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真面目で我慢強い(終)


1話完結の番外編です。






 2ヶ月前、わたしはリカルドの子どもを産んだ。

 わたしと同じマイルドな茶髪に、リカルドと同じ紫色の瞳の女の子だ。

 名前はリカルドとわたしとが相談して候補を出し、リーディアに決めてもらった。


「リーがこの中から選んでいいの? ならね、クローディアがいい!」

「そうなの?」

「うん! リーとお揃い!」


 嬉しそうなリーディアに、誰も反対するはずもなく、リーディアの妹の名前はクローディアに決まった。


 ようやく誕生した小さな家族に、リカルドもリーディアもずっと目尻が下がっていた。

 リカルドもリーディアも、「マリアが楽になるように」「ママのお手伝いする!」とおしめ替えやお守りを手伝ってくれたし、リーディアの面倒はリカルドが率先して見てくれた。

 クローディアの乳母は、リーディアの乳母アリスではなく違う人がいいだろうということで、執事の娘シャルロットが抜擢された。

 わたしは初めての出産で慣れないところも多かったけれども、周りの強固な協力体制により、おそらくかなり楽をさせてもらっているのだと思う。


 しかし、気になることがあるのだ。


 これはおそらく、気のせいではない。


 なので、わたしは行動しなければならない。


「リーディア」

「ママ! どうしたの? クローディアは?」


 子ども部屋に行くと、リーディアが乳母アリスと共に本を読んでいた。

 リーディアは、私を見ると、パッと華やいだ笑顔になった後、すぐに()()()の顔になった。最近よくする、お姉さんの顔だ。


 わたしはいたずらをするような顔で、そんなリーディアの顔を覗き込んだ。


「今日はね。クローディアは、パパとマーサと、乳母のシャルロットが見てくれるのよ」

「……そうなの?」

「うん。だからね、わたしは今日は一日、リーディアと一緒にいようと思って」


 リーディアは、ポカンとした後、顔をくしゃっと歪めて俯いた。


「リーはお姉さんだから、大丈夫だもん」

「そうなの?」

「うん。ママはクローディアを見てあげて。リーはいいの」

「そっかぁ。でもね、わたしがね、リーディアとゆっくりする時間がなくて寂しいのよ」

「えっ」


 顔を上げて目を丸くするリーディアに、わたしは微笑む。


「わたしはここに来てリーディアと会ってから、ずーっとリーディアと一緒にいたでしょう? なのに、この2ヶ月、リーディアと二人でいる時間が少なくて、すっごく寂しいの」

「……!!」

「リーディアは平気なのかもしれないけど、わたしはリーディアが足りなくて泣いちゃいそうだから、今日は一日遊んでくれるかな?」


 リーディアは、今にも泣きそうな顔で、目にいっぱい涙を溜めながら、俯いた。


「マ……ママが、そういうなら……仕方ないの」

「うん」

「き、今日は一日、リーだけと遊ばないとダメよ? そうしないと、ママはきっとまた、寂しくなっちゃうんだから……」

「うん。ありがとう、リーディア! 大好きよ!」


 わたしがそう言ってリーディアを抱きしめると、リーディアはわたしの腕の中でしばらく静かに泣いていた。


「……パパがいてくれたからね、リーは寂しくないのよ」

「そうね、そうよね」

「クローディアは赤ちゃんだから、ママがついてなきゃだめなのよ」

「うん、そうね」

「リーはお姉さんだから、大丈夫なの……」

「リーディアは偉いのね。でも、わたしのために、定期的にこういう日を作ってもいいかな?」

「……! ママのためなら、仕方ないの……!」


 リーディアは、本当に嬉しそうに笑っている。わたしはその笑顔を見て、ようやくホッと胸を撫で下ろした。


 クローディアが生まれてからというもの、わたしとリーディアの時間は激減していた。

 伯爵夫人業を始めたときから、段々と共にいる時間は減っていたけれども、それでも毎日リーディアと最低でも3時間は一緒にいたのだ。

 しかし、クローディアが生まれてからは、リーディアと二人きりの時間は日に一時間あればいい方、という状態である。

 もちろん、できる限りリーディアと一緒にいるようにはしているし、話を聞くように努めているけれども、そこには必ずクローディアがいる。そして、クローディアがいると、リーディアは一切ワガママを言わなくなってしまうのだ。


(リーディアは真面目でとっても我慢強いのね。リカルドそっくりだわ。彼も真面目すぎて、全部自分に溜めこむタイプだものね)


(……ん? ということは?)


 ふと、わたしはあることに気がついた。けれども、まあそれはともかくとして、今は目の前のリーディアだ。


 産後2ヶ月経過し、わたしの産褥期(さんじょくき)も落ち着いてきた。外での激しい運動は控えるようにリカルドから厳重な指示が出ているけれども、日常生活は出産前の状態に戻りつつあるし、リーディアのためならクローディアから一日離れることも……同じ家の中なら、なんとか……。

 という訳で、本日はリーディアDAYなのである!


「ママ! 本を読んで欲しいの!」

「ママ! このゲームしよう!」

「ママ、リーはね、すっごく早く計算ができるようになったのよ! 沢山勉強したから、ママより早いはずよ!」

「ママ、きっと今なら、リーはカルタでママに圧勝なのよ。一杯文字(スペル)を覚えたんだから!」

「ママー!」


 その日は1日、リーディアは、契約親子初期と同じくらい、はしゃいでわたしにまとわりついていた。リーディアは完全に子ども返りしていて、わたしは彼女に寂しい思いをさせてしまったことを実感しながら、たっぷりリーディアとの時間を楽しむ。

 お花摘みに行く時もついてきたのは流石に少し困ったけれども、わたしの後ろを銀色の天使がヒヨコのように追いかけてくる図は、最高に可愛かった。後ろを振り向くと、ちょっと照れたような、満面の笑みが返ってくるのだ。あまりに眩くて、心臓が握りつぶされるような衝撃を受けた。わたしのリーディアは、本当に可愛いのだ……。


 その日の夕方。

 リーディアは時計を見ながら、「この時計、とまらないかな?」「明日になっちゃう? 今日が終わっちゃう?」と悲しそうにしている。時計が止まっても時間は止まらないから、落ち着いて欲しい。どうしよう、愛娘の可愛いが止まらない。


「リーディア。実はね、お願いがあるんだけどいいかなぁ」

「ママ、なぁに? 今日はママの日だから、なんでも聞いてあげる!」

「ありがとう、嬉しい! あのね、わたしとリーディアは、大の仲良しさんよね?」

「うん!」

「だからね、リーディアが悩んでることがあったら、わたしにだけは教えて欲しいの」

「……」


 リーディアは、紫色の瞳を揺らしながら、戸惑ったようにわたしを見ている。


「リーディアはとってもいい子よ。リーディアがお姉さんらしくしているのは、とっても誇らしくて、わたしの自慢なの」

「……! うん。リーはいい子なの!」

「でもね、ちょっとだけ寂しいの。わたしは、リーディアと過ごせなくて寂しいなーって悩んでるのに、リーディアは悩んでないのかなって」

「……!? リ、リーも……っ、で、でも、リーは、お姉さんだから」

「うん。だからね、大の仲良しのわたしにだけ、内緒で教えてくれないかな?」


 口を開けてこちらを見ているリーディアを、わたしは抱き寄せる。


「リーディアは、寂しかった?」

「……寂しくないもん」

「そう? わたしは、沢山こうやってリーディアのことを抱きしめたかったんだけどなあ」

「……大丈夫だもん」

「そうなの? 仲良しのわたしにも、教えてくれないの?」


 リーディアは、黙ってわたしの胸にしがみついていた。

 そうして、彼女を抱きしめたまま、銀色の絹糸を撫でていると、リーディアの呟くような小さい声が聞こえた。


「リーはお姉さんだから。だから、大丈夫なんだけどね」

「うん」

「ママにだけ、特別よ? 秘密なんだからね?」

「うん」


 そうして、リーディアはわたしの耳元で、たくさん悩みを教えてくれた。

 「じゃあ、秘密を教えてくれたお礼に、大の仲良しのわたしが、なんとかしてあげるね」と言って、わたしはその日、彼女が寝るまでずっとリーディアの傍にいて、彼女を甘やかしつづけたのだった。



****


「そうか。リーディアは落ち着きそうか。よかった」


 夫婦の寝室にて、夫のリカルドはわたしの報告を聞いて、微笑んでいた。わたしは、長椅子の隣に座る安心した様子のリカルドを見ながら、温かいカモミールティーを一口飲む。


 実は、リーディアの様子が心配だと言い出したのは、リカルドなのだ。

 わたしも心配はしていたけれども、リカルドはリーディアと過ごす時間が長かった分、リーディアの寂しさが如実に伝わってきていたようだ。


「定期的に、こういう日を設けよう」

「そうね。ありがとう、リカルド」

「お礼を言うのは私だ。体が本調子でない中、本当にありがとう」

「ふふ。乳母のシャルロットもいるし、沢山侍女もつけてもらってるから、わたしは大丈夫よ」


 本当に、リカルドにはよくしてもらっているのだ。

 リキュール伯爵家の子どもは人攫いにとって垂涎の的とのことなので、リーディアにもクローディアにも、下手な人間を近づける訳にはいかない。

 なので、乳母選びも侍女選びもかなり難航したのだ。

 それでも、リカルドはわたし達家族のために、伝手を頼り、手を抜くことなく人物調査を行い、信用できる人間を沢山集めてくれた。


 わたしはそれを思うと嬉しくて、その嬉しい気持ちのまま、リカルドの体に寄り添う。すると、リカルドが若干頬を染めながら、私の肩を抱いてくれた。


「マリア、どうした?」

「次はリカルドね」

「え?」

「リーディアみたいに定期的にっていうのは難しいかもしれないけど、今度おうちで二人の時間をとりましょう」


 私の肩を抱いたまま固まっているリカルドの胸に、わたしは擦り寄る。


「ふふ。リーディアそっくりの旦那様? リーディアと同じくらい寂しい思いをしていることは、すっかりバレてるのよ?」

「……! いや、しかし……き、君が休む時間も、必要で」

「それはそれで、また考えるから大丈夫。リカルドが集めてくれた侍女達も助けてくれるし」

「そ、そうか……いや、でも」

「わたしがね、リカルドとの時間をとれなくて寂しいの。リカルドは寂しくなかったの?」


 上目遣いに彼を見上げると、リカルドは目を見開いて、その美しい顔を真っ赤に染めあげていた。本当に可愛い夫である。クスクス笑っているわたしに、リカルドは涙目で悔しそうにしていた。


「君は……どんどん、小悪魔になっていくようだ」

「そうかしら」

「うん。最初は天使だったのに、いつの間にか、私もリーディアも君の手のひらの上で転がされている……」

「きっと、大好きな旦那様に()()()()ちゃったから、堕天したのね」

「……!」


 わたしは狼狽えている彼の頬にキスをして、耳元で「ちゃんと秘密にするから、リックも沢山悩み事を教えてね」と囁いた。そして、「おやすみなさい、旦那様」と言って、ベッドに向かった。


 そうして、いつもどおり眠りにつくべくリカルドを待っていたけれども、リカルドはしばらく、ベッドに入ってこなかった。長椅子にしばらく座っていて、「わたしの妻は……可愛い……小悪魔……!」と呟きながら、何かと闘っている様子で、流石のわたしも、ほんの少しだけやりすぎたかしらと申し訳なく思うのだった。







ご愛読ありがとうございました。

番外編は、気が向き次第ポツポツ追加すると思います。



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