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19 再会と嫉妬



「――マリア?」


 聞き覚えのある声に、わたしは扉の方をパッと振り向く。


 そこには、黒髪に緋色の瞳をした、二十代半ばの精悍な男が立っていた。

 わたしより頭一つ分背の高い、赤い刺繍が華やかな民族衣装に身を包んだ、毛皮を背負った彼は、もしかして――。


「タシオ?」

「マリア! マリアじゃないか、どうしたんだこんなところで!」

「わあっ!?」


 駆け寄ってきたタシオにいきなり抱きしめられて、わたしは毛を逆立てた猫のように肩を跳ねさせる。


「久しぶりじゃないか、もうここには来ないのかと思ったぞ!」

「別にそんなことはないわよ。たまたま、来る機会がなくて……あの、ちょっと離してちょうだい」

「来る機会なんていつでも作ればいいだろうに。つれない女だよ、お前は」


「――失礼。マリアに何か?」


 タシオがようやくわたしを離したところで、リカルドがキラキラの笑顔でわたし達の間に割って入った。

 わたしがホッとしてリカルドの腕の陰に隠れると、タシオはムッとした様子でわたしとリカルドを見る。


「マリア、このキラキラした御仁は?」

「タシオ、もう、言い方! 彼はわたしの夫のリカルドよ」

「夫!? お前、結婚してるのか!?」

「そうよ。ほら、結婚指輪だってしてるでしょう?」

「結婚しないと言っていたくせに!」

「あ、あれは昔のことでしょう!?」


 リカルドの腕にしがみついたまま、真っ赤に顔を染めるわたしに、タシオはショックを受けた顔をしているし、レイモンドは何故か青ざめていて、夫リカルドはなんだかいつにも増してキラキラした笑顔を浮かべている。


 ……な、なんで笑顔?


「伯父上、こちらの方を紹介していただいても?」

「あ、ああ。リカルド、こちらは、その」

「タシオ=テオス=タラバンテ。今の草原の王の弟に当たる。マリアとは旧知の仲だ。なあ?」

「もう、誤解を招く言い方はやめて」

「誤解じゃないだろう? プロポーズした仲なのに」

「プロポーズ!?」


 何故かレイモンド卿が驚きの声を上げ、リカルドは笑顔のまま固まり、ルシアおばあ様は心配そうにしており、辺境伯夫人やナタリーさんはただただ驚いている。


 こんなところで、なんてことを言うのだ、この男は!


「あれはわたしが十四歳のときのことでしょう!?」

「今もう一回しようか?」

「だから、もう結婚してるの!」

「大体、この男の何がいいんだ! 顔か? 顔なのか!?」

「も、もう! やめてよ、こんなところで……」


 ハッと我に返ると、その場の全員がわたしの言葉を待っていた。


 えっ、何?

 これ、わたしが理由を言わないと、収束しない感じ?


「……リ、リカルドは……わたしのことを、認めてくれて、やりたいことを支えてくれるから……安心、できるの……」


 ぼぼぼぼ、とさらに体温を上げたわたしは、その空気に耐えられなくなり、リカルドの背中に抱きついて外界を拒絶した。


 ルシアおばあ様やナタリーさんが、目尻を下げながら「流石は新婚ねぇ……」「火傷しそうですわね」とこそこそ話をしているのが、また辛い。


 もう、なんなの!?

 誰か、わたしを穴に埋めて隠して欲しい。


「そんなこと、俺だって――そうだ、子どもはいるのか? まだなら」

「そこまでだ」


 ここで、今まで口を閉ざしていたリカルドが間に入ってきた。

 わたしが顔を見上げたけれども、リカルドはこちらを見てはくれない。ただ、笑顔を貼り付けたまま、タシオを見据えている。


「伯父上もタシオ殿も疲れているだろう。こんな場所に長居は無用だ、部屋に案内してもらうといい」

「俺は構わないさ。あんたは部屋に戻るといい、マリア――」

「私の妻だ」


 とうとう笑顔を収め、絶対零度の視線を向ける銀色の麗人に、タシオはぐっと息を呑む。


 タシオの気持ちも分かる。

 端正な顔立ちに、銀髪に紫色の瞳という冷たい色をもつ彼が怒ると、室温が下がったような錯覚さえ起こる。


 そう、リカルドは怒っている。

 彼がこんなにも怒ったのは、彼の前妻カーラが愛娘リーディアを攫いに来たときくらいのものだ。


 わたしが青ざめていると、リカルドはわたしの方を見ることなく、ライアン辺境伯を見た。


「私達夫婦は部屋に戻る。いいですね、伯父上」

「あ、ああ。リカルド、悪かったな」

「いいえ。さあ行こう、マリア」

「! え、ええ……」


 皆からの視線が刺さる中、わたしはリカルドに手を引かれ、その場を立ち去った。


 リーディアとエルヴィラちゃんがいなくてよかった。こんな謎の修羅場を子ども達に見せる訳にはいかない。


「リカルド、待って」


 声をかけたけれども、リカルドは無言のまま、こちらを向いてもくれないし、話を聞いてくれない。

 彼の珍しい振る舞いに不安を感じながら、わたしはリカルドに手を引かれるままに、若干早足気味に廊下を進む。


 そうして、わたし達家族にあてがわれた客用の居間に辿りつくと、リカルドは人払いをした上で室内に入り、扉を閉めた。


「リカルド、どうしたの? さっきから――」


 わたしはそのまま、言葉を失ってしまった。


 リカルドが無言のまま、わたしを抱きしめてきたからだ。


「あの……」

「マリアは、ああいう男が好きなのか」

「え?」

「砕けた態度の方がいいのか? それとも、若い方が……」

「リ、リカルド?」

「私の妻だ」


 リカルドはそういうと、腕の力を緩めて、吐息が触れそうな距離でわたしを見つめた。


「君をこの世で一番愛しているのは、私だ」


 焼けつくような嫉妬に、紫色の宝石が揺れている。

 この国で一番女性に人気があると噂される銀色の麗人が、全力でわたしを口説きにかかっている。


 あまりにも苛烈なその色香に、わたしはただただ体温を上げるばかりで、息をするのも忘れてしまう。


「マリア」

「あ、う……その」

「マリア、こちらを見て」

「そんなの、無理……っ」

「何故?」


 耳元で乞うように囁くハスキーボイスに、わたしは涙目で思わず夫を睨みつける。


「リックの意地悪」


 わたしはリカルドが好きだ。

 この世で彼を一番に愛しているのは間違いなく、リーディアに並んで、わたしである。

 そんなわたしが、こんなふうに彼に責め立てられて、勝てる訳がないではないか。


 そう抗議するために必死に睨みつけたというのに、リカルドは私の言葉に目を見開き、心から嬉しそうに微笑んだ。


 そこからなんと、リカルドは新婚夫婦の蜜月モードに入ってしまった。

 わたしを離してくれないばかりか、止まらないキスや愛の言葉に、わたしは何度も冷静になるよう促したけれども、何故か止めれば止める程、彼の気持ちは高まってしまうらしい。


 結局わたしはその日、夫の愛に窒息寸前まで溺れたのである。



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