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53 王国ホテル名物の大岩


「あんなの、えいって吹き飛ばせばいいだろ」


 シルクの言葉に、その場にいる人間はそれとなく目をそらす。


 リカルドとシルクは、王国ホテルの中庭に来ていた。

 ミゲルの呼びかけで集まった貴族は想定よりも多く、王国ホテルの会議室内には入り切れなかったのだ。


 集まった者は非番の兵士達が多いが、神官や永代貴族も居るし、一代貴族の身分を手にした大商人や、ミゲルのように特許を取得した研究者達も居て、人材のるつぼになっている。


 映像機器に囲まれた中、会議の用の机と座席を用意し、そのるつぼになった人員に見守られながら、タウンゼント侯爵主導で対策を練っているところなのだが、シルクには対策が生ぬるいものに思えるらしい。


 話し合いの間、暇そうに王国ホテル名物の中庭の大岩と戯れていた彼女は、そこからひょいと降り立つと、不満そうな顔でリカルドの横に腰を落ち着けた。


 ちなみに、この場にミゲルとタウンゼント侯爵は居るが、マティーニ男爵は不在だ。彼は暗号0141の場所――王都外にある大転送魔法陣用の施設で、避難所の手伝いをしている。


「シルク様」

「吹き飛ばしても、リーディアとイーゼルは無事だぞ? 竜珠が守るからな」

「いけません」

「なら、近くに行って呪文を唱えるしかない。あたしに細かいことは無理だよ」


 ふむ、とあごひげに手を当てて思案しているのは、ダニエル=タウンゼント侯爵だ。

 白髪交じりの淡い金髪の眩しい、かくしゃくとした男である。

 御年五十二歳で宰相を引退し、それから七年。今は地方官僚の統括たる侯爵の地位を賜り、王都近くの侯爵邸を拠点に活動していると聞いている。

 その隣にいるミゲルは、うーんと首をかしげた。


「シルクちゃん。本当に()()なんですか?」


 ミゲルの言葉に、シルクはぎくりと体をこわばらせる。

 一同が注目する中、彼女は気まずそうに、その右手に緋色の炎を小さく灯した。


「あたしの炎は、あたしが信じたこと、そうしたいと心から願ったものを実現する魔法の炎だ」

「おおー、すごいですね」

「あたしは、偉いやつが嫌いだ、ミゲル」


 じっとりとした闇を抱えたその瞳に、周囲の者は怯み、ミゲルはぱちくりと目を瞬き、タウンゼント侯爵は目を細め、すべてを見透かすようなダークグレーの瞳で彼女を見つめている。


「人間の偉いやつらは、祭司クロムをいじめた。あたしは奴らが、今でも憎い。……王宮にいるのがその子ども達にすぎないとわかっていても、あたしの炎はきっと、すべて焼き尽くすことだろう」


 炎を消して、目を伏せた彼女に、リカルドは思わず、娘にするようにしてその肩を抱き寄せた。

 シルクはなすがままに、それを受け入れる。


 その様子を見たタウンゼント侯爵は、ひとつ頷いた。

 

「ふむ、なるほど。では、シルク殿に頼るのは、最後の手段といたしましょう。我々は可能な限り、我らが主君や各国の重鎮を救出しなければならない」

「……ふん」

「ところで、シルク殿。竜珠を止める呪文を近くに行って唱えなければならないとのことですが、その理由をお伺いしてもよろしいか」

「うん? 近くに行かないと、竜珠に聞こえないじゃないか」

「では、先ほどのように拡声器で唱えた場合は?」


 ぱちくりと目を瞬いたシルクは、ゲームのバグを発見された開発者のような微妙な顔で、渋々頷く。


「……まあ、それなら大丈夫。あれに聞こえさえすればいいから」


 シルクの言葉に、その場の一同はワッと湧く。

 リカルドも、それはとてもいい案であるように思った。

 この場には、停止の呪文を唱えることができる者がいる。ここから呪文を唱えればいいのであれば、それに越したことはない。


 しかし、ミゲルとタウンゼント侯爵、その配下達は浮かない様子だ。


「あー、皆さん。ちょっと喜ぶのは早いですよ」

「ミゲルの言うとおりだ。国際会議場や子ども部屋など、王宮の各部屋は、防音完備されていることが多い。スルト達が拡声器の声が届く場所にいることを確認しなければ、リキュール伯爵の竜珠が停止するだけだ」

「子ども部屋に居たマリア達も、それでこっちの騒ぎを知らないんでしょうね」


 リカルドはぎくりと身をこわばらせる。


 通信した際、リーディアもマリアも、何も知らない様子だった。

 最初の轟音も、彼女達は聞いていないのかもしれない。


 シン、と周りが静まり返る中、リカルドは立ち上がった。


「中に入りましょう」

「リカルド君」

「リキュール伯爵、待ちたまえ」

「いいえ! 私は行きます。中に妻と娘が居るんです。時間がありません。彼女達が、スルトに接触する可能性だってあるんです!」


 リカルドは、まっすぐにタウンゼント侯爵を見すえる。


 妻マリアと、娘リーディア。

 二人はリカルドにとってかけがえのない存在なのだ。

 彼女達がリカルドの生きる意味で、それを失うことは絶対に阻止しなければならない。


 覚悟を決めた様子のリカルドに、タウンゼント侯爵は側近に目をやると、視線を受けた彼は意を得たりと頷く。


「状況を整理しましょう。まず、王宮の中ですが、犯人グループと、イーゼル王子ほか二名を除き、中に居る者は全員が眠りについているとみていいでしょう」


 黒い壁は透明なので、外から中の様子を見ることができるのだ。

 双眼鏡で確認した限りにおいて、起きている者はいない。


 中に知り合いがいると言って、止める間もなく侵入した民が何人かいるが、彼らは壁を通過した後、二、三歩歩いたところで崩れ落ち、眠り込んでしまった。


「次に、王宮の外側です。こちらは人が眠り込むことはありませんが、リキュール伯爵とシルク様以外は、魔法の使用ができません。魔石も動かず、使える道具は物理的なもののみ。その原因はスルトの持つ竜珠によるものであるというのが、最有力の見解です」

「あたしがクロムにあげた黒の竜珠を使ってる奴がいるんだ。他の竜珠を持つ者とあたしは影響を受けないけど」

「シルクちゃん。竜珠を増やすことはできないんですよね?」

「……」

「シルクちゃん?」

「……まだ百年に一回しか、作れない。おっきくなったら、違うんだぞ!」

「なるほど。大人になったときが楽しみですね」


 決まり悪そうにしているシルクに、ミゲルはニコニコ微笑んでいる。

 色々と気になることの多い話だが、誰も何も指摘しないようだ。


 リカルドはその横で、焦りを隠せない様子で提言した。


「タウンゼント侯爵。私は竜珠を持っています。私が中に突入して、マリア達をここまで避難させます。話はそれからです」

「それはおそらく難しいな」

「何故!」

「あれを見なさい」


 タウンゼント侯爵の視線の先、黒い壁の上空には、一つ目の真っ黒なコウモリが複数舞っている。

 侯爵が電気通信機で指示をすると、王宮向かいの別のホテル上階に潜んでいた兵士が、壁の中に弓矢を放った。

 放たれた矢は黒い壁を通過することはできたものの、内部に入った途端、コウモリが黒い炎を吐いて、矢を消し飛ばしてしまった。


 追撃の矢で攻撃すると、コウモリは蒸発するようにして消えてしまう。

 けれども、数が多いので、外からすべて打ち倒すのは難しそうだ。


 その様子を見たリカルドは、タウンゼント侯爵を振り返る。


「なおさら、行かせてください! あれがマリア達を見つけたら危険です」

「リキュール伯爵」

「止められても、私は行きます。馬を一頭、お借りします。黒い壁の中に侵入した後も、竜珠を持つ私が触れている間は、馬も起きていられることでしょう」


 タウンゼント侯爵は、眉間にしわを寄せ、苦い顔をしている。


 リカルドにも、その理由はわかる。


 壁の中には王族や、他国の重鎮達もいる。

 そして、王国の主要な官僚達も、そのほとんどが王宮内に居るのだ。

 この事態をなんとかしなければ、エタノール王国は一気に衰退することが目に見えている。


 その一方で、聖女の血を引くリカルドを、単身、この黒い壁の中に入れていいのか、判断しかねているのだろう。それに加えて、人質が居る以上、目立つ形で城内に進入することはできない。


 それでも、何もしなければ、事態は解決しないのだ。


(タウンゼント侯爵が判断できないなら、私が――)


 リカルドが、全ての罪を負う覚悟で動き出そうとしたその瞬間、その気持ちに呼応するように、リカルドの胸元に白い光が灯った。

 驚いて懐に手を入れると、それは白い竜珠の仕業であった。

 白い光は竜珠から離れて、ふわふわと飛び立ち、王国ホテル名物の中庭の大岩の上でくるくると舞う。


 すると、大岩が突如として動き出し、岩の根元が割れるように動いたかと思うと、石造りの地下への階段が現れた。


 周囲はどよめき、ホテルのオーナーは気絶し、従業員達からは「千年の歴史ある大岩が……!」という動揺した声が聞こえる。


 リカルドは、ふわふわと舞いながら自分の元に戻ってきた白い光に尋ねた。


「ここから入れと?」


 尋ねるリカルドに、光は肯定するかのようにくるくり回ると、ふわりと消えた。

 リカルドの横で、シルクは「リリアナ」と小さく呟いている。


「なるほど。これで決まりですね、タウンゼント侯爵閣下」


 肩をすくめるミゲルに、タウンゼント侯爵はそれでも、しかめ面をしている。

 そんなタウンゼント侯爵に、ミゲルはからからと笑った。


「とはいえ、閣下の気持ちもわかります。リカルド君一人で行かせるのは忍びない。そこで、とっておきの精鋭達を紹介しましょう」



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