埋めていなければ、"ハミングバード"単機では対処しきれない。亀の甲羅は割れ、煤けた鉄の地肌を晒し、首のもげた鰐甲亀カウルが一体、雪の中に鎮座している。"ハミングバード"はくずおれた鰐甲亀を観察するように、ゆっくりと過ぎ去る。よく見れば鰐甲亀の足下には機甲兵や羊鹿、装甲車両の残骸が散らばっていた。

「"カグー"にやられたか」

 後ろの座席に身を落ち着けたリィドが言った。

「俺らがどんなに苦労して、あいつを沈めるのにも、あの化け物鳥にかかれば一発だろうな。ああいう便利なものがあるなら、普段からかましてやりゃいいのに」

 そう、渋茶色した文句を垂れる。納得出来る部分と出来ない部分がない交ぜになったという風情の声だ。どちらかと言えば納得は出来ていないのだろうが。

「航空戦力は限定されているから」

 鰐甲亀の一つ目と目が合う。灰色の単眼だった。一つ目のセンサが、無機質な様相を呈して、獣じみた唸りとは裏腹に、頭の骨格だけはいかにも機械然としている。

「それにあれも一機落とされているっていうじゃない」

「へえ、もったいないことだ。這いずり回って集めた企業献金と寄付が一撃で藻屑とはよ」

 あからさまに、苦みを吐き出してリィドは言った。そんなものでもこの男にとっては問題ではないようだった。飲み下すにも困難な形と味も、ある程度慣れてしまえばたやすい。

 "ハミングバード"が高度を下げると、いよいよ目的地に近づいていると感じる。西北の境界線上に留まり、キャンプを張る。そこで最終確認の後、戦地に投じられることとなる。州軍の陸戦隊が進行するよりも先に影たちを叩くことが、ヨファたち白兵に課せられ使命だった。人工歌音による攻撃の元となる拠点を叩き、州軍を守りつつ進路を確保する。そのために白兵の強襲が必要となる。

「ここを過ぎれば、いよいよか」

 リィドは少しばかり気だるそうに、背もたれに身を預けた。

 そのとき突然、艦内の警報が鳴った。リィドが飛び起き、ほかの白兵たちに緊張の色が走った。ヨファは操作室に行き、中をのぞき込んだ。エリザベスが鍵盤の前に座り、その脇にハマが立っている。

「どうしたの」

「いや、大したことないんだけど」

 鳴盤に向き合っていたエリザベスが、モニターを見て困惑した声で言う。鍵を取り囲む空管リードパイプがおうおうと奏で、しかしそのどれもが音がそろわない。

「変な歌音をキャッチして」

「変って?」

「不協和だ」

 ハマがモニターを示す。黒い背景に緑のグラフが写り込むが、よく見れば上下に反転し、また線自体がぶれている。音の中心は収束せず、楽理に即したものとは言い難い。

「また連中の攻撃?」

「それもまた違うんだよね」

 現在、不協和音を観測できる地点は境界ではなく、完全な原野の領域に限られている。加えて、エリザベスら音奏者カンツォールは音を中和するための旋法を常に流しているので、不協和音の影響は少なくすることが可能だった。だがそれでも観測できるとなれば。

「形は不揃いだけど、州軍の救援信号に似ているわね、これ。モニターの波形は、不完全ながらも正弦波を描いているし。救援信号は通常使われる人工歌音よりも低いピッチだから、受信しやすいのよ」

「じゃあ、誰かが助けを求めているってこと?」

「でもこの旋法、まるで素人が作ったみたい。音奏者カンツォールでなくても、ここまで酷いものは出来ないよ」

「罠ということも考えられる」

 ハマは険しい顔つきで言った。

「救援を呼んで、そちらに注意を引きつけるつもりかも知れない」

「そういうまどろっこしいことを、あの連中がするかな」

 ヨファはモニターを注視すると、信号発信の座標が映し出された。西北との境界、州軍の通信塔と重なる。

 ヨファはエリザベスからヘッドセットを奪い取り、耳に当てた。

「ああ、聴かない方が」

 そうエリザベスが止めるよりも先に、音にならない歌音が、耳元に飛び込んでくる。歌音は脳に届き、回路に感覚を流し込む――妙な感覚を。背筋がささくれる、這い回り、膚を粘液めいたものが駆ける。何か途轍もない衝撃だった。

 思わずヘッドセットを投げ捨てる。エリザベスが呆れ顔で肩をすくめた。

「こんなのまともに聴いていられないよ。連中の攻撃歌音とは違うけど、不協和には違いないんだから……大丈夫?」

 心配そうな声音でエリザベスがのぞき込んでくる。ヨファは額の汗を拭った。

「不協和音だけど……確かに」

 しかし、感覚に覚えがないわけではなかった。舌を爆ぜさせるような強烈な甘みを残す、不揃いだが一応は形になっている、そんな不完全な旋法。この感覚を、私は知っている。

「ここに、救援に向かうことは出来ないの」

「出来ない」

 間髪入れずにハマが否定の言葉を述べる。

「罠かも知れないと行っただろう。この場所には州軍に行ってもらう。ここから向かえば反対方向だ」

「でも、座標は州軍基地と重なるし。生き残りがいるのかも」

「そうだとしても、我々がすべきことではない。作戦行動にも支障が出る」

「じゃあ見殺しにするっていうの? 助けを求めているんだよ?」

「だから救援は差し向ける。ただし、我々ではなく、別の部隊を差し向ける」

 ハマは、この話はもう終わりとばかりに手で遮った。

「これから降下する。準備をしておけ」

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