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自殺の波紋  作者: 二階堂真世
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エピローグ

「田中操って言ったかな?キミは、彼女に会ったの?」と隆司は聞いた。「会ってないわ。私の娘は死んだ操だけだもの。過去に想いを馳せても、取り戻せないんだから。目の前の幸せから目を離したら、もう何も残らない気がするの」と由香里は苦々しく答えた。「だって、キミは本当の母親じゃないか?僕に遠慮しているなら、かまわないよ。会って、抱きしめたらいい」と優しく由香里の髪を撫でた。「残酷な事実だけど、私は振り向きたくない。田中君の、ご両親や操さんにも育てられた大切な思い出や歴史があったはず。そこへ、どんな顔をして会いに行けるの?東京大学に入って、一流企業で活躍して今は幸せな結婚をしてるんでしょう?それを聞いただけで充分。同じ顔、同じ名前、そして同じ私のお腹から生まれた子だとしても、中山家の私とあなたの娘は、たった一人。ずっと、彼女のことだけ愛して生きていきたいの」と背を向けて言う由香里の肩は、かすかに震えていた。『過去にばかり捕らわれているのは、いつも僕の方だ。由香里は、いつも一番大切なものを見失わない。興味や関心で自分本位に他人の人生に土足で上がったりもしない。だから、全てを失っても、やり直せる。何度でも』と眩しい朝の陽光に布団をかぶって寝直そうとしたら「さあ、朝ご飯よ。あなたは、こんな所で、くすぶっている人じゃないでしょう?ほら、携帯にも、あなたの能力を必要としている仲間たちから、こんなに沢山のオファーが来てる」と笑いながら布団を剥がされた。「まだ病み上がりなのに」と文句を言うと「私は看護婦なんだから知ってるけど、今は手術してもすぐ動くように言われるのよ。体も頭も甘やかしたらダメ」と尻を叩かれる。「やれやれ、死ぬまでこき使われそうだ」と不服を言っても笑い飛ばされる。「何言ってるの?仕事をしている時の、あなたが一番輝いていて楽しそうなのに」と。

こんな逞しい由香里だったが、決していつも明るく元気でポジディブだったワケではない。もう一人、娘がいた事実は、夫に浮気を疑われた以上にショックな事だった。密かに会いに行った。声をかけようかとも思った。娘が自殺した時も、遠くで田中操の姿を見ていた。夫が田中を元カレだと思っているようだが、彼は同性愛者だったはずだ。もちろん一緒にいたし、相談にも乗っていた。しかし、もちろん肉体関係も無いし自分のことを愛していたとも思えなかった。ただ、取り巻きの中で一番ハンサムだったし、頭も良かった。だから夫がライバル意識を燃やしていたのかも知れない。

人工授精を頼んだ医者も、田中ではない。子供が欲しかった田中家が、先輩の産婦人科医に頼んだのかも知れない。確かに、精子提供者は容姿端麗で頭脳明晰だったと言っていた。今更、田中君に会って事実を明らかにしても現実は変わらない。様々な誤解が重なって、愛しい我が子を失いってしまった。娘に苦労をかけてしまった。これから咲く花を蕾で腐らせてしまった報いを受けなければならない。娘を追って死にたかったのは私だ。それを食い止めてくれたのも、まだ生きているもう一人の娘の存在だった。生きていてくれるだけで良かった。そして、夫を助けることが、自分の生き甲斐になった。愛した娘を失った者同士、寄り添い励まし合って社会の役に立ちたい。たとえ、子孫がいなくても、今目の前にいる大切な人と老いを重ねて、日々喜びも悲しみも分け合って生きていきたい。「桜は散るから美しいのかしら?」と夫に聞いた。「そうだね。ずっと、そこにあったら気にもとめなくなってしまうかもね。終わりがあるから、今この時が輝いて愛おしいのかも」と遥かな空を仰ぎ見て言う。その手をギュッと握って、「できるだけ、素敵な思い出を作りたいよね」と由香里も空を見る。黄昏時の空は、色とりどりに変化して、どの瞬間も美しかった。

【暗ハラ】と言う言葉がある。闇のオーラで周辺の人に邪悪な心を植え付け、その人生をコントロールして駄目にして、死に追いやることもあると言う。ニヒリストとか悪絶の評論家とか、頽廃的な文学などは、一見立派に見えて憧れることもあるだろう。しかし、人間は、物質の全てに波動がある。ラジオの周波数のようなもので、同じ波長でなければ縁も持たないし、たとえ近くにいても話が合わない。ノイズに打ち消されて、付き合うのが苦痛になるからだ。死に魅せられた人は、そんな波動を持って【腐ったミカン】のように、周囲に腐敗をばら撒く。その反面、一緒にいるだけで、どんなに落ち込んでいても元気をもらえる人もいる。これが、心理学者のフロムが言う、【死と生への憧憬】なのかも知れない。美しいものを美しいと感動できる心。苦難も悲劇も笑い話にできる人間力。そんな人の近くにいよう。なにも嫌なこと、悲しいことが無い人など世の中にはいない。自分だけだと孤独に震えているなら、いい仲間ができなくて根暗になりそうだったら、本を読もう。そして、自らが光を放ち、同じ輝く人々を招き入れたらいい。精神を病んで自ら死を選択する多くの人々に、「あなたは悪くない。ありのままの自分を愛して、助けられるのは自分だけなんだから」と伝えたい。多くの才能や頭脳が、その繊細さ故に亡くなってしまうのはもったいない。死の闇に取り憑かれそうになったら、とにかく逃げ出そう。命さえあれば、やがて運命は好転するのだから。


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