2 モテるというのは何事においても大変なことらしい
そして、リカルドの言葉の意味は、その週末、すぐさま明らかになった。
「やぁあああー! ママぁー!!」
「リ、リーディア!」
わたしとリカルドとリーディアの三人は、動物を飼う話をした日の週末、首都キュリアの外れにある牧場地を訪ねていた。
この牧場では、馬と牛、豚にウサギを飼育しているというので、訪問先に選んだのだ。
今、リーディアは私のスカートにしがみつきながら、ぶるぶると震えている。
ここは、乳牛のいる牧草地だ。
この家の乳牛は放し飼い式の牛舎で飼われていて、柵の中には30頭ばかりの牛が、先ほどまで穏やかな様子でワシワシと草を食んでいた。
しかし、リーディアが牧草地移動用の簡易馬車から降りて「牛さん!」と叫んだ瞬間、全てが一変した。
ギュン!という効果音がついていたのではないかと錯覚する勢いで、全ての牛が一斉にリーディアに注目したのである。
その迫力ある光景に、リーディアは悲鳴を上げた。
ついでに、わたしも悲鳴を上げた。
そしてそれだけでは収まらず、牛とは思えない機敏な動きで、全ての牛がリーディアの下に駆け寄ってきたのだ。
リーディアから追加の悲鳴が上がった。
「ママ、ママ、ママぁああ!!」
「リーディア、落ち着いて、ええと、牛さんは、一体どうしたのかしらね?」
「牛さんやだぁあー!」
牛達は、わたしに必死にしがみつくリーディアを、一心不乱にガン見している。
30頭の牛が、銀色娘を一目見ようと、柵のぎりぎりまで寄って集まってきている。
その視線からリーディアを隠すべく、わたしが彼女ごと簡易馬車の後ろに移動すると、文句を言うかのように牛達から「ぶもー」と大音量の声が上がる。
畑や牧草地に慣れているわたしですら震え慄く中、リカルドが無言でリーディアに黒いフード付きローブをかけた。
すると見る間に、牛が解散していくではないか!
「りょ、領主様、これは一体……」
簡易馬車の御者をしていた牧場主の息子が慌てていると、牛舎の向こうから、年配の男が現れた。
彼はガハハと笑いながら、わたし達に挨拶をした。
「リカルド様! 奥様、リーディア様、ようこそおいでなさいました!」
「ゾーゲン、久しぶりだな」
彼は今回の訪問先の牧場主であるゾーゲンである。
年の頃は五十前後だろうか。ハニーブロンドの金髪に、日に焼けた肌が健康的な、笑顔の似合う無精ひげの気安い男だ。
「二年ぶりでしょうかね。色々と大変だったと、官僚の皆様からお聞きしていますよ」
「面目ない限りだ」
「領地きっての色男だ、色々ありまさぁな。ところで、今のはやっぱり、リーディア様ですかい?」
「うん」
ゾーゲンは、頷くリカルドを見た後、その後ろに目をやる。
そこには、首を傾げる牧場主ゾーゲンの息子、青い顔で戸惑うわたしに、そして、震える黒頭巾リーディア。
ゾーゲンは、ぽんと手を叩いた。
「ああ、奥様もリーディア様もご存じなかったんですね。ついでにお前も知らなかったか」
「と、父さん。これは一体」
「リカルド様がお小さくていらっしゃるときもそうだったんだよ」
笑う牧場主に、リカルドは気まずそうに紫色の瞳を揺らしている。
どうやら、ゾーゲンが若かりし頃、今は亡き両親と共にやってきたリカルドは、先ほどのリーディアと同じ目にあったらしい。
当時二十代だったゾーゲンは、若きリカルドの痴態をしっかりと記憶しているようだ。
「あんなふうに悲鳴を上げて逃げ回るリカルド様、今じゃあ考えられないですからね」
「ゾーゲン、勘弁してくれ」
「ははは。いやはや、リキュール一族の皆が受ける洗礼とはいえ、聖女の血筋は大変だ」
「え?」
驚くリカルドに、ゾーゲンも目を丸くする。
「リカルド様? まさか、ご存じないんで……?」
「……」
ゾーゲンによると、何やらリキュール一族の子どもは、普段から魔力が体からにじみ出ているらしく、その聖女の力に惹かれるように、動物たちが集まってきてしまうということだった。リカルドが洗礼を受けたのは二十年以上前のことだが、当時大人だったゾーゲンは、自分の家の家畜達がリカルドに向かっていく異様な光景とともに、リカルドの両親から聞いた話を、今でもはっきり覚えているのだという。
そして、先ほどリカルドがリーディアに被せたローブは、軍での隠密用に使われる素材のもので、魔力の放出を隠す効果があるものらしい。
ちなみに、この話を聞いている間、リカルドは物言わずに遠くの牛を見つめていた。「ここはやだ!!」と言うリーディアのため、簡易馬車で皆で移動しながら話を聞いていたのだが、隣に座る彼は、何故だかこちらを向いてくれない。
「リカルド」
「……」
「リカルドも知らなかったの?」
「……」
「この世の子どもは皆、動物に寄ってこられると思っていたの?」
「……」
「魔力を隠すローブで隠さないと、子どもは皆、魔力を放出していて、動物に追いかけられると思ってたの?」
「……」
「リカルド?」
わたしは、膝にしがみついて震えているリーディアを撫でながら、彼を待ったけれども、返事はなかった。しかし、後ろから見える耳が真っ赤に染まっている。そして、勘弁してくれと言わんばかりに、私の手を握ってくる。
わたしはひとしきりクスクス笑った後、これ以上からかうのはやめておくことにした。
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その後、豚小屋と馬小屋を見たけれども、大体が同じような状態だった。
牛舎で懲りたリーディアは、当然ながら黒いローブを着たままだったけれども、どうやら彼女が強く意識を向けた方向に、魔力が漏れ出てしまうらしい。
わたしのスカートにしがみついて、動物達から目を逸らしている間は問題ないのだけれども、リーディアが動物と戯れようと顔を向けると、大興奮の動物達がいそいそと彼女の周りを囲むのだ。
結局、リーディアは涙目で簡易馬車の中に逃げ込んでいた。
なお、馬は専属の騎手が慣らしていれば比較的統制がとれるらしいのだが、この牧場にいるのは騎手のいない若い馬ばかりだったので、牛や豚とさほど様子が変わるところはなかった。
そして、問題のウサギさんである。
「やぁああ……可愛いの……でも、だめなのおおお」
大好きなウサギさんを膝にのせて愛でるというリーディアの理想の光景は、そこにはなかった。
ウサギ小屋の中、銀色娘の足元はウサギがひしめいている。
白に茶色に灰色のもふもふの塊が、おしくらまんじゅうのようにリーディアに向かってうごめいている。
可愛い六歳の伯爵令嬢を中心に形成されていく、可愛いの塊。
そして、どんどん身動きが取れなくなるリーディア。
そんな彼女を見て、わたしと牧場主の息子が呆然としていると、リカルドが上からひょいとリーディアを抱え上げて、素早くウサギ小屋を出た。
「パパ!」
「リーディア。ウサギさん、可愛かったな」
「…………。うん……」
微妙な顔をしているリーディアに、リカルドは苦笑する。
「それじゃあ、最後にボーナスタイムだ」
「?」
リカルドがゾーゲンを見ると、ゾーゲンは意を得たりとばかりに頷いた。
この牧場で飼育している動物は、全て見て回ったはずだ。
一体、何をするつもりなのだろう。







