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42 リーディアの誓い



「リーディア!?」


 わたしが遠目にリーディアを見ていると、叫んだ彼女の小さな体から、白い光が迸った。

 そしてその輝きは集約し、リカルドに向かっていく。


 光を浴びたのはリカルドの馬。

 みるみるうちにその馬の足は速くなり、あっという間にタシオの馬を追い抜き、遂にはゴールしてしまったではないか!


「パパァー!!」


 わんわん泣き叫んでいるリーディアに、周りの観客達は唖然としている。

 騒めく会場の中、困ったように首を傾げた父マーカスは、何かを諦めたように息を吐くと、リーディアを抱えたまま、観客席を抜け、リカルドの元へと走っていった。


「わたしも!」

「マ、マリアさん!?」

「おばあ様、これ持っててください!」

「ええ!?」


 わたしは豪奢な被り物をルシアおばあ様に預けると、リカルドのところへ駆けていく。


(何々、なんなの! どうして二人がここにいるの!?)


 煌めく民族衣装を翻しながら、リカルドの所へ辿り着くと、彼は馬から降りて、困ったような顔で、泣き喚くリーディアを抱き上げていた。


「リカルド! これは……!」

「うん。リーディアが、治癒魔法を発動させてしまったみたいだ」


 気まずそうなリカルドに、わたしも困惑する。


 リカルドとタシオ、二人の真剣勝負に、リーディアという外野が介入してしまった。当然ながら、勝負は無効だろう。ということは、もしかして、再戦なのだろうか。


 周りを見渡すと、観客席もざわついていて、草原の民と思しき観客達からは「子どもが勝負を台無しにしたらしい」「再戦だな」「いつやるんだ? こういうときの対処に詳しい奴はいるか」と、仕切り直しの声が上がりつつある。


 やっぱり、もう一度やるの? あれを?


 目を見合わせるわたしとリカルドに、リーディアから不満の声が上がった。


「パパ! パパが、ママのこと、守って、ればーが、リーに秘密で」

「リーディア」

「パパとママのばかぁー!!」


 びゃーっと泣いているリーディアは、どうやら、わたしとリカルドにたいそうご立腹らしい。

 わたしとリカルドが狼狽えていると、会場の審判席の近くから、タラバンテ語で声が上がった。


「リルニーノ!?」


 それは、草原の王であるケメスの叫びだった。

 彼は驚きの視線を、その近くに侍るわたしの父マーカス=マティーニに対して向けている。

 そして、ケメスの叫びに、会場中の草原の民が、一斉に騒つきはじめた。

 心なしか、皆、リーディアを注目しているように見える。


「一体、何が……」

「分からない」


 わたしとリカルドがこの不思議な事態に驚いていると、ケメスの隣にいる父マーカスが、リーディアの方をじっとみていることに気がついた。


 リカルドの肩でしくしく泣いていた銀色スナイパーは、わたしに肩をつつかれ、ようやくマーカスの視線に気がついたようだ。

 ハッとした様子で泣き止み、頷いた彼女は、リカルドの腕から下り、堂々たる仁王立ち――傍目にはやはり可愛いヒトデポーズ――をとる。



りるにーの(本当の子)! リーは、りるにーの、で、まま(ママの本当の子ども)!」



 煌めく紫色の瞳、艶やかな銀糸を翻らせ、手に掲げるのは木彫りの首飾り。


 リーディアの叫びに、ざわめきは一層大きくなり、会場を包み込んだ。

 驚くわたし達に、近くまで寄ってきたタシオが呟いた。


「……契りを交わしていたのか」

「えっ?」

「お前は、本当に、マリアの子なんだな」

「うん! リーは、ママの子!」


 笑顔で答えるリーディアに、タシオは「そうか……」と呟いた後、泣き笑いの顔でその場に座り込んだ。

 髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、ため息をつく彼に、わたしとリカルドは置いてけぼりである。


 仕方がないので、えっほえっほと走り寄ってきた父マーカスに、わたしは疑問をぶつけた。


「お、お父さん! これ、一体どういうことなの!?」

「いやぁ、間に合ってよかった。いや、これは間に合ったと言えるのかな?」

「お父さん!」


 わたしとリカルドは、突如現れた父マーカスから事情を聞き出した。


 レヴァルは子どものいる女性には適用されない。

 そして、わたしはリカルドの子どもを産んでいない。


 しかし、草原の民にはもう一つ、『親子(リルニーノ)の誓い』というものが存在するらしい。


「この木彫りの首飾りは、実母の名を刻み、生まれた子に与えられるんだ。しかし、連れ子が義理の母を真なる母と認める場合は、その名の書き加えをすることができる。それは、子ども本人の誇りをかけた、生涯を縛る契りだ。これを軽んじることはできない」


 そう言うと、マティーニ男爵は草原の王ケメスに向かって、草原の民の言葉で話しかけた。


「《リーディア様は、マリアの子です。親子(リルニーノ)の誓いを交わした、本当の子どもだ。彼女は何度でも、彼女の誇りにかけて、マリアを巡るレヴァルから、聖女の奇跡を使い、マリアを守るでしょう。どうか、勝負を取り下げていただけませんか》」


 ケメスは、その言葉を聞いて、わたしとリーディア、そしてリカルドを見つめた。


 その視線に不穏なものを感じたのか、リーディアはわたしを守るべくヒトデポーズで立ちはだかり、リカルドはわたしの肩を抱き寄せている。


 厳しい顔をしていた草原の王ケメスは、ふと微笑み、王国語でリーディアに話しかけた。


「そこの娘さん。君の母は、間違いなく、その女性なんだね」

「うん! リーのママは、ママだけ!」

「そうか。《……我らの誇りにかけて、本当の子(リルニーノ)の矜持は守らねばらならない》」


 ざわめく観衆の中、ケメスはタシオに話しかける。

 その顔は、どことなく嬉しそうに見えた。


「《お前の調査不足だ》」

「《分かってるよ》」

「《それで》」


 タシオは、ため息を吐いた。


 先程の勝負。

 あのまま自分が勝てたかどうか、正直分からない。

 そして、リルニーノ。

 まさか、肝心の母マリアが義娘の誓いを知らないとは思わないじゃないか!


 タシオがマーカスを見ると、マーカスはただ、にっこりと微笑んだ。


『そうして女性は物だと思っているうちは、タシオ君の世界は草原にしかないかもしれませんね』


 王国民でありながら、あの木彫りの首飾りを手に入れるまでに草原にも馴染んだ天性の人たらし。

 義孫娘の意思を尊重し、王国民である彼女をリルニーノに仕立て上げた彼の世界は、おそらくタシオよりも広い。


 タシオは、敗北を認めた。


「――俺の、負けだ!」


 両手を上げ、タシオは会場に向かって叫んだ。



「レヴァルは無効! 今日の勝負は、個人的な馬駆け! ――それで、俺の完敗だよ、この野郎!」



 笑顔でリカルドの肩を抱くタシオに、ワッと歓声が沸いた。



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