十三
発笛を操作する。音域立体を展開、グラフは正確な距離を導く。距離はおよそ百メートル、調が先行し、前方のビルまで駆け抜ける。
背後のヨファに合図を送った。ヨファは素早く調の後ろにつけ、音域立体を確認しながら進んだ。調が先導し、遮蔽物に身を隠しながら前進する。
目的のビルの、入口を臨む所まで来た。
ビルの入口付近に、機構兵三体と、装甲車両がつけてある。"オストリッチ"よりは小ぶりの四輪の装甲車。短い砲身がにらみを利かせるように向いている。
ヨファが合図を送る。人差し指を突き出し、機甲兵を指さし、親指で首を突く仕草。それだけですべて飲み込む。
砲管の弁を開けた。銃口を向け、一度だけ撃った
軌道が生まれた。誘導弾が放物線を描き、装甲車向けて飛んだ。着弾と同時に最大限の熱量が膨れ上がり、ストロンチウム炎の中に装甲車両と機甲兵が消えるのを見る。
ヨファが複管機銃を撃つ。援護を背にして、調は駆ける。燃え盛る炎に飛び込んだ。耐熱スーツでなければ一分も保たない熱を潜り抜けてビルの中に転がりこむ。敵の姿がないことを確認し、ヨファを手招きした。
だが、ヨファは動かない。調はヨファの元に駆け寄った。
「撃たれたみたい」
調が駆けつけると、ヨファは苦痛にあえぐように言った。左肩のスーツが破け、血がにじみ出ているのが分かる。青ざめた顔で、傷を押さえた。
「その傷じゃしばらくは無理だろう」
「いや、大丈夫。このまま――」
「ここにいろ」
調は音域立体を展開した。果たして、ビルの内部構造が明らかになる。
「まさか一人で行くつもりなの?」
「その傷じゃ却って足手まといだ。こいつで仕留める」
「でも」
「いいから。お前は隠れていろ」
ヨファがうつむき、どこか残念そうな顔をする。今のヨファの旋法は、薄い紅を引いた色をしていた。
「そこにいろよ」
調はそう言い残して、ビルに飛び込んだ。
すぐに階段を駆け上がる。
直上から銃撃。機甲兵が発砲してくる。調は防火扉らしき遮蔽物に身をひそめ、二度撃った。細かいバーストで機甲を撃ち砕き、鉄の塊が階段を転げ落ちる。調は再び階段を昇るに、さらに違う影が階段を下りてくるのを感じる。あわせて三体。
銃の第二弁を開放。剣管に収納された刃が飛び出す。
ほどなく刃に熱が満ちる。
飛び出した。機甲兵たちに向け、三連射撃つ。機甲兵たちが崩れたのに、調は先頭の兵の胸に銃剣を突き立て、発砲。機甲兵の胸の装甲が砕け散った。
銃剣を抜く。すかさず向き直り隣の兵に銃床を叩き付ける。顔面を潰す手ごたえ。さらに発砲、三体目。三連射叩き込む。兵たちが完全に沈黙したのを受けて、調は階段を昇った。
五階層ほど昇った後、屋上に至る階段に差し掛かる。石造りの階段が途切れ、タラップめいた金属の階段が代わりに伸びている。その先に濃緑の扉があって、そこを開けば屋上に行くことが出来る。
階段に足をかけた。
いきなり、扉が弾け飛んだ。
「な――」
驚く間もなく、人影が飛び出してくる。階段を飛び越えた陰は、刀を握っている。諸手に握り、両断に打ちこんできた。
紙一重、調がかわす。刃が逸れる、ヘルメットの表面を斬る。
刃を返す。男は上段から一気に振り下ろした。ヘルメットの側面を捉え、深く切り裂いた。
ヘルメットが弾け飛ぶ。視界が開け、調はようやくその影を目の当たりにする。灰色がかったジャケット、金色の目、病的なまでに白く、作り物めいた顔立ち――すべて影特有の、人造の面。生気のない表情。
「このっ」
発砲。三連射撃つ。
男は銃弾をものともせず、なんと逆にこちらに飛び込んできた。飛び込みながら、直刀を横なぎに斬りつける。
下がる、調。目の前に白刃の閃きを感じる。すかさず銃を構える、照準合わせる。
銃口が火を噴いた。
刃を振るう。二度三度空を切ると、背後の壁に着弾。発火弾頭がマグネシウム光を弾けさせた。刀で弾道を逸らしたのだと理解した瞬間、男が刺突。剣先が調の喉に伸びた。
体を開く、刃をかわす。男の刺突が流れると同時、調は銃剣を突き出した。二連、突き、二度ともの男の刃に阻まれる。高電磁刃が直刀と交わるに、橙の火花を散らす。
離れる。撃つ。発火弾頭を三点バースト、吐き出す。男は火線を避け、銃弾を掻い潜り飛び込んだ。
男が振り被る。
袈裟切り。直刀が斜めから斬りこまれた。
受ける、調。銃剣で直刀を叩き落とす。すぐさま銃を持ち替え、銃床で男の顎をかち上げる。男の体が崩れた瞬間、銃剣で斬りつけた。高電磁刃が男の頬を削ぐに、膚の下の地金が覗いた。
男が下がる。調は銃を向けた。
男の手元が光った。刀から左手を放し、その手中に紫の電光が走るのを見る。ぞくりと背中が粟立つ。
身を逸らした、その刹那。調の首元を電撃がよぎった。後ろの壁にナイフが刺さる音を聞き、調は戦慄する。もう一度男が放とうとするのに、調は無我夢中で発砲。細かい発射炎が瞬いた。
男が下がるのを受け、調は後退する。階段の踊り場から走り、一番近くの部屋に逃げ込んだ。銃を保持したまま深く呼吸を繰り返す。
額に何かどろりとしたものが絡むのを感じた。拭ってみると黒っぽい血が手に付着する。忌々しく拳を握りしめる。
男が室内に飛び込む、同時にナイフを投げた。
反射的に横に飛ぶ。耳元を紫電が掠める、胴を刃が掠める。耳朶を痺れる電撃が打ち、背後の壁にナイフが三本刺さる。
影が飛び込む。
銃撃。引き金引きっぱなしの無茶苦茶な射撃を加える。男は火線を避け、刀で斬り落とし、迷いも恐れもない様子で飛び込んだ。
影踏み込み、撃尺の間。調が銃を向ける。
閃いた、刀。男が脇構えから真っ向振り下ろすに、刀が銃と噛み合った。銃身の半ばまで刀が食い込む。瞠目し、戦慄する調に対して男が前蹴りを打つ。腹に踵がめり込み、調は体を折る。
男が斬りつけた。
下がる、紙一重、避ける。連管銃の弾倉を切り落とした。ケースレス弾がばらばらと落ちる。
大きく退く。小銃を腰だめに構えて銃剣を向ける。
男は刀を大上段に構える。踏み込み、一撃で斬るという位だった。
彼我の距離は三歩。半歩ずつ前に出た。互いににじり寄る、そのたびに鼓動が早くなる。汗吹き出す、背筋と首。舌の根も凍る意気。刃の圧を間近に感じ、身体が竦みあがる心地がする。息を止め、唇を噛み、握る手に力がこもる。
距離が短くなる、二歩。あと一歩。
踏み出した。
振りおろす。刃が降り懸かる。
飛び込む、調。銃剣を差し出す。刃が火花を散らした。
さらに前。体当たり気味に銃剣を突き出す。男の肩をかすめる、高電磁刃。
体を開く。男は刀を逆手に持ち換え水平に振り抜いた。刀の切っ先が調の鼻先を斬る、血の筋が空に曳く。
踏み出す、調。距離を縮める。
斬撃。再び、男が逆手に切りつける。調は銃剣で防ぎ、防ぎながら飛び込む。飛びながら左脚を廻し、サバットキックを叩き込んだ。
男の胴体を捉える。足首に堅い感触を得る。男が下がるに、もう一度廻し蹴りを打つ。
逆袈裟。男が斬り上げた。調の蹴り足の、臑を傷つける。機先を逸らされ、調は体勢を崩す。
再び刀を持ち換える――諸手。男が斬り下ろした。
かち合う。調が差し出した銃と刀が噛み合う。木銃床に深々と刃が食い込んだ。
銃を捨てた。同時に、拳銃を抜いた。
発砲。
弾が逸れる――否、逸らされる。男の左手が伸び、調の銃持つ手を掴み、それによって銃の軌道が外れた。
身を引く。それより早く、男は調の手首を極めた。骨が軋みあがる、悲鳴が上がる。
さらに肘、肩を固める。そのまま調の体を引き倒す。調は腹ばいに、地面に押しつけられた格好となった。
「離せ、このっ」
立ち上がろうとしたところ、左手をより強く捻られ、ナイフを突きつけられる。
「……畜生」
室内に機甲兵たちがなだれ込んできた。二体、三体、調の周りに集まり、銃口を突きつける。腕を絡め、組み伏せ、後頭部に銃口を押し付けられる、ついには抵抗する力を失った。