41 観客席にて ※マリア•リーディア視点
わたしは、夫リカルドとタシオのレースを、手に汗を握りながら見つめていた。
レースも四周が終わり、最初有利にことを進めていた夫は、今やタシオの後ろを走っている。
(リック。お願い、リック……!)
リカルドは、負けてもわたしを諦めないと言ってくれた。
親族と国を捨てても構わないと、わたしを守り切ると、そう言ってくれた。
(わたしには、それでもう充分)
わたしは、リカルドが負けたら、この身をタシオに捧げる覚悟を決めていた。
リカルドとリーディアと共に過ごしたい。
ずっとずっと、一緒にいたい。
けれども、草原や国を敵に回して、リカルドやリーディアを巻き添えにするなんて、きっとできない。
大切な二人を、わたしのために苦境に追いやるなんて、きっとわたしは自分のことを許せなくなる。
――とはいえ、それは所詮、負けたときの話だ。
(大丈夫。リックは、絶対に勝つんだから!)
今のわたしにできることは、夫の勝利を信じることだ。
リカルドは、必ず勝つと言ってくれた。
だから、彼は勝つ。
多少の差がなんだ、夫を信じられなくて何が妻だ。
祈るようにレースを見つめていると、わたしの視界の端に、見覚えのある銀色が写った。
パチパチと目を瞬き、よくよく見ると、観客席の中に見覚えのある銀色スナイパーがいる。
しかも、熱い目線でリカルドを見つめているではないか。
そして、銀色スナイパーを抱えているのは、恰幅のいい茶髪の男性。
「お、お父さん!? リーディア!?」
二人とも、なんでここに!?
驚くわたしの声は、しかし歓声に阻まれ、二人には届かない。
~✿~✿~✿~
会場についたリーディアは、魔法使いさんに抱きかかえられたまま、人がひしめく会場の中、観客席の方に向かって必死に進んでいた。
「魔法使いさん、早く早く!」
「いやあ、すごい人混みですねぇ」
「魔法使いさん、早く!」
急かす銀色運転士に、マーカス号は息を切らしながら人混みをかき分け、前へと進む。
アナウンスによると、今はちょうど、広大なレース会場のコースをパパと簒奪者が二週し、三周目に突入しようというところらしい。
リーディアは、なかなかレースを目視できる位置に辿り着けないことにやきもきしながら、大好きなママに想いを馳せる。
やっぱり、ママにはリーディアがいないとだめなのだ。
ママはたくさん可愛くて、少しリーディアが目を離しただけで、こうして攫われそうになっているのだから。
『ずっと一緒にいたいなぁ……』
リーディアの脳裏に浮かぶのは、そう言って泣いていた可愛いママ。
ママを攫おうとした人は、なんと、リーディアの大切なママを泣かせてしまったのだ!
(ママを泣かせるなんて、なんて悪い子なの? リーを通さずに話をするから、そうなるの。リーが聞いていたら、絶対に許さないの)
聞いていても聞いていなくてもママ攫いを許さない銀色騎士は、マーカス号に乗ったまま、なんとか観客席にたどり着く。
そうして、ようやく見えたレースのコースでは、二頭の馬が近くを競るように走っている。
「魔法使いさん! あそこ、パパなの!」
「そのようですね。ああ、次が最後の周回か」
「!? パパは? パパは勝ってるの!?」
魔法使いさんからは返事がない。後から追ってきた護衛達がリーディアの周りに安全のために空間を作る中、リーディアは必死に瞳を凝らして、馬を見つめる。
二頭の馬――後ろにいる方が、パパの馬である!
「パパ!」
仰天するリーディアに、魔法使いさんは、「草原の民の馬は速いからなあ」と呑気に呟いている。
間に合わなかっただけではない。
パパが負けてしまう。
ママが取られてしまう。
リーディアとずっと一緒にいたいと言っていたママを、また泣かせてしまう。
リーディアは、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、ただひたすらに、助けを求めて叫んだ。
「パパ、負けちゃやだぁーーーっ!!!」
そうして、白い光が会場に溢れた。