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雪火野  作者: 俊衛門
3/53

 Start sequence code――


 頭の中で、音を聞く。瞼の内側で反射する光と、ささくれた神経の接続。耳に飛び込む、清澄で柔らかな音声が、脳に直接響かせる物だった。


 T-07”Humming Bird”entry program. Stand by set


 耳にする歌音チャンクは、羽毛の感触で、薄荷を呑み込んだような感覚である。涼しげであり、堅さを帯びてはいるが、あくまでも声は柔らかな輪郭を伴っていた。その感触を、膚や指先、ましてや舌先でも感じることはない。今、感覚を得ているのはあくまでも脳による知覚であり、声が実際に質感を持つわけではない。だが現に自分は柔らかい球体を抱き、感触を膚に受ける――共感覚とは何とも落ち着かない。あるべきものがなくとも、それと認識させられる。

 やがて音が変化する。次に待つのは、戦場の空気。音の波長は変わらず、しかし歌音は明らかな変化を帯びる。


 Count, 0, 1, 2, 3--free accept over--


 高揚。戦慄。音が段々と高温に近づいてゆく。抱いた球が、熱を帯び、膚をなぞる感触が刺激を増す。目の前にオレンジ色の繊維質が飛び散り、球体が赤みを帯びている感覚。それに伴い膚の下、自身の筋肉がうねり神経が昂るのを感じる。戦いに赴くすべてのものに行う、軽度の興奮作用を織り込んだ、闘争本能に裏打ちされた旋律。この旋法に裏打ちされた音声は、恐怖に支配されそうな心を鎮め、なおかつ心を高揚させるためのものだ。


 Personal name "SHIRABE AMIYA" ,Open connect.


 視界が明るくなった。狭苦しい空間そのものを主張するかのように、目の前には緑色のモニターが、ほぼ顔に接するかのような距離にある。手足の自由も効かない場所、これに慣れることが白兵たる条件のひとつでもある。

「脈拍正常、筋肉活性上昇……気分はどう? 調シラベ

 エリザベス・ウィードマンの声が、ヘルメット内のヘッドセットを通じて聞こえた。変に気遣うような口調ではないが、彼女の声にはほんのわずかな淡い青色が混じる。涼しげで癒しを届ける旋律。

「息苦しい」

「あら、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど」

「あんたの声じゃないよ。この空間が」

 調はようやく身を捻ることができるかどうかという中で、手を動かした。体から二十センチも動かせば、金属のポッドの内壁を触ることができる。これでも高度数千メートル付近から投下されたところで衝撃はほとんど少ない。州都の住人が"棺"と皮肉る割には、頑丈な作りをしている。とはいえ、窮屈なことに変わりはなかった。

「そうなの。私の声がどうにかしちゃったと思っちゃったじゃない」

「知るか、勝手に勘違いする方が悪い」

 不機嫌さを表す、鈍い赤銅色をした自身の声を聞く。紛れもなく調自身の情動だった。これがもっと激しい情動を得れば、おそらくはそのまま黒に近い色になっただろうと思いながら。

「わざとらしい、お前」

 と、オープン回線で割り込む声があった。リィド・パッカーの、尖りを帯びた皮肉声が、刺激してくる。

「紛らわしいんだよ調は。歌音のことは歌音のこととして話せばいいものを。いちいち突っかかるなよ」

「うるさい、リィド。濁声を始まる前に聞かせるな」

 警告音が鳴った。言い争いというほどでもないが、リィドとの会話はそこで途切れた。続き、ハマ・マークステインの無機質な声が響く。

「よけいなことを言うな、二人とも」

 ハマは、努めて冷静な声で言う。この男が情動を染み込ませた声音を発することの方が稀だ。

「作戦行動は、事前に通達した通り。これより東北東七〇八に入る。投下時刻は一七四〇、遅れをとるな」

了解コピー

 いくつもの声が重なった。ハマの声に反応するときは、誰の声も無味無臭になる。このぐらいがちょうどよいのだ、と口には出さないまでも調は思う。

 そのとき、目の前にあるモニターの端が点滅しているのが見えた。オープン回線でなく、プライベート回線だった。開いてみると、差出人センダーとメッセージが簡単に表示された。


 災難だね――ハン・ヨファ


 頭の中に、茶化すように笑う女の顔が浮かんだ。心なしか酸味の強いタブレットでもかみしめたような味を感じる。腹立だしくも調は、短いメッセージを送ってやる。

 

 黙れボー・シット


 ポッドのランプが変わっる。緑から赤、そろそろ降下準備に入るという意味だった。回線を切り、調は衝撃に備えた。

「降下します。0、1、2……」

 エリザベスの声がする。調はバーを握りこむ。汗が、背中を濡らした。

 がくんと下に落ちた。同時にポッドそのものが直下に滑り込み、体が重力に従って落ちてゆく感覚を得た。ディスプレイを、文字列が早い速度で流れ、地上に近づいていることを知らせるアラーム音が鼓膜に直接響いた。気流のせいか分からないが、降下している間もポッド全体が揺れ、鉄が鳴り響いてくる。

 衝撃でポッド揺れた。地面に棺が突き刺さり、大きく上下する。

 ポッドの前面が開く。光が差し込み、調は狭い空間から解放される。 

 いきなりの轟音。ポッドのすぐそばで爆発が起こる。砂を舞上げ、衝撃で調の体がとばされた。調はすぐに地面に伏せ、上を見上げるに、緑色の電撃が尾を曳きながら頭上を通過した。

 砂埃の中、目を凝らす。

 ぼんやりとした影が写る。黒煙を舞上げ、いくつもの光弾が行き来している。その奥の方、首長竜のごとくに頭を持ち上げる、影がある。長い首を、振り回し、その先端が青紫に光った。

 吐き出す。電撃を帯びた丸い球が放たれた。地面に突き刺さるに、衝撃で地面がめくれあがる。砂漠迷彩の州軍兵士たちが、その爆発に巻き込まれ、舞い上がるのを見る。

 銃撃。調たちの方に浴びせられる。目の前に広がる廃墟群、その足下には銀色の装甲に身を固めた兵士たちが銃撃を加えた。ドラムマガジンとバッテリー、トランジスタの円筒ドラムが連なった長大な短針銃、吐き出された針が等しく州兵たちを貫いている。

 調は歩伏のままポッドの後ろに移動する。本体の背面を開いた。

 三つの管と、木銃床。連管銃の無骨なフォルムが収まっている。大小の管を重ねた銃身に筒弁ピストンバルブが配列した小銃、銃身には空冷管がめぐっている。撃鉄を起こし、構え、照準合わせた。

 三連射撃つ。反動で銃身が跳ね返り、深紅に彩られた発射炎が閃く。

 手前の兵士に着弾する。装甲に突き立つ瞬間、銃弾が爆ぜた。白炎を弾けさせ、弾頭が破裂し機械の体が吹っ飛ぶ。

音域立体ソナヴィジョンだ」

 ハマの声がスピーカーから聞こえる。注意を促す、灰色の声。調はフルフェイスヘルメットの、インターフェイスのスイッチを入れた。

 目の前に立体の映像が浮かび上がる。音波で地形を把握し、詳細にマッピングさせる音域立体ソナヴィジョンは友軍、敵の位置をすべて浮かび上がらせた。

 銃を抱えて飛び込む。

 遠くで、雷鳴めいた爆音が響いた。同時に頭上を榴弾が通過する。背後の、その昔はそれなりのオフィスを構えていただろうビルの壁に突き立つ。爆発し、石の欠片を降り注がせる。

 目を凝らす。黒い長方形から、カモシカめいた四本の脚が伸びたそれを注視した。長方形の上に機銃が備え付けられた、羊鹿ヨーキーと呼称される機体。単体、ビルの屋上から短針の銃撃を加え、それによって下界の州兵たちが次々打ち砕かれてゆく。

 調は身を伏せながら銃身の弁を操作する。第三弁を開放、三番目の管が開く音がする。三つ連なる管のうち、最も太くもっとも堅牢な、砲撃のための管。

 狙いを定める。引き金を引く。砲管から火球が放たれた。

 着弾、同時に炎が爆ぜた。深紅の、ストロンチウムの火が塊を成して膨れあがり、羊鹿の無骨な機体を飲み込む。高温の炎が鉄を焼き、溶かし、崩れさせるのを調はみた。

 別の羊鹿が飛び出してくる。頭部から銀色の円盤ディスクを撃ち出してきた。刃のついた円形の物体が、頭上を掠め、背後の壁に突き立つ。猛烈な勢いで突っ込み、ディスクを撃ち込み、刃が飛び交う。

 再装填。次の誘導弾を送り込む。

 砲撃。

 誘導弾がまっすぐ向かう。羊鹿はその不格好な形から想像もできないほど俊敏に飛び跳ね、榴弾を避けた。

 弾が動きを変えた。羊鹿を捉え損ねたと見るや、空中で旋回、弧を描き、Uターンをして再び羊鹿めがけて飛ぶ。背後から突っ込み、羊鹿の機体に衝突、火炎を弾けさせた。脳波を読み、射手の思い通りに飛ぶ榴弾は小型のミサイルだった。小型兵装を兵器にまで押し上げたこの榴弾は、持ち主の意志通りに動き、白兵を原野の脅威から守る最大の兵器とさせている。

 轟音が響いた。

 最大限衝撃が走り、遙か後方の地面が抉れた。頭上を紫の光が過ぎ去り、後方の白兵たちを巻き込む。砕け散った白兵たちの、手と足が、土と一緒に舞い上がった。

 見上げる。土煙越しに、長い首が見える。金属の蛇腹は、猛るように四つ、そびえ立っている。その首を支えるのは白いドーム状の本体、無数の機械足。原野では最大級機械の、鰐甲亀カウルの猛る雷光が刺さる。

 鰐甲亀の首、その一つが雄叫びをあげた。響くような低音でありつつも、機械的な甲高さを残している。音も旋法もないただの音声。どれが自然的なものなのか分からない。

 砲撃が生まれた。

 六輪の装甲車両が走り、砲撃を浴びせる。T-98"オストリッチ"が火を噴き、その砲撃が等しく鰐甲亀の首に突き立つ。鰐甲亀はまるで痛みでも得ているかのように身を捩った。

 警告の歌音を感じた。辛く、針みたいな感触の信号だった。そこを除けと、そういう意味だ。

 調は身を屈めて走る。数秒ほど遅れて"オストリッチ"が廃墟の壁を突き破り、躍り出た。砲撃が鰐甲亀の首を穿ち、四つ首のひとつが派手な炎をあげて崩れた。

 ――この先五百メートル、左。

 調は装甲車から離れるように駆ける。銃撃が襲いくるのに、敵方に向けて三連射。開放弁を操作しながら、小銃と誘導弾を切り替えながら撃つ。装甲兵たちを蹴散らした。

 ――あと三百、二百。

 鰐甲亀の足下近くにまで迫る。その途端、羊鹿に跨り、装甲兵の一体がビルの陰から飛び出す。調は銃を向け、身構える。

 鰐甲亀が叫んだ。三つ首から、紫色が一斉に吐き出されるのを見た。

 爆発とともに、装甲車両が吹っ飛ばされる。粉塵を上げ、分解された鉄の板に紛れて、肉の残骸が舞うのが見える。赤黒く焼けただれた欠片が、降り注ぐ。

 歌音を感じる――張りつめた鋼線のような感覚を得る。それを受けて調は誘導弾を投げ入れる。砲管から撃ち込まれた誘導弾が、放物線を描き、炎の尾を曳いた。四方から撃ち込まれた誘導弾がそれぞれ鰐甲亀の本体に向かって飛ぶ。

 着弾。

 鰐甲亀の本体を深紅の火炎が走った。鉄の首が苦しむように吼え、紫色を上空に吐き出した。雷光が天空で弾け、薄紅い黄昏の空間を一瞬だけ青く染めた。

 もう一度、誘導弾を装填すると、調は狙いを定めた。

 いきなり調の脇を、別の榴弾が駆けた。突然のことでバランスを崩す、その場に膝を突く。誘導弾は鰐甲亀の足下で弾け、蠢く無数の足を燃やした。

「リィド、貴様!」

 調は誘導弾が飛んだ方向を睨んだ。リィド・パッカーのチャンネルに向けて怒鳴ると、瓦礫の向こうでリィドが手を振る。

「避けろよ、バカ」

 リィドの声が聞こえた、と思うとリィドは素早く煙の中に飛び込んだ。かまっている暇はないということだろう。その姿に、調は本日三度目の舌打ちを余儀なくされる。

 調は立ち上がると、銃を抱えると後退。下がりながら、誘導弾を撃った。誘導弾は鰐甲亀の首、その根本付近で弾ける。火炎が包み込むのを見やりながら、鰐甲亀の周りに集う装甲兵たちに向けて発砲。銃撃を見舞わせた。

 "オストリッチ"の砲撃。ナパームが首を一つ吹っ飛ばした。まるで断末魔の叫びであるような金属音を奏で、そのまま鰐甲亀の首が倒れた。さらに白兵たちの榴弾が足下で破裂する。機械足がいくつか焼かれ、白いドームの本体が傾いた。砲撃が重なり、本体が炎で包まれてゆく。

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