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33 無力な自分にできること ※ディエゴ視点



「お前の言うことは正しい。そうだ、このやり方は、和平とは程遠いだろうな」

「だったら!」

「だが、それでも俺はマリアが欲しい。それは、あれの人柄もそうだが、何よりあれがマーカス=マティーニの娘だからだ」

「マーカス……?」

「各部族を渡り歩き、それを取り持つ、奇妙な王国民がいる。それは聞いたことがあるだろう」

「!」


 ディエゴはハッとした。


 まだ彼が会ったことのないその人物の名は、草原の民の間に広がっているものだった。


 エタノール王国民と思しき、マーカス=マティーニ。

 『野菜大好き研究隊』の隊長を名乗る彼が、この雪原の地に、寒さに強い野菜の種をもたらし、多くを救ったことは、まだ草原の民にとって記憶に新しい出来事だ。

 そして、それだけでなく、彼は友好を、つてを、この地に必要な情報をもたらすこともある。


「奴が持つコネクション、その情報、知恵は、これからのタラバンテの――草原の、大きな力となる」

「お、叔父さん」

「そして、父親だけじゃない。マリア本人にもその資質は受け継がれているようだ。俺はマリアに惚れている。だが、あの女に惚れこんでいるのは、きっと俺だけじゃないだろうよ」


 呑気な顔をしているふわふわした茶色の髪のマリア=マティーニ。

 彼女は、「結婚なんていやだ」と言いながら、幼い頃からマーカス=マティーニについて、ありとあらゆる地を飛び回ってきた。


 貴族学園に通う兄達よりも、ずっと長い時間、マーカスの傍をついて回っていた掌中の玉。


 父マーカス本人と違い、異性からの好意に疎いのが玉に瑕だが、天性の人たらしの才は、今も変わらず健在のようだった。


「マリアが来てから、草原嫌いだったお前の女はどうなった。レイモンドは、マリアに懸想しているようだな。ルビエールを飛び出して、マリアの人となりを調べに行ったという、前辺境伯の妻ルシアはどうだ」

「……!」

「お前は、まだ何も見えていない。今のお前に、俺を説得することはできないだろうよ」


 目を見開くディエゴに、タシオは仄暗い笑みを浮かべた。


 タシオ=テオス=タラバンテ。黒髪に緋色の瞳をした、この一族の外交の要。

 草原の王の弟にして、今最も強いタラバンテ族の若い男である彼は、ただ漫然とその力を使ってレヴァルを申し立てた訳ではないのだ。そこには、欲だけでなく、打算が隠れている。正義感と自身の経験だけで動くディエゴが知らないことを、彼は知っている。


 タシオの言うとおりだった。


 ディエゴは自分の無力さに、ただ歯噛みする。

 彼の力ではきっと、この叔父を説得することはできない。



   ~✿~✿~✿~


 そして、決闘の日。


 雲一つない青い空の下、レヴァルの会場の観客席は、多くの草原の民、そしてルビエールの領民でひしめいていた。

 草原の民は久しぶりのレヴァルに沸き立ち、王国民は、この戦いがいつ我が身に降りかかるものかと、戦々恐々として会場を見守っている。


 ディエゴは、賞品席でもある中央の豪奢な観覧席に目を走らせた。

 そこには、美しく着飾ったレヴァルの主役はいたけれども、銀色の小さな伯爵令嬢は見当たらない。


「マリアさん!」

「あっ、ディエゴ君。来ていたのね」

「もちろんです。リーディアは来ていないのですか? あなたの娘は」


 緊張した面持ちのマリアにそう聞くと、彼女は首をゆるく横に振った。


「あの子にはね、今回のこと、伝えていないの」

「ど、どうしてです!? このレヴァルは、リーディアにとっても重大な」


 ちらりと会場を見るマリアに、ディエゴも会場内に目を走らせる。


 集まった大人達は、口々に今回のレヴァルについて語り合っていた。

 そして、多くの王国民は、「子がいればレヴァルは防げるらしい」「リキュール伯爵夫人にも、子がいればよかったのに……」「子どもならいるんじゃないか?」「いや、あれは義理の娘で」と口にしている。


「ここにリーディアを連れてくるのはよくないと判断したの。あの子に知らせても惑わせるだけだと」

「マリアさん」

「あの子のことを心配してくれてありがとう。リーディアの言っていたとおり、ディエゴ君は、紳士なのね」


 無理をした様子でなんとか微笑むマリアに、ディエゴは頭を下げると、その場から立ち去った。


 リーディアはなんと、レヴァルのこと自体を知らされていないらしい。


 周りを見るに、ルビエール領主一家の大人達は会場にいたけれども、エルヴィラもその場にはいなかった。

 要は、子ども達には、今回のことは伏せられているのだろう。


(それで、いいのか? 親が知らせないと決めたから、知らなくてもいい?)


 リーディアにエルヴィラ。

 あの子達は、確かに子どもだ。

 まだ六歳、今日のことを、大人になったときいつまで覚えていられるか、分かったものではない。


 だけど。


『自分で相手を見つけるの? 親が決めた相手じゃなくて?』

『そうよ。貴族学園に行ってね、恋をするのよ』


 自分の相手を、自分で決めると言い切ったエルヴィラ。

 小さくても、己の意思を貫き通すのが、エタノール王国の女性のはずだ。

 その自由な気持ちこそが、ディエゴの大切な友人達を笑顔にしている。



 ディエゴは顔を上げ、自分の愛馬の元へと急いだ。





次話、リーディア登場です。



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