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17 募る想い ※リキュール伯爵視点 ★



 天気は快晴、雲一つなく晴れ渡っている。


 しかし、私は空も、窓の外の景色も見ることなく、馬車に揺られる中、隣に座る彼女を見ていた。


 今日の彼女は、あまりにも美しいのだ。


 普段から、私の妻……そう、妻であるマリアは、とても可愛いらしい女性だ。本人は自覚していないようだが、愛らしさが目立つ優しげな顔立ちをしていて、パッと見たときよりも、近くにいるときにより美しさを感じるような、コスモスや白百合のような静かな魅力のある人なのである。


 そう思っていたのだが、私は甘かった。


 結婚式の時もだが、今日、私のために(私のために!)身支度をした彼女は本当に、目を見張るほど美しかったのだ。


 正直、廊下にポロリと彼女が現れた時には、目を疑った。


 彼女の美しさが、化粧を施されたことにより、はっきりとその存在感を露わにしている。

 リーディアが「ママはお日さまみたいだから、お日さまの色がいい!」と言って決めたというクリーム色の街行きドレスのスカートが、フワフワと軽やかに揺れ、彼女の明るい魅力を引き出している。

 それだけでもこちらの心臓はねじ上げられんばかりだというのに、リーディアによると、なんと彼女のフワフワのミルクティー色の髪を彩る紫色のリボンは、「リーディアと伯爵様の色も入れたいの……」というマリアの希望により決まったものらしい。

 なんだ、彼女はこれ以上、リキュール一族を虜にしてどうするつもりなのだ。リキュール一族はみな、既に君の掌の上だ。


 そんなこんなで、現在の私はマリアに首ったけであった。


 正直、私は自分がこんなにも彼女に夢中になってしまうとは、契約結婚が決まった時ですら、想像もしていなかった。

 契約結婚が決まった時――マリアが私との結婚に頷いてくれて領地に来てくれることになったとき、私は不謹慎に喜ぶ自分の気持ちを抑えるので必死だったのだ。

 彼女との時間が続くと思うと心が浮き足だってしまい、そんな邪な気持ちを抱く自分が許せなくて、何よりマリアに申し訳なくて、私は彼女の前でなんでもないフリをするだけで精一杯だった。


 ただ、彼女の父であるマティーニ男爵には、私のやましい気持ちはすっかりバレていたらしい。

 彼は私とマリアの結婚式の日、マリアの美しさに狼狽える私に、いつもどおりの笑顔で、「ほら、あなたの妻ですよ」と言いながら、花嫁姿のマリアの背を押して私の方に差し出してきたのだ。

 顔を真っ赤にした私の前で、マリアは「お父さんたら、何を言ってるのよ、もう」と不思議そうにしていた。そして、そんな私達を見て、マティーニ男爵はニコニコ笑うだけだったし、ようやく対面できるようになったマリアの母であるマティーニ男爵夫人も、訳知り顔で柔らかく微笑むだけだった。なんというか、本当に私は、マティーニ男爵夫妻には全てを見透かされてしまっているらしい。


 それでも、最後の抵抗とばかりに、一般的に初夜と言われる日、私は寝室でマリアに対して、「私が君を愛することはない」と伝えたのだ。

 それは、契約結婚とはいえ、一年間も赤の他人の男と扉二枚越しの寝室で過ごす彼女への配慮でもあったし、彼女と共に過ごすことを喜ぶ不埒な自分への戒めでもあった。

 そして、襲ったりしないから安心しろと言う彼女に、安堵を覚えると同時に、心から残念に思う自分に驚いた。自分の中に、夜に女性に近づきたいという気持ちが生まれたことが本当に衝撃的だった。


 そして結局、私の抵抗は無駄に終わり、それから毎日、どんどん彼女のことを好きになっていってしまった。

 さらには、トドメの一撃とばかりに、リーディアに私のマリアへの気持ちがバレてしまったのである。


 最初は本当にどうしたものかと思ったが、自分の気持ちを隠すのをやめたことで、彼女との時間を手に入れることができた。本当に嬉しくて、我ながらこんなにも心を躍らせたのはいつぶりのことかと驚くくらいだ。しかも、彼女はこんなにもお洒落をしてくれて、もうそれだけで私は充分で――いや、満足している場合ではない。その先を頑張らなければ――。


 そんなふうに気持ちを固めていたところで、マリアから「あ、あの!」と声が上がった。


「うん? どうしたマリア」

「そ、そんなに見ても、何も出てきません……」


 どうやら、私が思考にふけりながらも熱心に彼女を見つめすぎたせいで、彼女を困惑させてしまったようだ。

 すまないと謝ろうと思ったところで、思考が止まる。

 恥じらいながらこちらを流し目でチラリと見ている可愛い人に、理性にヒビを入れられてしまったのだ。


「……君を見ていると、自然と愛しい気持ちが湧いて出てくるんだ」

「!?」

「こんなに可愛らしい君を見つめているのが私だけだと思うと、とても嬉しくて、目が離せない」

「え、あの、え?」

「今日は一緒に来てくれてありがとう、マリア」

「……!! !? ……!?」


 心に湧いてくる気持ちを隠さないまま、マリアに感謝の気持ちを伝える。

 彼女は頰を染めて動揺していて、またそれが愛しくて仕方がない。

 思わず笑みをこぼすと、目を潤ませたマリアが、不満一杯の顔でこちらを見た。


「伯爵様は、なんで、あの……」

「……うん。詳しくは、もう少し落ち着ける場所で話したいと思うんだ。いいだろうか」

「……はい」

「今はただ、楽しんでくれると嬉しい」

「…………はい」


 いつも元気一杯の彼女が、静かに頷いて、そのまま目線を下げた。

 可哀想に思い、いつもの笑顔を見たいと思う反面、私を意識して緊張してくれていると思うと、堪え難い喜びが胸に広がる。

 願わくば、これからもずっと、彼女の色々な表情を近くで見ていたい。


 私は、自分の思いがけない欲深さに苦笑しながらも、今日これからの楽しい時間に、胸を躍らせるのだった。



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