22 リカルドの躊躇い ※リカルド視点
ある日の昼下がり、リカルドは叔父のライアン辺境伯と話をしていた。
領主としての在り方や悩み、家族のことなど、話のネタは尽きない。
特に、妻マリアのことになると、今まで自分がどうやって恋愛をしてきたのか分からなくなってしまう。あれだけ女性に好かれてきたというのに、彼女の心が他に行くのではないかと、不安になるときがあるのだ。
「リカルド、お前もしかして、初恋なのか?」
恨めし気に見るリカルドに、ライアン辺境伯はからからと笑う。
「いや、うん。そうかそうか。それはよかった」
「叔父上」
「あーでもそうだよな。その顔じゃ、自分からアプローチすること自体が殆どなかったろう」
叔父の予想は当たっていた。
リカルドは、今まで女性に自分からアプローチしたことがなかった。
前妻カーラのときも、外堀が埋められた中でのことだったため、マリアへのプロポーズが、初めての自分からの女性へのアプローチだったのだ。
もちろん、エスコートや女性へのアプローチの方法は一通り学んできている。
しかし、そういうことではなく、実のところリカルドは、マリアが何故自分を好きでいてくれているのかいまだに聞けずにいるのだ。
女に困ることのなさそうな甥の頼りない姿に、叔父ライアンは根気よく付き合ってくれた。
親族の少ないリカルドにとって、領主としての壁を作ることなくこうした内容を相談できる相手は希少だ。だから、ここに来てからというもの、この叔父の好意にありがたく甘えることにしていた。
そこにやってきたのが、従弟のレイモンドである。
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「リカルド兄さん」
「レイモンド、どうした?」
思い詰めた様子のレイモンドに、リカルドは優しく声をかける。
二人で話をしたいと言うものだから、叔父ライアンは気を利かせて退室済みだ。
しばらく待っていると、覚悟を決めたように顔を上げたレイモンドは、驚くべき内容を口にした。
「マリアさんに、想いを伝えようと思う」
リカルドは自分の耳を疑ったけれども、どうやらこの従弟は本気らしい。
「人の妻に何を言う気だ」
「リカルド兄さん」
「お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「分かってるさ。だからまずここに来たんだ」
「分かっていたら、そもそもそんなことは言わないはずだ」
「マリアさんは初婚だろう。リカルド兄さんとは違う」
「レイモンド!」
「リーディア嬢を枷にしていないと言えるか」
ギクリと背筋を凍らせたリカルドを見逃すほど、レイモンドは甘くない。
それは、リカルドがずっと思っていたことだ。
マリアはマティーニ男爵領で出会ったとき、リカルドに惚れている様子はなかった。リカルドの容姿に執着している訳ではないのだ。
そして、彼女はリーディアと仲睦まじくなった。
恋愛経験の薄かったであろう彼女にプロポーズをした。
畳み掛けるようにして彼女を手に入れたけれども、マリアにとっては、リーディアさえいれば、相手は自分でなくともよかったのではないだろうか。
「リカルド兄さん。私は、マリアさんを愛している」
「レイモンド」
「愛している。愛しているんだ。彼女に、どうしようもなく私は……」
苦悩するレイモンドに、リカルドは言葉が出てこない。
「だから、リカルド兄さん。私は彼女を愛する一人の男として、兄さんが彼女の優しさにつけ込んでいるのではないことを確かめたい」
「……! そ、そんなことは」
本当に、そんなことはないのだろうか。
リカルドは、自分に自信が持てなかった。
マリアを愛する気持ちが大きくなればなるほど、不安は足元に沼のように広がっていく。
「二人きりで告げるつもりはない。愛されている自信があるなら、止める必要はないはずだ」
「レイモンド!」
去っていくレイモンドは、リカルドを振り向くことはなかった。
リカルドは暫くその場から動くことができなかった。
マリアを愛している。その気持ちに嘘偽りはない。
けれども、リカルドと共にあることは、マリアにとって幸せなことなのだろうか。
『リック』
ふと、彼女が二人きりのときにだけ使う愛称が、耳に蘇った。
本当の家族になって、まだたった数ヶ月。
けれども、その短い間に、二人だけで積み上げてきたものだってあるのだ。
『パパはママに、ずっとこの家に居てほしくないの? ママのこと、好きじゃないの?』
いつしかの愛娘の言葉が、脳裏に甦る。
(居てほしい。誰よりも、私がそう思っている。リーディアの――私の、傍にいてほしいと)
『やりたいことを支えてくれるから……安心、できるの……』
そうだ。
リカルドの妻はそう言っていた。
けれども、彼女は何よりも、リカルドとリーディアのやりたいことを支えてくれる人だった。
リカルドのやりたいことは、彼女の一番近くで、彼女の笑顔を見ることだ。
彼女はそれを喜んでくれていた。
そして、彼女はリカルドに嘘をつくような人ではない。
リカルドは、足早に部屋を出て、妻の元へと急いだ。







