3 味方? それとも。
「二人ともどうしたんだ?」
子ども部屋に現れたリカルドは、目を丸くした。
今朝、乳母アリスと執事から、リーディアの初恋について報告を受けたので、リカルドは急ぎの仕事を片付けた後、子ども部屋に向かったのだ。
そうしたら、子ども部屋に入ると同時に、愛娘が「パパー!」と泣きながらしがみついてくる。愛する妻も、「リカルド……!」とすがるような目でこちらを見てくる。その背後ではおもちゃが散乱しているし、椅子も倒れている。そして可愛い妻は何故か、多目的スペースの床に座りこんでいる。
(これは一体?)
とりあえず愛娘を抱き上げたリカルドは、泣いている彼女に優しく声をかけた。
「リーディア、どうした?」
「パパ、あぅ……マ、ママの、うぅぅ……」
「リーディア、ほらゆっくり息をしようか。何か悲しいことがあったのか?」
「リーじゃ、なくて……ママの……うぇぇ」
「……そうか、悲しいことがあったんだな。じゃあしっかり泣かないといけないな」
「パパぁー!」
リカルドの言葉に、リーディアは彼の肩に顔を埋めてわんわん泣き始める。
そんな娘の髪を撫でながら、リカルドは困り顔でマリアを見た。
「……マリア、何があったんだ?」
「それが、わたしにもよく分からなくて……」
「……? そうなのか? アリス、君はどうだ?」
「は、はい。私にも分かりません。お嬢様は、奥様の初恋のお相手のことを聞いた途端に、急に沈み込まれまして」
「初恋!?」
「ア、アリスさん!」
リカルドはビクッと肩を揺らしてマリアの方を見た。
そんな彼の様子を見て、マリアは真っ赤な顔で悲鳴のように声を上げる。
「マリアの、初恋……!?」
「ま、待って。リカルド、ええと、今はその話よりね」
「パパ、あのね。マ、ママの、はつこいの、人……背の高い、男の人なの……」
「リーディア!?」
「……背の高い男……だと……!」
「リ、リカルド?」
「パパもママがはつこいだから、リーの気持ちが分かっ「ゲッホゲホゲホゲホ」
「パパァー!?」
急にむせたリカルドに、リーディアは涙を忘れて青くなった。
混沌を極めた家族トークに、乳母アリスと侍女達は強い精神力で、なんとか笑いを抑え込む。そして、修行僧のような顔で、口を引き結んだ。
「リーディア。私の初恋が……いや、何故その」
「……? パパの初恋はママよね?」
「いや、それは、その……」
「……リカルド、そうなの? カーラさんは?」
「だ、だからだな……」
「ママ、知らないの? パパのはつこいの相手はママで、パパはママのことをできあいしてるのよ」
「ゴホゴホゴホ」
「ゲホゲホゲホ」
「パパ!? ママ!?」
急に咳き込む二人に、リーディアは目を丸くした。
その傍らで、耐えかねた乳母アリスは咳き込んだふりをして笑っていた。どうやら、彼女の腹筋は過負荷に耐えられず崩壊したらしい。
「パパ、ママ。二人とも風邪なのよ。ママのが感染ったんだわ!」
「大丈夫だ、リーディア。なるほどな……」
「そうね、大丈夫。風邪じゃないと思うわ」
「で、でも、二人ともお顔が耳まで真っ赤よ!」
「いいんだ。それより、大切なことがある」
「そ、そうね。ちゃんとお話ししないとね」
「うん、そうだ。――マリアの初恋の人は誰なんだ」
「そっちなの!?」
マリアはギョッと目を剥いた。
リカルドはマリアに向けて頷くと、リカルドはリーディアを抱いたままソファに座る。
リーディアは、リカルドの膝に座ったまま、すがるようにリカルドを見た。
「パパ……」
「リーディアは、ママの初恋の人が気になるんだろう。パパもだよ」
「うん」
「これについては、ママにしっかり話を聞こう」
「うん!」
「しっかり聞くの!?」
「もちろんだ。重要案件だ。な、リーディア」
「そうなの! パパ、話が早いの……!」
リーディアは、急に現れた強い味方に、目をキラキラさせる。
マリアは、急に現れた敵勢力に、アワアワして狼狽えていた。
「それでその前に、どうしてリーディアはママの初恋の相手が気になるのか、聞いてもいいかな?」
「……ひみつなの」
「うん?」
「ひめたこいは、スパイスになるのよ。パパもママへの気持ちをひめていた分、とても盛り上がっているのよね?」
「ゲッボゴホゴホ」
「パパァー!」
咳き込むリカルドに、流れ弾で顔を真っ赤にして震えるマリア。そして、リーディアは真剣な顔で、大好きなパパを心配している。三者共に真剣に会話をした結果訪れた悲劇である。
侍女達は次々に脱落し、順番に子ども部屋を退室していった。無言で耐えるには、あまりにも過酷な職場だ。
「パパ、きっと悪い病気よ。ベッドに行かなきゃ」
「い、いいんだ、リーディア。ええと、話の続きをしよう」
「でも、パパが心配なの」
「ありがとう、リーディアは優しい子だな」
「うん! パパの子だから!」
「いい子だ。それでな、リーディア。リーディアはもしかしたら、秘めた恋のやり方を、間違ってるんじゃないかな」
「えっ」
新情報の気配に、スナイパーは真剣に耳を傾ける。
その様子に、リカルドは微笑んだ。
「秘めた恋はな、最終的には、相手に想いを伝えないといけないんだ」
「そうなの?」
「うん。でないと、相手と仲良くなれないだろう?」
「……! た、確かにそうなの!」
愕然とした顔のリーディアに、リカルドは頷く。
「それでな、リーディア。パパはリーディアの応援をしたいんだ。リーディアの初恋の人が誰か、教えてくれるかな?」
(すごい……上手いわリカルド……!)
マリアは感心していた。
そして、夫の頼り甲斐のある姿に胸を高鳴らせていた。
リーディアは、リカルドの言葉に、目を彷徨わせながら悩んでいる。
「ど、どうしようかな……」
「うん」
「パパも、応援してくれるのね?」
「もちろんだ」
「……」
リカルドの膝の上に横抱きにされていたリーディアは、リカルドの肩にポスンと顔を埋めた。
そして、頬を染めながら、チラリとマリアの方を見た。
マリアはパチクリと目を瞬く。
「……ママなの」
「え?」
「リーのはつこいは、ママなの……」
それだけ言うと、リーディアは恥ずかしそうに、再度リカルドの肩に顔を埋めてしまった。
小さな肩は震えているし、後ろから見えるお耳は真っ赤に染まっている。
マリアは、そのあまりにいじらしい姿に、胸が高鳴るを通り越して、心臓が爆発するかと思った。







