21 募る想い ※レイモンド視点
「マリアさんは、草原の民のことをどう思いますか。この、国境にあるルビエール辺境伯領を」
子ども達や弟の妻ナタリーがいる中、深刻な顔をしてこんな質問をしてしまったレイモンドに、彼女はぱちくりと目を瞬いた後、華やぐような笑みを返してくれた。
「大好きですよ。沢山の文化が入り混じる、素敵な場所です」
その心からの賛辞を聞いて、おそらくレイモンドは、縋るような顔を向けてしまったのだろう。
彼女はうーんと首を傾げると、ぽつぽつと語ってくれた。
「ええと。わたし実は、十四歳くらいのころ、父に連れられて、草原の民のところに滞在したこともあるんですよ」
「ええ!?」
驚くレイモンド達に、マリアはくすくす笑っている。
そんな体験をしたことのある貴族は、ルビエールの領主一族を除けば、彼女とその父くらいのものではないだろうか。
聞けば彼女は当時、いくつかの部族を回ったのだという。
その中に、現・草原の王の部族であるタラバンテ族もいたのだとか。
「草原の民の中では、女性は物です。それはご存じですか?」
「は、はい。正直、忌むべき風習だと」
「果たして本当にそうでしょうか?」
いたずらをするように、目を輝かせながらこちらを見る彼女を、なんだか眩しくて直視することができない。
「大昔、この地で飢饉がありました。人は飢え、夫を失った妻は、子を養うために身を売り、病に倒れることも多かったと聞いています」
「そう、ですか」
「一方で、草原では、夫を失った妻達は、すぐに余裕のある家の男に娶られました。女は物で――守るべき大切な財産、だからです」
ハッと顔を上げるレイモンドに、マリアは頷く。
「曾祖母がこのルビエールから草原の民に嫁いだという、部族のおばあ様が教えてくれました。過酷な環境下でどうにもならないところを救ってくれたのは、草原の民だったと」
自由は素晴らしい。
意思ある個人として認められることは、誇らしい。
しかし、誰かの庇護下にないということは、己のことは己が守る責任が伴うということだ。
そして、一般的に力が弱く、今よりも男尊女卑が強かった当時のエタノール王国で、一個人として子どもを抱えた女性が飢饉の中生き延びるのは、難しいことであった。
「一方でね。ほら、レイモンド様。リーディアの今日の服、とても上品で可愛いでしょう?」
「はい。それはもう」
「ふふふー。レイお兄ちゃん、ありがとうなの!」
「どういたしまして」
ソファに座るマリアの膝にまとわりつきながら話を聞いているリーディアは、レイモンドの言葉に花のような笑顔を浮かべる。
その服は、赤色の可愛らしいもので、女性の服に詳しくないレイモンドでも、目新しく可愛いと感じる意匠のものであった。
「この服はリキュール伯爵領で活躍中の新進気鋭のデザイナー、ローズリンシャさんの作ったものです」
「ローズリンシャ、さん?」
「そうよ、エルヴィラちゃん。彼女の本名はリンジー=テオス=タラバンテ。草原の出身なの」
「!?」
パカッと口を開けたエルヴィラに、レイモンドも目を見開く。
「デザイナーになりたかった彼女には、草原の風習は馴染まなかったみたいですね。女性の意思を認めるルビエールのあり方が、彼女を草原からエタノール王国に飛び立たせました。今、とても人気のデザイナーなんですよ」
エルヴィラは頬を赤く染め、興奮しながら、リーディアの服をまじまじと見ている。
銀色モデル娘は、急に注目を集めたことで、鼻高々に小さな胸を張り、ばぁーん!とモデルらしい仁王立ち――傍目にはふくふくお手手の可愛いヒトデポーズ――を始めた。
彼女の服は、どう見ても洗練されたエタノール王国風の意匠のものだ。
しかし、よく見てみると、赤い布地に全く同じ色の刺繍糸で総柄の刺繍が施されており、それが服の上品な可愛らしさを際立たせている。
そして、エタノール王国では、総柄の刺繍はあまり見ない。
「この総柄の刺繍は……もしかして」
「はい。草原の民族衣装は皆、鮮やかな総柄の刺繍が施されていますよね」
デザイナー・ローズリンシャは、生まれ育った場所の文化をヒントに、この服を作ったのだ。
刺繍といえば部分刺繍であったエタノール王国の女性に受け入れやすいよう、布地と似た色味の糸を使い、目新しさと取り入れやすさを両立させている。
「どちらが優れているとか、そういうことではないんです」
「マリアさん」
「ただ、ルビエールの地は、こんなにも人と文化が入り乱れる中、平和を維持してきました。そして今でもこうして、わたし達に沢山の気づきと実りを与えてくれます」
マリアは微笑むと、改めてレイモンドに告げた。
「レイモンド様。わたしはこの地が大好きですよ」
レイモンドは、ただ、手を握りしめた。
胸が一杯で、言葉が出てこない。
そんな彼にマリアは何も言わず、何事もなかったかのようにリーディアやエルヴィラ達に構い出した。
「マリアさん! エリーにも、ローズリンシャさん、紹介してほしいのよ!」と言うエルヴィラに、「うーん。ローズリンシャさんは、ここに戻ると草原に連れ戻されちゃうって言うのよね……」「!?」「ああ、でも、多分とても気が合うと思うのよね。草原の人達には内緒にできるなら、ローズリンシャさんもきっと」「秘密にする! エリーは絶対、秘密にするのよ!」と、秘密の取引を交わしている。
そうしている間も、レイモンドは彼女の姿から目を離せない。
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しかし、熱い目線を送る彼を、厳しい目で見る者がいた。
「レイモンド様、いけませんよ」
「……ナタリー」
「彼女は、リカルド様の妻です」
廊下で二人になった際、弟の妻ナタリーは苦言を呈してきた。
彼女はレイモンドの気持ちを分かった上で、防波堤として立ち向かってくれている。
「マリアさんは、リーディアちゃんの母でもあります。あの家族を壊してはいけません」
「分かっている」
「レイモンド様」
「分かっている……頭では、分かっているんだ」
手で目を覆うレイモンドに、ナタリーは何も言わなかった。
レイモンドも分かっている。
彼女は、レイモンドの手には落ちてこない。
落としてはならない。
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しかし、彼女の前にタシオが現れたとき、レイモンドの我慢の糸が切れてしまった。
彼女とタシオの仲睦まじい様に、激しく嫉妬した。
そして、彼女がリカルドを好きな理由を聞いて、もしかして、と思ってしまったのだ。
マリアを認めて、やりたいことを支える?
そんなこと、いくらだってする。
レイモンドは、既にこんなにも、マリアのことを認め、尊敬しているのだから。
タシオは、マリアに面と向かってプロポーズしたのだという。
自分はどうだろう。
リカルドは? プロポーズはしたのだろうか。彼女を大切にしているか?
レイモンドは、覚悟を決め、そして立ち上がった。







