魔女の塔①
雲一つない澄んだ秋空に一匹の鷹が飛んでいる。
視線を落とせば黄金色に染まった大地の中に、黙々と麦を刈っている大人たちの姿が見えた。
今年の麦は気候にも恵まれて実りがいい。
不意に俺の視界の隅にあるものが映り込み、「あっ」と声を漏らした。
「どうした?」
隣で麦を刈っていた父さんが、突っ立っている俺を見上げてきた。
「あれ、……魔女の塔」
俺は麦畑の向こうにある森の中から顔を出している塔を指差すと、父さんが「何?」と立ち上がり目を細めて塔を見た。
「ああ……五年ぶりだな」
他の大人たちも塔に気付き腰を上げて「ああ、久し振りだな」、「今回は遠いな」などと話している。
突如姿を現した塔に誰一人不安がる様子はなく、「ああ、あの人来ていたのか」ぐらいの反応だった。
大人たちは軽く立ち話をしたあと何もなかったかのように再び作業へと戻った。突然姿を現した塔よりも、厳しい冬が来る前にすべての麦を刈り取るほうが遥かに重要だからだ。俺も父さんの隣にしゃがみ込んで作業を再開させた。
太陽がてっぺんに上り切った頃、父さんと俺は家に戻った。村にある家はどれも木枠と土壁、藁の屋根で出来てる。
自分の家のドアを開けると、いい匂いが漂ってきて俺の腹の音が盛大に鳴った。
十二畳程度の広さの土間には、四人掛けのテーブルに背凭れのない長椅子が二つ、そして小さな竈が一つある。
「二人ともお帰りなさい」
竈で昼飯を作っていた母さんが振り返る。
「ただいま、母さん」
「ああ」
父さんが壁に二人分の鎌を掛ける。俺は汚れた手を洗った後、母さんと一緒に昼飯の準備をした。黒パンに野菜スープ、ヤギのミルクにロギの実だ。
「魔女の塔が来たようだ」
「ナタリーさんから聞いたわ。今回はどれくらい滞在するのかしら?」
「五年前は三日ぐらいだったな。十三年前は夏に一週間滞在していた」
昼食を食べながら話す二人。
魔女の塔。
誰がいつそう呼んだのかはわからない。
ただ突然現れたかと思うと、いつの間にか姿を消す。周期は決まっていない。五年前だったり、十三年前だったり。長い時は五十年前だったりする。周期はばらばらだけど決まってあの森に現れる。
魔女の塔が現れたからといって不吉なことが起こるわけではない。こちらが干渉しなければ向こうも何もしてこないみたいだ。
過去にどっかの国の王様が魔女の塔にちょっかいを掛けて、逆に魔女に国ごと消されてしまったという話がある。まぁ、本当かどうかは分からんけど。
あれだ、触らぬ神に祟りなしってやつだな。
「暫くあの森に入ることは出来ないな」
「そうね。入っても元の場所に戻ってきちゃうしね。あ、ウィル。お遊び半分で入っちゃったりしたらだめよ」
ね?と母さんは隣に座っている俺に念を押してきて俺は頷いた。
魔女の塔がある間、付近の森では不思議な現象が起きる。その森に入って行くとなぜか入ってきた場所に戻ってくるのだ。
曰く、魔女が自分の塔に近づかないようにその森に魔法を掛けてるとか……。
その現象を村の子ども達が面白がって森に入ってしまうらしい。今まで戻ってこなかった子どもはいなかったけど、絶対とは言い切れない。
万が一迷子になったら大変だと、親や大人たちは目を光らせている。だけど、その目を掻い潜って森に入る子どもが何人かいる。
(五年前にもけっこういたなぁ……)
俺は当時のことを思い出しながらロギの実を齧った。見た目はイチジクに似ていて森に自生している木の実だ。
ロギの実はレモンほどではないが酸っぱい。干せば酸味は消えるが、俺は生のまま食べるのが好きだ。疲労回復にはクエン酸がいいと言うし。ロギの実にクエン酸があるかどうか分らんけど、酸っぱいからあるよな?と思いながら、モグモグとロギの実を食べていると不意に視線を感じた。
顔を上げると母さんが俺を見ていた。俺と目が合った母さんがふっと笑った。
「ウィルはロギの実が本当に好きね」
母さんはそれだけを言うと、笑みを浮かべながら食事を再開させた。そんなにがっついて食べてた? なんか滅茶苦茶恥ずかしい……。




