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31 ディエゴとエルヴィラ ※ディエゴ視点



 見合いが終わり、ディエゴは父ケメスに呼び出された。


 バツの悪そうな顔で現れた息子に、ケメスは苦笑する。


「見合いは終わりだ。悪かったな」


 ディエゴは、え、と目を見開いた。


 自分は確かに、大人げなかった。

 五歳の娘相手に、冷たい態度をとってしまった。


 けれども、圧倒的に悪かったのは、相手の方ではないか。合う合わない以前に、親のしつけ不足である。


 だからディエゴは、相手の親が娘をしつけ直した上で、もう一度顔合わせをするのではないのかと思っていたのだ。


「……あれが許されるのですか? ルビエールでは。あのように、男に歯向かうような」

「うん? ああ、お前は初めてだったね」


 穏やかに微笑むケメスに、ディエゴは神妙に次の言葉を待つ。


「ルビエールでは、女も、大人の男に対して、真正面から物を言う。今回、エルヴィラ嬢が草原を嫌っていたことは残念だが、そうでなくとも、ルビエールの女は、自分の意見を真正面からぶつけてくる者が多いね」

「……!?」

「お前ならばこの壁を越えられるかもしれないと思ったが、甘かったようだ。この問題は、相手の協力もなければ、越えることができない。だから、今回の話はなかったことにしよう」


 ディエゴは頭を後ろ手に殴られたような衝撃を受けた。

 あれが、ルビエールの女。

 男を立てることのない物言い。物ではない女の在り方なのか。

 ディエゴは知識として、ルビエールの女性は男と同様に意思を尊重されると聞いていた。だから、そのうち色々と意見を言い出すのだろうなと覚悟していたけれども、その文化の違いが、女性の態度そのものに現れるとは思ってもみなかった。


『エリーは、ただ……』


 ディエゴは、自分が彼女の言葉を遮り、彼女の意見を聞こうとしなかったことに気が付いた。

 あのとき、確かに怒りもあった。けれども、年下の女である彼女の言うことを、そもそも真正面から聞く気があっただろうか。

 見合いが破談になったのは、大方、エルヴィラのせいだと思っていた。

 けれども、相手を理解しようとする姿勢自体が足りなかったのは、ディエゴもそうではないか。


「父上」


 族長としての天幕の中、部族の中で最も豪奢な衣装に身を包んだ黒髪の男は、その口ひげを撫でながら、ゆっくりと息子の方を見る。

 彼の息子は、真っすぐに父を見据えていた。


「もう一度、機会をください」



   ~✿~✿~✿~


 こうして、ディエゴはエルヴィラに会いに行くようになった。


 最初、エルヴィラはナタリーの陰に隠れたまま、話をしてくれなかった。

 ディエゴが話しかけても、「つーんなのよ!」とそっぽを向いて、こちらを向いてくれない。


 だから、ディエゴはナタリーに話を聞きつつ、冬の寒い時期に、エルヴィラの好きな椿の花を探してプレゼントした。甘いお菓子を携え、愛らしい小物を贈った。そして、かわいいシロクマのぬいぐるみを差し出したところで、エルヴィラの方からも、ディエゴに話しかけてくれるようになったのだ。


「エルヴィラ。君は、王都に行きたいの?」

「……」

「エルヴィラ?」

「ディエゴ、怒らない?」


 初対面での出来事が、小さな金色姫を躊躇わせていると知って、ディエゴは苦笑する。


「絶対怒らない。あのときはごめんね」

「……」

「エルヴィラ」


 そうして、エルヴィラは、ぽつりぽつりと、自分の憧れを語ってくれた。

 エタノール王国の王都で人気のお店の、洋服のカタログ。

 素敵な街並み、冬でもオシャレなブーツを履いて、赤いレンガの通りを歩く貴族達。


「キラキラしてるのよ。皆、格好良いのよ」

「そうか」

「……雪がね、いやなのよ。この草原の模様も、オシャレなお洋服には入っていないのよ。見て。このカタログも、そうでしょ?」


 彼女が見せてくれたカタログは、何度も見返したのか、端のところがくたびれていたけれども、とても美しい装丁のものだった。

 その誌面には、着飾った貴婦人達の絵や、色とりどりの王国風の洋服、小物が描かれている。


 しょんぼりと萎れるエルヴィラに、ディエゴはただ、耳を傾ける。


「エリーはいつか、王都に行く。そうして、そこで結婚して、ここには戻らないのよ」

「自分で相手を見つけるの? 親が決めた相手じゃなくて?」

「そうよ。貴族学園に行ってね、恋をするのよ。卒業後はだめだけど、それまでは婚約しなくてもいいよって、パパもママも言ってくれてるのよ」


 嬉しそうに笑うエルヴィラに、ディエゴは、ああそうかと思った。

 彼女には、生まれたときから選び取ることが許されているのだ。

 必ず親同士が取り次いだ相手と婚姻し、お互いに仲を深める努力をする草原と違う。過ごす場所も、行きつく先も決まっている草原とは、何もかもが違うのだ。

 だから、相手が男だからといって、自分を阻む者に躊躇したりしない。


(これは、上手くいかないだろうな……)


 ディエゴはようやく、ルビエール領主一族と草原の民の婚姻が上手くいかない理由が分かった気がした。

 これはあまりにも違いすぎる。

 そして、知らないことが多すぎる。


「ディエゴ?」

「……いや。エルヴィラはすごいなと思って」

「ほ、褒めても、何も出てこないのよ!」

「君の笑顔が出てくる」

「!?」

「僕はそれがとても嬉しい。ありがとう、エルヴィラ」


 ふわりと微笑むディエゴに、エルヴィラは珍しく、顔を真っ赤にして照れていた。

 そして、「ディエゴといると、むずむずするから、きらい!」とそっぽを向いた。


 それがなんだか妙におかしくて、ディエゴはくすくす笑ってしまう。


 自分達はこんなにも違う。

 けれども、ちゃんと歩み寄れば、よき友人になることができる。


「お前は早熟だなあ」

「父上」

「それが分かったなら、エルヴィラ嬢とも上手くやっていけるだろう。婚約するか?」

「いえ、それはしません。あの子は、大きくなったら王都に行くのだから」


 ディエゴの言葉に、迷いはない。


 だからこそ、ケメスはこの縁談が成就しないことを惜しんだ。

 この北の地で、ルビエールと草原の和平が結ばれてから、百年以上。

 お互いに争わないよう距離を取るだけでなく、興味を持ち、理解しようとする姿勢が生まれてきたのは、ここ数十年のことだ。


 ディエゴとエルヴィラの婚約は、その道を広げる、大きな第一歩となってくれることだろう。


 しかし、こればかりは本人達の意思を尊重したものでなければ、意味がない。


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