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雪火野  作者: 俊衛門
12/53

十二

 静けさが蘇った。 

 調は車の陰から様子を伺う。機甲兵たちの姿はなく、榴弾と発火弾頭で打ち砕かれた装甲と、半分だけになった羊鹿、倒れ伏した軽機動兵の残骸ばかりが目に映る。火炎があちこちで燃え、羊鹿や機甲兵の機体を白くちぢれさせ、鉄そのものを溶かす深紅の炎は消える気配がない。鉄が完全に燃えれば消えるが、炎はしつこく食らいつくハイエナのように、いつまでも鉄を燃やし続けている。そんな火のついた機体があちこちに転がっている。

「到着して、調査しようとしたらいきなりこれだなんて」

 ヨファ近づき、ヘルメットを脱いだ。黒く長い髪が、零れ落ちる。

「しかし相変わらずだね。こっちがひやひやするようなアタックしかけて」

 ヨファは嫌味のない、コバルト色の声音をしていた。こういう色合いの人間というのは、得てして誰からも好かれやすいものだ。

「風邪はもういいのか」

「おかげさまでね。それで、こいつですべてなの?」

 小隊の白兵たちが近づいてくる。ヘルメットを外して息をつき、中にこもった空気を追い出すみたいに顔を手で扇いだりしている。

 調もヘルメットを外した。外気に顔を晒し、思い切り空気を吸い込む。金属の燃えるにおいと土埃も一緒に吸い込むことになるが、ヘルメット内に滞留する空気よりはよほどマシだった。汗とプラスチック、合成ゴムとカーボンの臭いよりは。

「どうして連中は退いたんだ」

 調は銃を担ぎ上げた。

「全員潰したというわけではないだろう」

「さあ、これ以上は不利って思ったんじゃない?」

 ヨファは肩をすくめて言った。

「いずれ州軍も到着するだろうし、だいたい影なんて命令系統がやられれば立ちゆかないって。固有プログラムってものがないから、自律行動もとれない」

「連中はそもそも何で攻撃を仕掛けてきたんだ」

「知らないね。こっちは攻撃の意志があったわけじゃないんだが」

「しかし――」 

 調が口を開いた途端、通信機が明滅したのに気づいた。珍しく固有チャンネルからの通信に、首を傾げつつも交信キーをあわせた。

 すぐにインカムにエリザベスの声が飛び込んでくる。

「そこにいる? 調」

「いるもなにも、どうかしかしたのか、ベス」

 インカムの向こうから響く声が、緊迫の色をなしている。金属の堅さと糸めいた細い感触で、無色に近い声だった。エリザベスには珍しい旋法と言えた。

「あなたから見て九時方向、確認してみて」

 言われるままにその方向を見る。

 廃ビルの群から、頭一つだけ高い建物がある。黒い外壁と背の低い鉄塔が周りを固め、何かしら主張してくるような構造体、その屋上に人影らしきものが立っている。調はヘルメットをかぶり、像を拡大してみた。音域立体で見てもそれは影であるかのように見えるが、機甲兵ではない。そうでなければ軽機動兵だろうが、奇襲を前提とする軽機動兵があんなに目立つ位置にいるということがまず考えられない。

「まだ残っていたの」

 隣でヨファが、同じようにヘルメットをかぶり直して、同じようにビルの上を見上げた。

「一体だけ退かずに残るというのもおかしな話ね」

「といっても、あんなところに突っ立って何かできるでもなし。放っておいてもいいんじゃないか」

 ヨファはかぶりを振った。

「影には違いない」

 ヨファが小隊の連中を手招きすると、年若い兵が駆けてきた。身の丈ほどある曲銃床の狙撃ライフルを抱えている。複雑な鍵配列を銃身に組み込んだ狙撃銃に、空管リードめいた管が絡みついている。

「ああいう手合いは早い方がいいよ……マーク」

 マークなる男は、素早く銃を構えた。膝立ちになり、瓦礫の一つに銃身を据え付けると狙撃体勢に入った。

「ここから向こうまでは二千メートル程か、狙えるのか」

「あんまりみくびらんでくださいよ」

 調とそう歳が変わらないだろう、マークは軽く肩をすくめて見せ、スコープをのぞき込んだ。

 狙いを付ける。スコープの先に敵影をとらえる。マークが引き金に指をかけた。

 突如、調の目の前を電撃が走った。

 文字通り電撃だった。紫色の光が網膜に直接突き刺さるかのような鋭さでもって閃いた。咄嗟のことで対応に遅れ、電光が走った数秒後に気づいたくらいだった。

「何――」

 ふと、マークの方を見やる。

 マークの額に細身のナイフが突き刺さっている。黒い刃が頭蓋骨を貫き、その刃から紫色の電光がほとばしっていた。

 倒れ込む、瞬間。電撃が走った。紫電がマークの体を包み、身体中を巡る。肉を焼く臭い、それとともにマークの身体が痙攣したように跳ね上がった。

「伏せろ!」

 調が叫んだ瞬間、再び紫の筋が光った。調の頭上をかすめ、別の兵の首に突き刺さった。一瞬、光が弾け、男は声も上げずに倒れる。男の首筋には、やはりナイフが刺さっている。

 調が身を屈める、直後に電光が空を横切る。電撃が尾を牽き、ナイフが正確に背後の兵たちを貫いた。首と頭にそれぞれ刃を受け、刺さると同時に電撃が体を包み込むのだ。雷に打たれたように倒れ、二度と起きあがることはない。

「ベス、応答しろ」

 調がインカムに向かって怒鳴ると、頭の上を再びナイフが通過した。まっすぐに飛び、地面に刺さる、ぱちりという電撃音を響かせる。放電する紫の光が、威嚇するように猛り、音を立てている。普通の投げナイフならば直線に飛ぶことはない、必ず放物線を描くはずだ。ならばこのナイフは、一体どういう原理で飛来しているのか。

「あのビルよ、調」

 ヨファが指さした。緊迫した声が、ますます硬質なものになっている。まるで針か刃だ。

「あの上から狙っている」 

 調は陰に身を潜めながら外を見た。視界を三十倍に拡大してビルの上を見る。

 ビルの上に人影。左手を降り上げ、何かを投げた。

 電撃がビルの上から直線に伸び、調より二十メートルほど手前の、別な白兵まで飛来する。ちょうど狙撃銃を構えていた男の喉にナイフが突き刺さる。電光が彼の体を包み、そのままその男は倒れた。

 投げているのか、ナイフを。

 どう見てもナイフが届く距離ではなかったが、事実ビルの上にいるその男は周りにナイフをばら撒いている。男が投げ込むたび、不吉な紫の光が弾け、あり得ない軌道を描いてナイフが飛ぶ。

「あの軽機動兵の周りに」 

 エリザベスがインカム越しに言う。

「強烈な磁場が発生しているわ。おそらくあのナイフは機甲兵の円筒ドラムと同じように、電磁誘導で打ち出している」

「防ぐ手だては」

「今、援護を要請したわ。なんとかそこから離脱して、一旦退却しないと」

 ぱちりと電撃が鳴った。同時に調が身を隠す壁の一部が崩れた。杭のように細いナイフが壁に突き立ち、紫色を放電させた。

「離脱しろと言っても」

 弁を開け、誘導弾を撃ちこんだ。

 目標に向けてストロンチウムを詰め込んだ簡易ミサイルが飛ぶが、あっけなく撃墜される。他の白兵たちも誘導弾を撃つが、届くよりも先にナイフで打ち落とされる。空中に炎の華がいくつも咲いては消えを繰り返し、その間にも電光は空を飛び交う。

「援護は待っていられない、ベス。誘導しろ」

「誘導って、どういうこと」

「決まっている」

 銃を引き寄せると、調は安全装置を解除した。弾倉を換え、激鉄を起こす。

「排除するんだ」

「今動いても無理だよ、せめて援軍が到着するまで」

 煉瓦壁が崩れた。調の目の前を電光が横切り、パーティー用の花火みたいな派手な電光を散らしたナイフが地面に刺さる。こちらに向けて狙いをつけたナイフは、あと数センチ体をずらせば調自身を貫くに足る一撃だった。

 身を低く、飛び出した。銃を抱えて壁伝いに移動する。移動しながら音域立体越しに、目標となる軽機動兵の姿を確認した。

「やるっていうの、調」

 遮蔽物から、ヨファはビルの上を見る。不安げな面持ちだった」

「ベスの言うように、支援を待っていた方が」

「それで済むならいいが、救援が来るより先にこっちがやられる」

 調は足を止める。連続していた遮蔽物が切れ、むき出しの更地を目の当たりにする。なにもない空間が十メートルほど続き、身を隠せるような建物がその先にあった。

「迂回する、ベス」

 調が言うのに、しかしインカムからは雑音が返ってきた。ヨファも同じように問いかけるが、黙って首を振る。

「駄目ね。電磁波の影響か何かわからないけど。通信が使えない」

 思わず舌打ちする。調はビルの上を気にしながら言った。

「仕方ない」

 調は銃をぴったりと体につけ、膝立気味になる。壁を伝い、どうにかして隠れられる場所を探しながら進んだ。

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