52 国際会議場の王太子妃
「起きろ! このぐずが!」
痛みと、声で、意識が戻ってくる。
長いまつ毛を持ち上げ、ゆっくりと目を開いたスザンヌは、逡巡の後、自分がどこに居るのか思い出した。
そうだ、国際会議を最中だったはずだ。
先ほどまで、各国の重鎮達と共に、四日目の議題について話をしていた。
しかし、隣国王が――スザンヌの父スルトが、急に立ち上がって――。
「起きろと言っているだろう!」
椅子を蹴り倒され、床に崩れ落ちたスザンヌは、ようやく声の主を見た。そこには怒りに燃える父スルトがいて、スザンヌは慌てて、室内を見渡す。
隣国王の配下とスザンヌ以外は、皆、その場で眠りこんでいる。
どのようにしたのかはわからないが、間違いなく、目の前に居る父王が原因だ。
「何故こんなことを!」
スザンヌが悲鳴のように叫ぶと、スルトは苦々しい顔で、吐き捨てるように叫んだ。
「お前が私に従わないからだ! だから、計画を早めたのだ。下賎な黒髪のくせに、私に逆らうなど、恥知らずが!」
会議机の上にある席札を投げつけられ、スザンヌは思わず腕で顔を庇う。
席札は軽いものではあったけれども、角が鋭く、スザンヌの腕に赤い色が滲んだ。
「私がお父様に従ったとして、何ができるというのです」
「竜を手にするのだ」
「竜……?」
「赤い竜だ。この、エタノール王国に眠る、世界の秘宝だ! こんな、小さな力ではない。もっと大きな、世界を制する力だ!」
「竜が、この世に存在する、など……」
「お前は知らないのだ。この石は、夜な夜な、竜を求めている。そう、私にだけ訴えているのだ! 私にしかわからない、そう、所有者である私にしか……」
目の前に広がる光景に、スザンヌは背筋を凍らせた。
父王の目は血走り、胸元の黒い石を掲げる彼の表情は、常軌を逸している。
それだけでなく、スザンヌの目には、父の頭部周辺に、黒いモヤが見えていた。
それは黒い影のようなものと繋がっており、暗闇の中に、こちらを見る大きな目が存在している。
スザンヌを舐めるように見ていたそれが、大きくギョロリと動き、彼女が息を呑んだところで、父王が動いた。
「玉座に案内しろ」
「玉座……?」
「エタノール王国の、玉座だ! それくらいは知っているだろう。腐っても、お前はエタノール王国の王族に嫁いだのだから!」
言われて、スザンヌは気がついた。
きっとスルトは、あの地下遺跡のことを言っているのだ。
シルクが座っていた、石造りの玉座。
背後に、竜の壁画が存在しているそれ。
悩むスザンヌは、唇をかむ。
案内するべきか、それとも……。
ためらうスザンヌの視界に映ったのは、夫のウィリアムだ。
彼はスザンヌの父のせいで、意識を失い、机に倒れ伏している。
「わかりました。こちらへ」
スザンヌは立ち上がり、スルトを誘導すべく、扉を指ししめした。
何を置いても、まずはこの危険な存在を、夫達から引き剥がさねばならない。







