30 草原の王の子・ディエゴ=テオス=タラバンテ ※ディエゴ視点
「なんてことをしたんだ、タシオ叔父さん!」
ディエゴ=テオス=タラバンテは、叔父のタシオ=テオス=タラバンテに食って掛かっていた。
タシオは、ディエゴの友人であるリーディアの母を賭けて、レヴァルを申し立てたらしい。
「お前が口を出すことじゃない」
「マリアさんはエタノール王国民だ。僕達草原の民とは違う!」
「だからどうした。ルビエールは草原の掟を尊重すると誓った」
「それを盾に何をしてもいい訳じゃない!」
憤るディエゴに、タシオは目を瞬く。
ディエゴは、引くことができなかった。
叔父は本当に、自分が何をしているのか分かっているのだろうか。
まだ十歳に過ぎないディエゴは、歯を食いしばり、タシオに立ち向かった。
~✿~✿~✿~
ディエゴは、ケメス=テオス=タラバンテの二男として生を受けた。
父ケメスは最初から草原の王であった訳ではなかった。
ディエゴが幼い頃は、サンジェルミ族の勢いが強く、二番手であった彼らは、草原の民の一部族に過ぎなかったからだ。
だからディエゴは、通り一遍の、普通の草原の民として育ってきた。
女は財産。男は、力をつけねば価値のない存在。
体を鍛え、馬で駆け、知恵をつけ、いつか手に入れる女性と家を守ることができるよう、ひたすら励む。
そうして、男としての価値を上げていくのだ。
しかし、父ケメスが草原の王になったことで、ディエゴの世界が少しずつ変わった。
ルビエールから、王国の使者が現れるようになったのだ。
「君がディエゴ君か。初めまして、私はライアン=ルビエールだ」
洗練された仕草、格式ばった服装は、ディエゴの目に鮮烈に映った。
自分達の誇りである民族衣装も嫌いではないが、彼らの着ているコートや、シンプルなジャケットスタイルは、ディエゴは好感の高い服装だと感じたのだ。
そんなふうに、ルビエールの者が現れる度に、ディエゴは話をしたがった。
部族の中には、王国かぶれだと揶揄してくる者もいたけれども、ディエゴはそんな雑音を気にすることなく、ルビエールの彼らと親交を含めていった。
「ディエゴ君は、本当にルビエールを好きでいてくれているんだな」
「はい」
「もしよければ、うちの孫と遊んでみないか」
「!」
遊ぶだけならまあいいかという気持ちと、九歳の自分が五歳の女の子と遊ぶのは流石にどうなんだという気持ちで、ディエゴはその場を濁す。
しかしその申し出は、直接ディエゴにしただけでなく、父ケメスにも持ち掛けたらしい。
「ディエゴ。ルビエールから、ライアン殿の孫であるエルヴィラ=ルビエールとの婚約話が上がってきている」
「えっ、婚約!?」
「そうだ。二人の気が合えばの話だが」
ディエゴは驚いた。草原の民の寿命は短い。その分結婚は早く、十代前半での婚約や結婚は珍しくない。しかし、九歳のディエゴと五歳のエルヴィラの婚約というのは流石に時期尚早に過ぎないか。
若干引き気味のディエゴに、父ケメスは苦笑した。
「ディエゴ、お前達が婚約するにはまだ幼すぎることは理解している」
「なら」
「だがな。大きくなってからだと、上手くいかない例が多いんだよ」
ケメス曰く、草原の民とルビエール領主一族との婚姻による結びつきの強化は、今まで何度も考えられてきたそうだ。
そうして見合いをし、全て破綻してきた。
草原の民とルビエール王国民との男女感の違いが、政略結婚という制度と上手くかみ合わないのだそうだ。
「もちろん、民同士で、国境をまたいで婚姻する例はある。しかし、それを統べる我々はどうにもな」
「はあ……」
「今回は試験的な試みだ。相性が悪いと思ったなら、すぐに言ってくれ。無理に結婚して不仲な夫婦ができあがっても、友好の手綱にはならないからな」
あいまいな笑みを浮かべながら、ディエゴは面倒なことになったと思った。
五歳の女の子との相性って、一体なんなんだ?
性格の合う合わないを確かめるにも、暫く時間がかかることだろう。
憂鬱な思いで、見合いの日を迎えたディエゴは、その相手の様子にさらに驚いた。
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「エリーは、草原、いや!」
「こ、こら、エリー!」
「王都に行きたいのよ。ここはやーなのよ!」
母ナタリーに連れてこられたエルヴィラ=ルビエールは、ハニーブロンドの髪に水色の瞳のお人形のような見た目に反して、とんでもないわがまま娘であった。
挨拶もそこそこに、ディエゴをまじまじと見ながら、ぽーっと呆けたかと思うと、ぷるぷると頭を横に振って、ナタリーの陰に隠れた。
そうして、ディエゴが声をかけようとしたところで、上記の言葉である。
「君は、草原が嫌いなのか?」
「そうよ。エリーは、もっとオシャレなのがいいの!」
「草原の民は、オシャレではないと?」
「……! そ、そんなことは、言ってないのよ。エリーは、ただ……」
「言ったも同然だ。君は失礼な子だ。女性としての在り方を教育されていないのか?」
自分達の一族を馬鹿にされた怒りで、ディエゴはつい、大人げなくそう言い放ってしまった。
そもそも、ディエゴも九歳の子どもであったのだ。
誇りを傷つける言葉を受けて、それを受け流すための経験が彼には足りない。
元々、草原の民の女は、小さなころから己の在り方を教育される。
自らの価値だけでなく、男を立て、支える立場であることを教え込まれるのだ。
だから、草原において、年上の男に、こんなふうに誇りを傷つけるような言葉を直接ぶつけてくる女はいない。
そして何より、ディエゴはがっかりしたのだ。
ディエゴの周りにいたルビエールの大人達は、皆、ディエゴ達を尊重してくれる者ばかりだった。
だから、彼らとの友好を深めたいと思った。彼らの一族の娘に会うこと自体も、仕方のないことかと呑んだ。
だというのに、目の前の娘ときたら、一体なんなのだろう。
ディエゴの落胆した目に、エルヴィラは顔を真っ赤にして、叫んだ。
「きらい!」
「そう」
「ディエゴ、きらい! だいっきらい!!」
びゃーっと泣き出すエルヴィラに、そっぽを向くディエゴ。
このときエルヴィラの母ナタリーは、この二人の仲はもう終わったと思ったらしい。
こうして、二人の見合いは最悪の状態で終了した。
1月27日完結予定で投稿調整しています。







