魔女の塔③
「変な話だけど…、夜自分のベッドで寝ていたはずだったのに、気付いたら目の前に魔女の塔があったんだ。塔は高い塀に囲まれていて、塀に一つだけ扉があったんだけど茨に覆われていたんだ」
そのときの様子を思い出しているのか遠くを見ながらドミニク叔父さんは話を続けた。
「小さな光の玉があちこちに浮かんでいて夜でも明るかった。俺は怖くて茨で覆われた扉を叩いて、出してと必死に叫んだんだ。茨の棘で手が傷だらけになったけど、恐怖心が勝っていた俺は痛みを感じなかった。それぐらい混乱していたんだ」
ひっ! 茨の棘! 想像しただけで痛いっ! 俺は背筋が凍るのを感じた。
「その時不意に誰かの影が俺に掛かって、驚いて後を振り返ったら……すぐ後ろに魔女が立っていたんだ。首まで覆われた真っ黒なドレスに、透けるような黒い布を頭に被っていた。顔は布のせいでよく見えなかったから覚えていないけど、真っ黒な唇だけは今でもはっきりと覚えている」
真っ黒な唇ってことは黒い口紅を塗っていたってことか?
「親から聞いていたとんがり帽子に裾の長いマントを羽織った魔女の姿とは違ったけど、間違いなくその人が魔女だと俺は思った。俺はごめんなさい。帰してください。殺さないでくださいって何度も言ったよ」
親から「悪さをした子どもは魔女の鍋で煮られてしまうんだよ」って聞かされていたからね。とドミニク叔父さんは恥ずかしそうに笑った。
まあ、背後に全身黒ずくめの人間が立っていたら大人でもビビる。ましてや顔が見えないんじゃ余計にな。まだ子どもだったドミニク叔父さんの恐怖は想像を絶したことだろう。
「そしたら魔女がしゃがんで傷だらけになった俺の手を取ったんだ。真っ黒な爪と血の気のない真っ白な手がどうしようもなく怖かった。……そして魔女は言ったんだ。驚かしてごめんなさい……って。そこで俺は気を失ってしまったんだ。次に目を覚ました時は自分のベッドに横になっていて、傷だらけだった手も治っていた」
話し終えたドミニク叔父さんがふぅと息を吐き出した。
「えっと……夢とか、その可能性は……」
けっこうリアルな夢ってあるからな。俺も何度か見たことはある。なぜか決まって怖い夢なんだよな。
「俺も最初そう思ったけどね。……でもね、俺の手を取った魔女の手の温もりがしっかりと残っていたんだ」
どこか照れくさそうに笑ったドミニク叔父さんに、俺は「優しい人で良かったね」と返した。ドミニク叔父さんの話が本当かどうかは定かではないけど、トラウマにならずに済んだのならそれでいい。
「その話、母さんは知らないよね?」
「話してないからね。ウィルが初めてだよ」
「なんで俺に?」
首を傾げる俺に、ドミニク叔父さんは「うーん、なんとなくかな?」と言った。
「なんとなくウィルに話したくなったんだ」
にこっと笑うドミニク叔父さんに俺は「はぁ……」と返すことしか出来なかった。恐らく甥っ子の俺に、当時の自分を重ねたのかもしれない。丁度自分と同じ年齢の時に魔女の塔が現れたから。
「よし、今日はこれくらいでいいだろう。帰るか」
ドミニク叔父さんの言葉に俺は頷いた。まだ森の中は明るかったが、秋はあっと言う間に暗くなるから早めの行動は大切だ。歩き出したドミニク叔父さんの後を付いていこうとした……その瞬間。
俺の目の前に石レンガで出来た塔が現れた。
「は?」
俺は目を見開いた。
塔を囲むように作られた石レンガの壁に、茨に覆われた扉が一つ。広さはそれほどなく、芝生は手入れが行き届いていてあちこちに野花が咲いていた。
俺は思わず眉間に手を当てた。
多分……いや、絶対これ魔女の塔だ。




