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2 愛娘リーディアの攻撃! 母マリアは息も絶え絶えだ!



 翌日の朝、リーディアは悩んでいた。


 リーディアは、大好きなママの()()()()の人を知りたい。

 しかし、恋というのは、秘密にした方が盛り上がるらしい。


(ママもきっと、誰がはつこいの相手なのか、素直には教えてくれないに違いないの……ひめたこいはスパイスなの……)


 けれども気になる。

 大好きなママの、()()()()()の相手……気になる!!

 しかし、それを知るためには、一体どうしたらいいのだろう。


 幸いなことに、考える時間はたっぷりあった。


 最近、ママがリーディアのところに来るのは、午後になることが多いのだ。

 ママによると、パパの奥さんとしてのお勤めを始めたかららしい。ただ、最近のママは、お休みの日でも朝が遅い。リーディアは不思議に思ったけれども、ママが言うなら、それもお仕事のせいなのだろう……。


 とにかく、午前中は、ママはリーディアのところには現れないのだ。現れたとしても、朝の挨拶をする程度で、すぐにお仕事に行ってしまう。

 だから、時間は十分にあるはず。


 そんなふうに余裕で一杯のリーディアだったけれども、彼女の予定は、予定外の訪問者により崩された。



 その訪問者はもちろん、大好きなママである。



「リーディア、おはよう!」

「ママー!」


 子ども部屋にやってきて、リーディアに駆け寄ってくるママに、リーディアは喜びで一杯だ。


「おはよう、ママ!」

「リーディア、いい子にしてた?」

「うん! リーはママの娘だもの!」

「ふふ、そうよね」


 そう言って微笑む母マリアは、そのまま子ども部屋の多目的スペースにある小さな椅子に座った。


「ママ、どうしたの? 今日はお仕事じゃないの?」

「うん……今日はね、リーディアに聞きたいこともあるし、午前中も一緒にいようかなって」

「!!」


 リーディアは、降って湧いた幸運に飛び上がるくらい喜んだ。母マリアが作ったウサギを抱きしめながら、隣に別の椅子を持ってきて、自分もいそいそと座る。そして、キラキラの紫色の瞳で、何かを期待するように大好きなママを見つめた。

 母マリアはあまりの眩しさに、そのまま愛娘との楽しい遊戯の時間に突入しかけたけれども、理性で必死に衝動を抑えた。マリアには、愛娘の将来のため、聞かねばならないことがあるのだ。リーディアの背後では、乳母アリスがマリアに向けて(奥様ファイトー!)と無言のエールを送っている。マリアは乳母アリスに向けて、目で(任せて!)と伝え、リーディアに向き直った。


「ママ! 今日は何をして遊ぶの?」

「リーディア、あのね。その前に聞きたいことがあって……」

「なぁに?」

「あのね。その、昨日、リーディアが、その……」

「リーが?」

「えーと、えーと、そうなの。こ、こ、こ……」

「こ?」

「……氷の王子と花の令嬢の本を読みましょうか!」

「うん! 氷の王子様はね、リーは自分で読めるようになったのよ。ママに聞かせてあげる!」

「すごいわリーディア! あのお話は、文章表現が難しいことが多いのに……ハッ」


 本の音読に突入したマリアとリーディアを、ジト目で見ている者がいる。乳母アリスだ。

 その目線を受け止められなかったマリアは、サッと目を逸らした。


 そして咳払いをすると、リーディアに話しかけた。


「リーディア、あのね」

「なぁに?」

「氷の王子様とお花の女の子はとっても仲良しよね」

「うん!」

「リーディアには、その……そんなふうに、特別仲良しになりたい子がいるの?」


 何の気なしに聞いたようなそぶりで、マリアは本命の話を振った。


 そして、唖然とした。


 なんと、みるみるうちに、リーディアの頬が林檎色に染まっていくではないか!


「……ママ」

「はい!」

「あのね。……リーには、仲良くなりたい子、いるよ?」

「そ、そう……」


 リーディアもマリアも、そのまま何故か俯いてしまう。

 何故か子ども部屋に充満したピンク色な空気に、その場にいる者達の頭の中は疑問符でいっぱいだ。



(どうしてなの……なんだかとっても恥ずかしいの……)


 リーディアはその慣れない気持ちを不思議に思った。

 ママにはいつも、大好きであることを伝えているはずなのに、いざ本人にはつこいに関することを聞かれると、妙に恥ずかしいのだ。

 聞いてほしいし、伝えたいのに、心がソワソワと騒ついてうまく言葉が出てこない。非常に困ったことだ。けれども、決して不快ではない。嬉しいような、逃げ出したいような……。

 リーディアは気がついた。


(もしかして……これが、()()()()()のスパイス……!)



 そして、そんなリーディアの様子を見たマリアは、蒼白になっていた。

 リーディアの初恋については、今朝、乳母アリスと執事から重要案件として伝えられていたが、マリアもリカルドも正直半信半疑だったのだ。なにしろ、リーディアはまだ六歳と幼い。

 しかし、ふくふくのお手手を頬に当て、照れ照れもじもじしている愛娘の姿は、まさに恋する乙女のものだった。

 乳母アリスは、真実を伝えていてくれたのだ。


(誰なの! わたしのリーディアに、こんな可愛い顔をさせている男は!)


 それぞれの思いが交錯する中、先に口を開いたのはリーディアだった。


「あのね、ママ。リーはママに聞きたいことがあります」

「!? な、何かしら……」

「ええとね。ママは……」


 リーディアは考えた。

 はつこいのことを話すだけで、リーディアはこんなにも緊張してしまった。ママのはつこいの人を正面から聞いたりしたら、ドキドキしすぎて、きっと上手くお話ができなくなってしまう。

 ならばどうするべきか。


(あんまりドキドキしないところから、聞くの!)


 リーディアは、深呼吸をすると、大好きなママに向き直った。



「ママは、はつこいをいつ済ませたの?」



 ガターン!! と音を立てて、マリアは小さな多目的スペース用の椅子から転げ落ちた。「ママ!?」という幼い驚きの声が上がる。

 マリアは、おもちゃ箱に手を添えながら、なんとか上体を起こし、リーディアはマリアに駆け寄った。


「ママ、どうしたの!?」

「な、なんでもないわ」

「で、でも、お顔が赤くなったり青くなったり、大忙しよ!」

「いいの。大丈夫、大丈夫だから。それより、初恋を、いつって」

「う、うん……? あのね、パパのはつこいはママだからきっと最近なの、でもママはいつなのかなって」

「ゲッホゲホゲホゲホ」

「ママー!?」


 急に咳き込み始めたマリアに、悲壮感漂う悲鳴が上がった。乳母アリスは傍らで、この興味深いやり取りに耳を傾けながら、吹き出しそうになるのを必死に耐えている。


「ママ、大丈夫? きっと風邪をひいているのよ!」

「大丈夫、大丈夫よ。ママは丈夫だから」

「で、でもね、お顔も赤いし、手も震えてるの」

「大丈夫。それよりもね、リーディア。パパの初恋は、きっとわたしじゃなくて……」

「……? パパがこんなに幸せそうなのは初めてだってみんな」


 ガシャーン!! と音を立てて、マリアは手を添えていたおもちゃ箱をひっくりかえした。「ママ!?」という驚愕の声が上がり、乳母アリスは、腹筋に与えられたあまりにも過酷な負荷に必死に耐えている。


「ママ、大変よ! おもちゃが全部飛び出ちゃった!」

「い、いいのよ、リーディア。あとで片付けるわ」

「で、でも、カードもコマも全部散らばってて、本当に大変よ!」

「いいの。いいのよ。それよりもね、ええと、パパの初恋が……いえ、リーディアの話を……」


 真っ赤な顔で震えているマリアは、うまく思考を回転させられず、しどろもどろだ。

 そんな彼女に構わず、マリアの横にちょこんと座ったリーディアは、その服の裾を引っ張った。


「リーはママの話が聞きたいの……」


 可愛い愛娘に惑わされたマリアは、混乱したまま「そうよねママの話よね」と頷いた。

 乳母アリスはその光景を見ながら、「なんということ……お嬢様の方が上手ですわ……」と呟いている。


 しかし実は、マリアは困り果てていた。


 何を隠そう、マリアの初恋の相手は、現夫であるリカルド=リキュール伯爵なのだ!


 20も過ぎた後の、遅咲きの恋である。初恋をいつ済ませたかと言われたら、まさにここ数ヶ月で、ということになる。


 しかし、()()()()とはどういうことなのだ。早ければ早いほどいいということだろうか。リーディアはそれを期待しているのか? 直球で『初恋の相手はあなたのパパよ』と伝えたら、ガッカリされる可能性がある……? いや、パパの初恋(!?)は、最近だと言っているし……し、しかし……!


「わ、わたしの……初恋は……」

「うん!」

「……は、恥ずかしくて、いつだなんて、言えないわ……」

「!!!」


 リーディアは『ガーン!!』という衝撃音を背負った表情の後、泣きそうな顔をして項垂れた。

 そんな彼女に、マリアは大慌てだ。


 そして、その焦燥感は失言を招いた。


「アッ、で、でもね! 他のこと、えーと例えば、どんな人なのかとかなら」


「――いいの!? ど、どんな人? ママのはつこいの人……!」


 跳ねる魚のような食いつきに、マリアは慄き、自らの失態を悟った。


 しかし、ひみつのみっしょんを抱えたスナイパーは止まらない。

 大好きなママの腕に絡みつきながら、キラキラの瞳を向けて詰め寄ってくる。



 マリアは観念した。



「……と、とてもね、真面目で純粋な人で」

「うん!」


 リーディアは緊張の面持ちで、床に座ったまま、マリアを見つめる。


(真面目で純粋……リーも、真面目だもの。多分、純粋よ!)



「わたしを見ると優しく微笑んでくれるところが、可愛いなって」

「うん!」


 リーディアは、うんうんと頷いた。


(リーは、ママを見るといつも嬉しくて笑うもの!)



「透明感のある、銀色の髪で……」

「!!!」


 リーディアはドキッと心臓が跳ねるのを感じた。


(銀髪!! これはもう、リーなの! ママのはつこいの相手はリーしかいないの……!)




「背の高い、男の人なんだけど……」



「!!?」



 うじゅ、と顔を歪めたリーディアに、マリアはギョッとする。


 みるみるうちに、大きな紫の瞳に涙が溜まっていった。


「リーディア!? ど、ど、どうしたの!?」

「マ、ママの、はつこいの人は……、背の高い男の人なの……?」

「そ、そうよ……?」

「……!!」


 更に悲しそうな顔をしたリーディアに、マリアは大混乱だ。乳母アリスや侍女達の方を振り向くも、彼女達も訳が分からないといったそぶりで首を振るばかり。


 そして、戸惑う大人達を置き去りに、リーディアは打ちひしがれていた。


(なんてことなの! ママのはつこいの人は、リーじゃないの……!)


 悲しみで一杯のリーディア。

 悲しそうな彼女を見たマリア達。

 混沌とした子ども部屋、しかしそこに、声がかかった。



「奥様、リーディア様。旦那様がお越しです」



 なんと、ここで救世主リカルドが現れたのである。

 

 


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