48 国際会議四日目
エドワード目線です。
国際会議は、今日で四日目。
今日と明日で、長かった会議も終了となる。
王弟エドワードは、ようやく後半にこぎつけたことで、内心安堵の息を吐いていた。
国際会議の主催国となると、その準備は他の年度と比べるまでもなく、大変な労力を要するものになる。
他国の重鎮達の泊まる場所の手配、王国の特色を入れ込んだ会食のレシピ決め、シェフや素材の手配に、五日間に渡る視察先の決定、会議の議題の決め方、他国の交流状況を鑑みた配慮……。
エタノール王国の外交を主に担当するエドワードは、当然ながら、それを一手に引き受けることとなった。
もちろん、それぞれに担当官僚も配置し、人員を多く配置することで山積する課題に立ち向かってきたわけだが、事業の顔となるのは王弟であるエドワードだ。
とにかく、揉め事が起こらないよう、必死に整えて来たこの一大イベントも後半に差し掛かっている。
王太子妃スザンヌとその父スルシャール国王との間に、若干いさかいが起きそうだったことは気になるが、王太子ウィリアムはきちんと彼女を守っており、夫婦関係も良好そうだ。
(先日までぎこちない様子だったから気にはなっていたが、やるじゃないか)
夫婦のことに口を出すのは憚られたので、様子を見るようにはしつつも介入は最低限にしていたが、どうやらうまくいったらしい。
頼りないと感じていた甥が男を見せたことに、エドワードは頬を緩める。
甥が隣国から得た妻を守ろうと努力しているのだ。先日の夜会の様子を見るに、妻であるスザンヌも、ウィリアムからの好意に悪い気はしていないようだ。
であれば、叔父であるエドワードは、若い夫婦の障害となるものを、先達として排除してやらねばならないだろう。
その大きな支障となるのは、おそらく、隣国王スルト=スルシャール。
エドワードは、スルシャール王国の王太子スタンリーから、帰国後の計画について既に聞き及んでいる。
その後、王太子スタンリーがどうするのか、エタノール王国がどう立ち回っていくべきなのか。
この件を現段階で共有しているのは、国王エドガーとエドワードの側近のみだ。
国際会議の間は、甥ウィリアムとその妻スザンヌには伝えるべきでないと、エドワードは判断した。
二人はこの国際会議で隣国王スルトとの接触が多くなるであろうこと、そのうえで、この二人……というか、甥のウィリアムは、その素直な性根から、顔に出てしまうだろうと考えたのだ。
(しかし、今回の会議の中でスルシャール国王はさして尖った意見は出してこなかったな)
去年までの会議では、スルト=スルシャールは、戦を誘発してしまいそうな搾取的な施策を打ち出すことが多かった。
しかし、今年は意外にも、融和策に同意するのみで、その様子は静かなものだ。
王太子スタンリーによると、自国での様子は相変わらず横暴で、独裁的であるとのことだったが、この国際会議期間においては、初日の夜会を除いて、問題を起こしそうな様子は見て取れない。
そう思って、エドワードは油断していたのだ。
「つまらぬ」
最初にそれに気がついたのは、王太子スタンリー=スルシャールだった。
会議中に、なんら議題に関係のないスルシャール国王が立ち上がったのだ。
胸元の首飾りに手を触れたところで、王太子スタンリーが悲鳴のような声を上げた。
「父上、お待ちを――」
隣国王スルトの首飾りの中心に輝く黒い宝玉。
そこからあふれた暗黒に、エドワードは思考を止めることなく、瞬時に守衛達に合図を送った。
言葉にするまでもなく、やるべきことは体に染み付いていた。
複数の国の重鎮が集まる会議。
あらゆる危機を想定し、幾重にも対策は練ってきた。
問題行動に出た者が貴賓の場合、まずは対象者の動きを拘束魔法で縛る。
会議場に仕込んだ魔法陣による補助。
無詠唱で拘束魔法を使うことのできる精鋭が配置された、強固な防御体制。
エドワードにも守衛達にも、焦りは一切ない。
訓練どおりのそれを遂行するだけだからだ。
感情が動くとしたら、それを実行させる結果となったスルト=スルシャールへの同情くらいのもので。
しかし、守衛達の魔法はすべて闇に飲まれていき、スルトに届くことはなかった。
(拘束魔法が効かない!?)
ぎくりと身を強張らせたエドワードの視界に映ったのは、王太子スタンリーだ。
剣に手をかけ、自国の王に切りかかる彼の目には、覚悟が宿っている。
エドワードの青い瞳は、彼にそれをさせてしまう悔悟と、これが最善であるという判断に揺れる。
隣の席に座っていたスタンリーが、誰よりもスルトに近い。
しかし、それでも刃は届くことはなかった。
その切先が彼の父王に届く寸前、王太子スタンリーは闇に包まれ、意識を失い、その場で崩れ落ちた。
「覚悟を決めるのが、遅すぎたな」
これは、止められない。
そう、背筋が冷えるような思いが脳裏を掠める中、しかしエドワードは、敵を視界から外すことはなかった。
スルトの言葉に込められたのは、一体なんなのか。
あざけりと、侮蔑と、そうではない一筋の何か。
そこに、エドワードは彼の弱さを見た。
この隣国王が、一人でこのような大それたことをなすことができるものだろうか……?
その疑問が、迫りくる闇に飲み込まれる直前、エドワードの目に、真実を映すことになった。
隣国王スルト=スルシャールの後ろに、何かいる。
後ろに――いや、影の中に潜んでいる、黒い生き物。
闇を宿した瞳で、こちらを見ている――。
「すべては、私のものだ」
その言葉が耳に届いたのを最後に、エドワードの意識は闇に飲まれた。







