17 涙と笑顔
こうして、カーラは衛兵に引き取られていった。
リキュール伯爵は、大きく息をついた後、わたしとリーディアの方に駆け寄ってきた。
「二人とも大丈夫か。怪我は」
「パパァー!」
リーディアは、リキュール伯爵に抱きつく。彼はしっかりと、自分の娘を抱きとめた。
わたしはそんな二人を、ぼんやりと眺めていた。何故だかリキュール伯爵の顔を見たら、力が抜けてしまったのだ。
「マリア?」
「だ、大丈夫です。怪我は、その。でも、リーディアが……」
わたしがリーディアを恐る恐る見ると、リーディアは、満面の笑みでわたしに振り返って、わたしに抱きついてきた。
「ママ! ママ、大好き!」
「わたしも大好きよ、リーディア」
「えへへ。ママ、凄くかっこよかったの。リーのママは、ずっとずっと、ママだけ……!」
「あ……そうね、それは、その……わたしは、そうしたいんだけど……」
「……?」
わたしが恐る恐るリキュール伯爵を見上げると、リキュール伯爵は心得たように微笑んだ。そのご尊顔で、この場面でそんなふうに嬉しそうに笑うなんて、卑怯ではないだろか。
リーディアは不思議そうに、わたしとリキュール伯爵の顔を見ている。
「マリア。君にはいつもいつも、助けてもらってるな」
「そんな、ことは」
「今日も、リーディアを助けてくれてありがとう」
「当然のことをしただけですよ。わたしの娘なんですから」
わたしの言葉を聞いて、リーディアは感極まったように、わたしに抱きついて、スリスリと擦り寄っている。
リキュール伯爵は、そんなわたしとリーディアを見ながら、嬉しそうに微笑んだ。
「そういう、君がリーディアを大切に思う気持ちにつけ込むようで、思うところはないではないのだが……マリア」
「……はい」
「私はそれでも、君をここにとどめておきたい。どんな理由でもいい、たった一年で、君と過ごす時間を終わらせたくないんだ」
そう言うと、リキュール伯爵は、跪いたまま、わたしの手を取った。
「私は君を、心から愛している。私の、本当の妻になってくれないだろうか」
それは、不思議な感覚だった。
胸に染み入るように嬉しくて、笑顔がこぼれるのに、一緒に涙も出てきてしまう。
ポロポロと涙をこぼすわたしに、リキュール伯爵とリーディアは、そっくりな顔で慌てていた。
「マ、マリア……泣かないでくれ……」
「ママ!? パパ、ママを泣かしちゃダメなのー!」
「え!? こ、これはだな、リーディア」
「パパ!」
「す、すまない……」
「リーディア、いいの。パパはね、意地悪をしたんじゃないのよ。ママが、パパのことを特別好きだから、涙が出てくるの」
「えっ」
リーディアは目を丸くし、しばらく固まったあと、紫色の瞳をキラキラ輝かせながらわたしを見た。
わたしはリーディアの頭を撫でると、リキュール伯爵の方に向き直る。
「伯爵様」
「……リカルド、と」
「……?」
「リーディアだけでなく、私も……名前で、呼んでくれないか」
その可愛いおねだりに、わたしはクスクス笑ってしまう。
恥ずかしそうに目を彷徨わせるリカルドに、わたしは握られている手にきゅっと力を入れて、こちらを見るよう促した。
「リカルド様。わたしも、リカルド様のことが大好きです。これからもよろしくお願いします」
わたしの返事に、リカルドは泣きそうな顔をした後、リーディアごとわたしを抱きしめた。
リーディアは、「パパ、くるしいー!」と言いながら、きゃあきゃあ喜んでいた。
「ママ。あのね、ママは、パパの本当の奥さんになったの?」
「……! そ、そうよ、リーディア」
「じゃあ、パパの本当の奥さんも、秘密の奥さんも、全部ママなのね。パパとリーはお揃いね!」
「そうね、お揃いね」
首を傾げるリカルドに、わたしとリーディアはおでこを近づけてクスクス笑う。
ふと、リーディアが何か閃いたようにハッと顔を上げた。
「そうだ! まだ終わってないの!」
「なぁに、リーディア」
「ママはね、しっかり準備してね。パパ、早く行かなきゃ!」
「どうしたリーディア」
「もう、パパもママも忘れちゃったの? せっかく準備が整ったのに」
リーディアは、穏やかな反応のわたしとリカルドに、不満でいっぱいのようだ。
ふくふくの両手を必死に振りながら、ぷんすか怒っている。
「ママは天使さまなんだから。最後までやり遂げないと、お空に帰っちゃうのよ? ほら、パパ。今からママを落としにいこう!」
自信満々に促す愛娘に、わたしもリカルドも、「あっ」と声をあげて、蒼白になるのだった。