3 スーパーボーナスタイム(終)
そこは、リーディアの求めた楽園だった。
「にゃー」
「み、みう……」
ゾーゲンの家の中、彼女達はいま、ソファに座ったまま、猫を膝に載せている。
そして、彼女の体には、四匹の子猫がみうみう鳴きながら張り付いている。
そう、ゾーゲンの家には、子猫を生んだばかりの飼い猫がいたのである。
「ママ! ママ!」
「そうね、可愛いわね」
「ママ!!」
「とっても可愛いわね」
日々一緒に培った語彙力を失ったリーディアは、頬を桃色に染めながら、キラキラ光る紫色の瞳で子猫達を見つめていた。
身動きが取れないのはウサギ小屋のときと一緒なのだが、これは問題ないらしい。
ついでに、リーディアの周りには、小屋から一匹だけ出したウサギもいて、ソファの上で、彼女の横にぴったり寄り添って丸まっている。
そして、彼女の手には、最初に彼女を脅かした乳牛の、搾りたてミルクの入ったマグカップが握られている。
そう。これは、リーディアが動物を嫌いにならないための、接待タイムなのである。
「ミルク、美味しいの……ウサギさん、可愛いの……ね、ネコちゃん……ネコちゃんが……っ!」
「リーディア、よかったわね」
「よかったの……よかったの……」
恍惚とする銀色娘は、まだ語彙力を喪失したままのようだ。
感動に震え悶えるリーディアに、ようやく胸を撫で下ろしたわたしは、彼女と同じように、搾りたてミルクをこくりと飲む。
濃厚な乳脂肪、まろやかなコク、いくらでも飲めそうな軽やかさと同居した贅沢な味わいが、喉を通り過ぎていく。
搾りたてミルクをしっかりと堪能し、ふぅと息を吐くと、自然と口から感想がこぼれ落ちた。
「美味しい……」
「ありがとうございます、奥様。奥様の口に合うなら、うちのミルクは今年、大売れするに違いねぇです」
「ええ? そんな、大袈裟だわ」
「何をおっしゃいますか、奥様のグルメっぷりは領内でも……ゲッホゲホゲホ、いえなんのことだったかな」
「え?」
「いえ、なんでも! なんでもございませんよ、奥様!」
何故かゾーゲンは、わたしの背後を見て青い顔をしている。
不思議に思って後ろを振り向くと、いつもどおりの優しい笑顔のリカルドしかいない。
……?
わたしが首を傾げていると、ゾーゲンが慌てて話をリーディアに向けた。
「そ、それにしても驚いたなぁ。うちの子猫は生まれたばかりで、うちのカミさん以外にはなかなか触らせてくれないんですよ」
「そうなの?」
水を向けられたリーディアが、自分に張り付いている子猫達を見ると、子猫達は嬉しそうに、みぃみぃ合唱を始める。
それを見たリーディアが笑って、喜ぶリーディアに子猫達がさらに喜ぶという、可愛い要素しかない幸せ笑顔空間が形成されている。
その眩しい光景に、わたしの目も心も釘付けである。
いいんじゃない?
猫とか……子猫とか……飼ってみても、いいんじゃない!?
「そうですとも。うちの猫達が、こんなに懐くなんて、中々見ねぇです」
「リーとネコちゃん達は、いっぱい仲良しなの!」
「流石はリーディア様ですね」
「そうなの。リーはすごいの!」
動物マスターリーディアは、真っすぐな賛辞に大喜びだ。
喜びのまま、マスターは思わず胸をそらそうする。
しかし、彼女のおなかをよじ登ろうとしていた子猫が不満げに鳴いて、慌てて子猫の背中を支えるリーディアに、一同は朗らかに笑うのだった。
****
こうして、家族三人の牧場視察は、途中色々あったものの、円満に終わりを迎えた。
動物達の勢いに怯えていたリーディアも、最後の子猫達の接待で、気持ちを持ち直したらしい。
帰りの馬車の中、ご機嫌で鼻歌を歌っているリーディアに、リカルドは尋ねた。
「リーディアは、動物を飼いたいか?」
ドキッと心臓が跳ねる。
(リーディア、今よ! 今こそ、動物を飼いたいって言うのよ……!)
期待を込めて、パッとリーディアを振り返る。
すると、リーディアは紫色の瞳をこれ以上なく見開いた後、もの言いたげに口を開けた。
しかしそのまま、彼女の口から言葉が出てくることはなく、脳裏を駆け巡る今日の出来事に思いを馳せているのか、しばらく目を彷徨わせ、そしてふと、悟りを開いたような、憑き物が落ちた顔をした。
「おうちで飼うのは、要らないの……」
六歳らしからぬ大人びた声音に、わたしはかける言葉もなかった。
問いかけたリカルドは「パパもそう思うよ……」と遠い目をしているし、リーディアも同じく遠い目をしていて、「動物さんは……しばらくいいの……」と呟いている。
どうしてこうなったのだ。
動物を飼って、素敵な情操教育……笑顔溢れる、幸せ空間のはずが……!
冷や汗をかくわたしの目の前で、銀色父娘は感情が死んだ顔をしている。
こうして、とにもかくにも、リキュール伯爵邸で動物を飼う提案は、否決されたのだった。
1巻発売記念番外編完結です。
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