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雪火野  作者: 俊衛門
14/53

十四

 部隊が引き上げてから数日後、負傷者を除いたすべての白兵がブリーフィングのために集められた。新型の、見たこともない軽機動兵――映像を手に入れて、今すべての部隊がキャンプの一画で、件の軽機動兵を注視している。

 映像が流れている間、誰もが無言だった。もちろん映像に集中していたというのもあるが、たとえば中央に映っている軽機動兵の影に仲間を殺されたという激情を、うっかり声を漏らしては部屋中にまき散らすことになってしまう。それ故に今は声を殺して乱れに乱れた情動を飲み込み、鎮めるべく息を整えている。そんな意図を含んだ息遣いがそこかしこから聞こえた。部屋にいる白兵たちの息遣いは、居心地の悪い不安定な旋法――不定形の、ゴムをもっと液状に近づけたような感触だった。

 映像にいる男は、ビルの上に悠然と立っていた。どうぞ狙ってくれと言わんばかりの位置取りではあるが、誘導弾が飛来するたびにその男は次々、簡易ミサイルを撃ち落とす。手元から紫色の光がほとばしり、空中で誘導弾が派手に爆発して赤い炎が弾けた。

 もう一度、手元が光る。光の筋が八方伸びた。右手と左手、同時に投げ込み、電撃の筋は遠くに、そうかと思えばビルの足元に向け擲つ。前に後ろに、光の筋が何本も生まれる。空を何か鉤爪めいたもので引っ掻いた痕のように、光の軌跡が残った。

「実際に投げ込まれたものがこれです」

 アルファ小隊の音奏者カンツォール、ルー・ダウニーが映像を切り替えた。ビルの像が霧散して、代わりに結ぶ三次元映像は、異様に細いナイフ。刃ではあるがその形状はペーパーナイフか何かのように頼りなく、切断にはおよそ向かない、見た目は針のようだ。

「材質は」

 ハマが重苦しい歌音を吐き出した。それだけで鉛が溜まったような気分にさせる声だ。

「刃自体は、何の変哲もない鉄製です。ただし、表面が特殊です」

 ダウニーは映像を切り替える――細かい繊維質が配列された映像だった。

「刃の表面には、ナノ単位の細かい弦が張り巡らされています。この弦が振動することで、切断力を増していると思われます」

「弦ねえ」

 リィドは気のない風に呟く。前線よりも後ろに配置されていたことが、まだ尾を曳いているようだった。

 ダウニーは咳払い一つした。

「そして奇妙なことに、このナイフが投擲されたときに直線の軌道を描きました。直線です」

 強調しなければならないようなことでもないだろうが、奇妙と言えば奇妙だ。矢でも銃弾でも、重力の影響を受けないものは存在しない。だからこそ白兵が持つ狙撃ライフルは、衛星から距離を測り、風向きや気圧という気象データを加味して銃口の傾斜を微調整する自律プログラムが組み込まれている。そこまでしてようやく、狙撃は狙撃足りえる。だがあの軽機動兵は、狙撃手の有効射程距離外から平気で打ちこんだ。何の苦もなしに。

 映像が再びビル群の軽機動兵に切り替わる。全方位にナイフをばら撒き、しかしその中心人物は一歩も動いていない。

「この男の周りに」 

 ルー・ダウニーが映像を停めた。

「磁場が発生していて、そのせいで一部、通信障害が起こりました。磁界を発生させて、その力で手裏剣を打ち出していたものと思われます。ちょうど、機甲兵たちの短針銃ドラムと同じ原理です。威力は段違いですが」

「しかし、あの男。後ろに目でもついているのか」

 最前列に座っていたリィドが言った。単純な簡単を表す歌音でもって、口にする。

「そういう可能性も無いわけでもありません、がそれは置いておきます」

 ダウニーは映像を切り替えた。

 今度は軽機動兵の男が間近に迫るところだった。猛烈な速度で向い、こちらに向けて直刀で斬りかかる。映像の主が応戦しようとするが、それより早く男は刀を切り返し、斬撃。 映像が激しく左右に揺れ、どこかのビルの、壁と天井を順当に写し、最後に地面に落ちて映像が途絶えた。

「阿宮二曹の防護ヘルメットが拾った映像です」

 ダウニーが告げる。ヨファは心臓を掴み掛られる心地がする。

「これを最後に、彼は消息を断ちました。今映ったのは手裏剣を投げていたあの機甲兵。接近戦を仕掛けるあたり、分類はやはり軽機動兵であるに違いないでしょう。ただあそこまで速く動ける個体は、私は知りません」

「確かに、今までにないタイプだな」

 ハマは画面を注視して、独りごちる。すでに彼の頭の中ではどう立ち回り、攻めるべきかという演算が働いているようだった。

「それで、この映像の主は行方不明、と」

「駆けつけたときにはヘルメットしか残っていませんでしたね」

 ダウニーが映像を消すと暗かった室内に照明が灯る。果たして白兵たちの渋面が明るみに出る。

「殺害されたのであれば、わざわざ連れ去る意味はないように思われます。何か別の目的があるのか、あるいは」

「人質、とか」

 一番奥に座っていた若い白兵が、遠慮しがちに発言する。

「こちらの兵を捕虜にして、何か交渉に持ち込むつもりかもしれません」

「奴らがそんなことを?」

 リィドはいかにも愚かしいという声を出す。

「機械的なプログラムしかない、自我のない連中だ。まずもって捕虜にするとかそういう発想に至るかどうか」

「確かに連れ去りはあるが」

 ダウニーが言うのに、白兵たちが一斉に前を見る。ヨファもまた、ダウニーの顔を注視した。

「この地で起きた事故の後も影たちによる連れ去りは多く、目撃されています。新人も旧人も、それによってまだ事故原因も特定されず行方不明者も発見されないままです。原野での大きな事故は、やはり何かしら行方不明者が出ています。半数近くが不明ということがあります、いずれも影たちが現場に侵入して捜索が中断されました」

 ダウニーに改めて言われるまでもない。そのせいで白兵の行動範囲が拡大させられたのだ。従来は境界防衛と州軍の援護しか許されなかった白兵が、原野に出向いて調査を行う――行方不明者の手がかりとなるものを捜索し、また新たに開発する地域の安全性を確保するために。

「で、今回の調もそういうことだと」

 リィドはヨファを何らかの形で巻き込むのをあきらめたようだった。

「もし、生存しているならば何らかのアクションは起こすでしょう。今は北東三エリアに哨戒機を飛ばして音響を拾っています。なんらかの救援信号があれば、すぐにこちらの方にも流れるようにはなっている」

「でも」

 ヨファが唐突に言うのに、室内にいる全員がヨファの方を見た。

「でももし、いつまで経っても信号が送られてこない場合は」

「あの一帯はまだ危険区域に指定されています。いくら白兵といえども、迂闊に動ける場所ではありません。もし救援信号がこなければ捜索は打ち切られることになるでしょう」

 当然そうなるだろう。ダウニーの歌音は氷みたく冷たかった。酷や害ではなく、至極自然なあるべきものがそうであるという冷たさだ。誰もがそれは把握しているし、ヨファ自身も自覚していた。ただ冷たさと同時に、膚をちくりと刺激するものがあった。あるべきものを掴んだ瞬間に、あるべきでない違和を得たもの。冷静な心根に一つだけ投じた、針めいた塊を、しかしヨファは飲み込んだ。

 次回作戦までに部隊の再編成を行うと告げられ、ブリーフィングは解散した。

「あいつ、死んだかもな」

 ヨファが席を立とうとすると、リィドが声をかける。

「何でそういうことを言うの」

「何でって、状況をから見るとそう考える方が自然だろう」

 リィド本人としては本当に何気ない一言だと、声から分かる。平らでなだらか、熱も持たない、意識的ではない感覚。それが発せられたことに、本当に意図はしていないのだと。

「連れ去られたって言ったじゃない」

「影だぜ、相手は。連邦規約に則って捕虜を人道的に扱うとか、考えない方がいい」

 針の塊が少し大きくなった。喉の遙か奥で膨れ上がり、逐一刺激してくる。ひどく波打ち、こみ上げ、締め付ける感があった。甘みを帯びた歌音でも当面鎮まりそうのないものが、ヨファの内に満ちてくる。

「そう苛つくなよ。別に俺も、あいつが嫌いだから言っているわけじゃない。俺も希望は捨てたくないんだが、でもよ考えてもみろよ。言葉も通じない、コミュニケーションをとろうとしても届かない、そういう連中だぜ。それに、連れ去られたとも限らない。その場でやられているってことも」

「もういいよ、リィド」

 針の塊が丸みを帯びるのを待ってから、ヨファは言った。

「あんたが本気で心配しているってのは分かるよ。調のこと、あんたは嫌いだと思っていたけど」

「別に嫌いとかじゃあないんだが、まあやりづらいってのは確かだな」

 作戦室を出ると、二人して待機室に向かう。この一週間はヨファたちベータ小隊が詰めることになっていた。

「それよりも、あの軽機動」

「そうね。手裏剣使いだなんて映像資料でしか見たことなかったけど、いるものなんだね」

「そこじゃねえよ」

 リィドが呆れた歌音で言った。

「あの遠距離の電磁誘導は、機甲兵の短針銃ドラムじゃ到底出来ない芸当だったわけだ。何で奴らの銃が円筒ドラムって言われているか、知っているだろう」

「確かバッテリーとかでしょ」

 ヨファは機甲兵の短針銃を思い浮かべた。軽機関銃並みの長大な銃身に、太鼓ドラムめいた円柱を連ねた形をしている。

「あんな電磁誘導の砲なんて、くそ重たい上に取り回しづらい。威力は半端ないんだがな。だから機甲兵自体は鈍重なんだ、あんな馬鹿でかいもの振り回していなきゃならないから。だがあの軽機動は違う。そんな装置も必要なく、電磁誘導でナイフを投げつけやがった。それでいて軽機動らしく接近戦も仕掛けてくる。分かるか? 今まで影どもなんて、旧時代の技術を組み合わせ、鉄屑を寄せ集めたものに過ぎなかったのに。明らかにあれは、新しい技術で作られている。どういう原理か知らないが、奴は身一つでどんな距離の攻撃も可能なんだ。連邦の公安局が一番恐れている、原野の技術レベルが上がっている可能性がある」

 ヨファの足元を自律機械ドローンがすり抜けてゆく。清掃用の円盤だった。不可解なメロディを奏でながら廊下を曲がり、音が遠ざかってゆく。珍しく歌音を備えない、純粋な音だった。不安定な旋律の、短調じみた音階でもって、奏でる。旧型の清掃ロボットだと知れた。

「俺ら白兵は、議会からの直接派遣だとはいえ、基本的には州府の預かりだ。でもああいう影が今後も出てくるようじゃ、連邦の直接指揮になることもありうる。そうなったら、面倒なことになりかねない」

「面倒、ねえ……」

 どうもその旋法が、本気で面倒臭がっているようには思えない形をしている。少しだけ赤みの差した声音、茨を連ねたような感触。その旋法の中に、調のことがどれほど反映されているのか。

 リィドが立ち去るのに、ヨファは背を向けた。

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