魔女の塔②
俺の名はウィル。性はない。セリオス帝国の広大な土地の東側の隅っこにある小さな農村で生まれ、今年の夏で十歳を迎えた。
父さんの名前はダニエル。焦げ茶色の短髪に深緑の目。厳つい顔にガタイがよく寡黙な人だ。一見強面に見えるけど性格は温厚。今まで父さんが声を上げたところを見たことがない。
母さんの名前はリアナ。栗色の髪は肩程まであって青い目をしている。父さんと違って母さんはよく喋る人だ。
俺は父さん譲りの深緑の目に、母さん譲りの栗色の髪だ。父さん同様に俺も短髪にして貰っている。顔立ちは平凡だけど、両親そっくりの色をもっているから結構気に入っている。
だが、一番気に入っているのは病気知らずの健康な身体をしていることだ。
前世の俺は生まれつき身体が弱く、五歳の時重い病気に掛かった。その病気は症例が非常に少なく、十五年間の闘病生活の末、二十歳で死んだ。
前世。
三歳の時に俺は突如前世を思い出した。だけど正直前世と言っていいのか迷う。だってこの世界は俺の知っている世界とはまったく違うのだ。
でも神様がくれた二度目のチャンスだと思い、前世……面倒だから前世と呼ぶことにする……では出来なかった親孝行はもちろん、自分が出来ることはなんでもやっていきたいと思った。
午後は麦刈りの手伝いではなく、近所に住む母さんの弟であるドミニク叔父さんと一緒に、森に自生しているトリグラの実の採取だ。トリグラの実は蔓植物で、直径一センチぐらいの真っ赤な果肉とロギの実に匹敵するほどの酸味をもっている。
ちなみに俺達がいる森は魔女の塔がある森とはまったく別の場所だ。もともとはドミニク叔父さん一人で採取に来ていたけど、去年から俺も同行させて貰っている。
この時期にしか入れない森の奥地に俺は胸が高鳴った。なんせ前世では自然とは無縁の生活だったからだ。ああ、空気めっちゃ美味い!あ、もちろん迷子にならないよう、ドミニク叔父さんの傍からは離れないよう注意している。
ドミニク叔父さんは慣れた手つきでトリグラの実を採取し、腰に括り付けている革袋に入れていった。俺はちまちま採りながら、時折つまみ食いをしていた。うん、酸っぱくて美味い。
「ロギの実とかトリグラの実は酸っぱいから、子どもには余り好かれないんだけどな」
つまみ食いをする俺をドミニク叔父さんは怒らず、寧ろ嬉しそうに笑っていた。母さんと同じ髪色と目の色をしていて笑い方も似ているから、姉弟なんだなぁって実感する。前世も今世も俺は一人っ子だからちょっと羨ましい。
暫くの間二人で黙々と実を集めていると、不意にドミニク叔父さんが口を開いた。
「……なあ、ウィルは魔女の塔に興味はある?」
「え?」
俺はドミニク叔父さんを見上げた。ドミニク叔父さんは俺の方を見ずに、目の前にあるトリグラの実を採っている。俺は手元に視線を戻し「別に」と答えた。ドミニク叔父さんは「そっか」と言って、俺たちは暫くの間無言でトリグラの実の採取に専念した。
「……俺さ、十三年前魔女の塔に行ったことあるんだ」
「はっ?!」
唐突の爆弾発言に、俺は素っ頓狂な声を上げて再びドミニク叔父さんを見上げた。ドミニク叔父さんは苦笑いを浮かべながら頬を掻いていた。
「は? え? じょ、冗談?」
ドミニク叔父はおっとりした性格で、とても人を驚かせるような人ではない。寧ろ驚かされる側の人だ。
「はは、違うよ。本当の話」
「マジで?え?でも、森には入れないって、それに」
十三年前魔女の塔が現れた時、ドミニク叔父さんは十歳だ。
「……ドミニク叔父さんは魔女の塔にびびってたって母さんが……」
五年前魔女の塔が現れた時、母さんがけらけら笑いながら「あの子びびり過ぎて私やお母さんの後ろに隠れていたのよねぇ」と言っていたのを覚えている。
「姉さん話したのか……。うう、恥ずかしい」
赤面するドミニク叔父さんに、俺は慌てて話を戻した。
「えっと。ど、どうやってドミニク叔父さんは魔女の塔に行ったの?」
その話が本当なら、問題は辿り着いた方法だ。元の場所に戻される森の中をどうやって歩き、そして魔女の塔に辿り着いたのだろう。
「……行ったというより気付いたら目の前に魔女の塔があったんだ」
「は?」
予想外の言葉に、俺は間抜けな声を漏らした。
気付いたら目の前にあった?




