1 第3部プロローグ
令和6年8月5日にコミカライズ1巻、
令和6年8月6日にノベル2巻が発売されます。
よろしくお願いします!
ちらほらと雪が降っているのが見える。
外を行きかう兵士や使用人達の息は白く、外の空気は冷え込んでいるようだが、温かい室内に居る彼女にそれを感じ取ることはできない。
窓ガラスが息で白く曇り、彼女は自分が思ったより身を乗り出していたことに気が付いて、窓から一歩離れる。
そうすると、その紺色の瞳に、ガラスに映った女性の姿が映った。
艶やかで長い黒髪に、豪奢な貴族の女性服を身にまとった女性。胸が大きいのは、少しコンプレックスだ。踊りをするのに、大きな胸は邪魔になってしまう。
とはいえ、踊りをすることを想定すること自体が、きっと間違いなのだろう。
彼女に求められていることは、強く美しく、賢くあること。
そしてきっと、――でしゃばらず、つつましやかであることを、求められている。
そして、目立たない存在であるためには、この黒い髪は何よりも邪魔なものだった。
故国で忌避されていた黒い髪。
彼女の髪を見るだけで、周りの者は嫌悪を示し、ピリピリとした空気が流れる。
このエタノール王国に来てからは、あまりそのような空気を感じなくなった気がするけれども、それは彼が守ってくれているからなのかもしれない。
だって、エタノール王国もやはり、王宮内に黒い髪の者は少ない。下町で多く見かけるそれは、故国ほど避けられてはいないが、やはり厭う対象なのだ。
(エタノール王国の北のほうに、黒髪が多い民族が居ると聞いたけれど、本当かしら)
いつか、その民族の人達に会うことができるだろうか。
そんなふうに北に気持ちをはせながら、しかし無理だろうと首を振る。
彼は――彼女の夫は、優しい。
けれども、それだけなのだ。
彼女のような問題のある妻を迎えてしまった、可哀想な人。
そして、もうすぐそれも終わる。
そうしたら、きっと彼女は故国に戻ることになるのだろう。
この国の北に居るという民族から、遠く離れてしまう。
(故国に戻ったら、国を出よう。一人で生きていこう)
幸いにも、一人で生きていく術はある。
それは、彼女を捨てた母が置いていったものだ。
そして、兄が育ててくれたもの。
(……)
そうして国の外に意識を向けると、不思議なことに、彼のことが思い浮かぶ。
あの子の碧い瞳が、脳裏に蘇る。
(……せめてあの子と、血が繋がっていたら)
そう思った後、彼女は首を振る。
血の繋がった父とだって、うまくやれなかった。
元より、彼女には無理だったのだ。
夫と義理の息子と、家族になるなんてことは――。







