金髪の少年②
俺の行動に金髪は「え?」と困惑したが、「ほら、手」と俺が催促すると戸惑いながらおずおずと両手を差し出してきた。俺はその手にトリグラの実を乗せた。
「な、なにこれ……」
「知らないのか? トリグラの実って言うんだ」
「トリグラの実?」
初めて見たのか金髪はトリグラの実をまじまじと見ていた。前髪で目元は分からないけど、そんなふうに見えた。
「お前の目の色そっくりだろ?」
俺がそう言うと金髪は「えっ!?」と驚いた声を上げて俺のほうに顔を上げた。
「血の色ってさ濃い赤って感じじゃん? でもお前の目の色はトリグラの実みたいに、透き通った綺麗な色だった」
「綺麗な……色……」
金髪は再度自分の手元に顔を落としぽつりと呟いた。
「それやるよ。食べれるから。あ、でもすっげぇ酸っぱいから気を付けろよ。俺は好きだけどなっ!」
俺はそう言ってにかっと笑った。
と、その時鐘の音……というより古時計の音によく似た音が辺りに鳴り響いた。
その瞬間。
目の前に見慣れた森と少し離れた場所にドミニク叔父さんの後姿があった。
「? ……ウィル?どうした?」
ドミニク叔父さんが振り返り、突っ立っている俺を不思議そうな顔で見てきた。俺は辺りを見渡したが案の定魔女の塔も少年の姿もない。
(もしかしてさっきのは幻覚……だったのか?)
幻覚にしては妙にリアルだったような……と俺は自分の手を見下ろした。指先には石レンガの冷たい感触がはっきりと残っていた。
「ウィル大丈夫か?」
突っ立ったままの俺にドミニク叔父さんが心配して戻って来た。
「あ、大丈夫。早く帰ろう!ドミニク叔父さん!」
俺はへらりと笑ってドミニク叔父さんの背中を押した。
果たしてあれは幻か現実か。
それは分からないが、ひとまず俺は心配していた騒ぎが起きずに済んでよかったと心の底から安堵した。
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自分を取り囲むように立っている無数の影と、こっちを見下ろす無数の目。
《気持ち悪い》
《まるで血の様な目ね》
《本当に気味が悪い。化け物の子》
《魔物の血を引いているのよ》
《その目でこっちを見ないでちょうだい》
耳を塞いでも頭に響いてくる彼らの“声„。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……。
「……ッ!!」
僕は飛び跳ねる様に起き上がった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
嫌な汗で全身が濡れていた。早鐘を打つ心臓を抑えながら僕は辺りを見渡した。石レンガで造られた半円型の部屋には簡素な机と椅子、クローゼット一つ置かれている。今ではすっかり見慣れた光景に安堵の息を漏らした。
何度か深呼吸をしてから窓際に置かれた机の上にあるガラス瓶に目を向けた。ガラス瓶の中には赤い実が入っていて、窓から差し込む月明かりに照らされている。
僕はベッドから降りて裸足のまま絨毯の上をフラフラと歩いて行きガラス瓶の元までいくと、そっと両手でガラス瓶を持ち上げた。両手で持てるぐらいの大きさのガラス瓶の中で赤い実が数個転がった。
“お前の目の色そっくりだろ?„
脳裏に浮かんだのはこの塔に迷い込んできたあの子。
先生から極稀に塔に迷い込む人がいると聞いていた。でも迷い込んでも鐘が鳴れば元の場所に戻るから問題ないと言っていた。
だからあの子が迷い込んできた時、元の場所に戻るまで塔の中にいるつもりだった。
(そのつもりだったのに……)
気づけばあの子に声をかけていた。同い年か一つ二つ下に見えたあの子は慌てる様子もなく凄く落ち着いていた。
(……僕の目を見ても怖がったりしなかった)
同い年の子や年の近い子はみんな僕の目を見て、気味悪がったり泣いたりしたのに……。
“お前の目の色はトリグラの実みたいに、透き通った綺麗な色だった„
(あの言葉は嘘じゃなかった……)
この目を綺麗だと言ってくれたのはあの子で二人目……。
僕はガラス瓶を持ったまま再び布団に潜り込んだ。ガラス瓶には補強魔法が掛けられているから割れる心配はない。僕はガラス瓶を抱きしめそっと目を閉じて眠りについた。
“俺は好きだけどなっ!„
そう言って笑った顔が太陽の様に眩しかった。
その夜、僕はあの夢を見ることはなかった。




