28 レヴァルの準備
「――参った!」
「レイモンド」
「参ったよ。リカルド兄さん、ちょっと強すぎじゃないか?」
あっという間に距離の開いた二頭の馬に、後ろを走るレイモンドから苦情が飛んだ。
リカルドは馬を止め、レイモンドの近くに戻ると、朗らかに笑う。
「レイモンドが弛んでいるんだ」
「絶対そんなことないから……」
レイモンドは、馬の上で肩をすくめ、白い息を吐いた。
リカルドは今、まずは実戦が大事ということで、レイモンドを対戦相手に、馬でレヴァルのための訓練をしているのだ。
リカルドは、それはもう強かった。
妻の贔屓目ではなく、リカルドはめちゃくちゃ運動神経がよく、騎馬も最高に上手かったのだ。
「叔父上、いかがです」
「……いや、見事だよ。お前がここまでやるとは思わなかった」
「速さも申し分なし、馬との息も合ってるな。うん、さすがは私の孫だ!」
「ほら、奥さんも見惚れてるわよリカルド義兄さん」
その言葉にハッとしたわたしに、リカルドがそれは嬉しそうに目を細めた。
真っ赤になるわたしに、おじい様達はニヤニヤしている。
確かに、余りにも夫が格好良いので、我を忘れて見惚れてしまっていた。
そう、うっとりしていたことは認める。
しかし、こんなふうに周りから、生暖かい目で見られるのは困る。
あまりの恥ずかしさに、寒さに負けないくらい体温を上げてしまったわたしが、皆の目線から隠れるように後ろを向くと、レイモンドの声が上がった。
「馬の扱いだけじゃないよ。リカルド兄さんの一撃は重すぎる」
チラリと後ろを見ると、騎乗で木刀を持っていた手を振りながら、レイモンドが肩をすくめている。
確かに、先程接戦だったとき、何回か木刀での撃ち合いも行われたが、木のぶつかる重たい音と共にあっという間にレイモンドを弾き飛ばし、その隙に距離を作ってしまった。
「リカルド、どうしてそんなに強いの?」
「リキュール伯爵家は、戦場によく駆り出されるからな。男に生まれると、厳しい訓練が課されるんだ」
リキュール伯爵家は、聖女の血を引く一族で、高位治癒魔法の使い手を多く輩出してきた。戦に駆り出されることが多い彼らは、戦場で生き延びるため、子供達に厳しい戦闘教育を施してきたらしい。
「それで、叔父上。タシオには勝てそうですか」
「……」
「叔父上」
「……正直、分からない」
渋い顔をするライアン辺境伯に、リカルドよりも周りの者が唖然とする。
今のリカルドの走りは、出会ったばかりの馬に乗ってのものとは思えないほどの見事なものだった。しかしそれでも、タシオに勝てるかどうか分からないというのか。
「そこまでですか」
「うん。タシオ=テオス=タラバンテ。あれは今、草原の男として一番脂が乗っている。タラバンテ一族の中でも有数の騎手だ」
「ライアンお義父様。そんな相手と馬駆け勝負なんて、不公平なのでは?」
ナタリーの意見に、ライアン辺境伯は首を横に振る。
「今のリカルドの走りを見れば、拮抗した勝負になることは誰しもの目にも明らかだ。念のため、数日後にケメス殿もこちらに様子を見にこられるが……勝負の内容は変わらないだろうな」
リカルドは、手綱を握る手に力を入れた。
~✿~✿~✿~
「十二月までここにいるの!?」
「リアちゃん!」
「エリーちゃん、やったのー!」
手を繋いできゃあきゃあ喜んでいる金銀の美少女六歳児二人。
わたしは、その強烈な癒し力に、その場にひれ伏すかと思った。
元々私達は、十一月末にはリキュール伯爵領に戻る予定だった。後数日後に帰領を控えたところで、レヴァルの申し立てを受けてしまった。
だから、次の転送陣の日――十二月十五日まで、帰る日を遅らせることになったのだ。
リーディアは、滞在期間が長くなったことを素直に喜んでいて、エルヴィラちゃんと共に後二週間、何をするのか綿密に計画を立て始めている。
転送陣に向かうまで、「アリスが寂しくないかな?」「お家に戻った方がいいかな?」とそわそわしていた娘はどこにいったのだろうか。
ふふっと笑いながら、サラサラの銀糸を撫でると、可愛い愛娘がくるりとこちらを向いてくれた。
「リーディア」
「なぁに? ママ」
「パパとママはね、ご用事があってここに残るの」
「お仕事?」
「うん。だから、十一月みたいに、沢山遊びに行ったりはできないのよ。ごめんね」
わたしがそう告げると、リーディアは首を傾げた後、紅葉のようなお手手で、私の頭を撫でてきた。
驚くわたしに、リーディアは可愛い眉をハの字にしている。
「リー?」
「ママ、なんだか落ち込んでるの」
「!」
「悲しいことがあったの?」
紫色の宝石が、心配そうにわたしを覗き込んでくる。
なんでもないと言おうとして、言葉が出てこなくて。
じわりと涙が滲んで、リーディアとエルヴィラちゃんが、ピャッと飛び上がってしまった。
「ママ! ママ、大丈夫!? きっとね、寒いの。あったかくするの!」
「マリアさん! ほら、シロクマちゃんのぬいぐるみよ! 抱っこするととってもあったかいのよ!」
「そうだ、あったかいミルクがいいの。ここのミルクは、ブラウンさんのであまーいの!」
「……ブラウンエール牛のミルクね。それはその、リーディアが飲みたいだけなんじゃないかしら?」
「!!」
「あ、あまくて美味しいのよ。飲んだらね、いっぱい元気になるのよ?」
「そ、そうなの。飲んだら元気いっぱいなの!」
ハニーシロップ入りのホットミルクがお気に入りの二人は、ほっぺを赤くしながら必死に言い繕っている。
わたしは思わず笑いがこぼれて、涙と一緒に気持ちが溢れてしまった。
「ふふ、ありがとう。二人とも大好き」
「! リーも! リーもママのこと、大好きなの」
「エリーも、マリアさんのこと、大好きなのよ!」
「ずっと一緒にいたいなぁ……」
「ママ?」
「ううん。……ホットミルク、お願いに行きましょうか」
空元気で微笑むわたしに、リーディアもエルヴィラちゃんも心配そうにしている。
わたしは多分ずっと泣きたかったのだ。
楽しい旅行で大好きな土地に来て、夫の親族に皆に暖かく迎えてもらって。
なのに、わたしときたら、こんなふうに皆に迷惑をかけて、リーディアにも心配させてしまっている。
リカルドがレヴァルに負けたら、わたしはどうしたらいいんだろう。
タシオに嫁ぐ?
リーディアと、リカルドを置いて?







