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45 ドラゴン饅頭と竜珠


 マリア目線です。


 次の日の午後、わたし達は再び、ミゲル兄さんの家にやってきていた。

 面子は変わらず、わたしにリカルドにリーディア、スザンヌ様にイーゼル殿下、そしてシルクちゃんである。


 出迎えてくれたのは、ミゲル兄さんに、ヴォルフ君とイヴァン君だ。

 キース君はシルクちゃんが来る間、他の仕事を任されたらしい。まあ、シルクちゃんとキース君は少し時間を置いたほうがいい気もするし、リカルドもキース君に目を光らせているし、うん、妥当な判断だろう。


 目の前の机に上には、こんがり焼き上がった茶色の小さなお饅頭が十数個積み上がったお皿が置いてある。

 昨日と違って焼きたてのそれは、見た目もさることながら、温かくて、いい香りもして、なんとも食欲をそそってくるではないか。


「……なんだか、おいしそうな香りがするぞ」

「そうね……」

「作ったばかりでね、まだ味見はしてないんだ」


 昨日、失敗作を口にしたシルクちゃんとわたしとミゲル兄さんは、できのよさそうなドラゴン饅頭を見て、ゴクリと息を呑む。

 他の面々は、静観中である。

 ちなみに、リカルドは昨日から人身御供を名乗り出ているけれども、兄達の道楽の巻き添えにするわけにはいかないと、わたしが必死に止めている。


 とりあえず、今回も最初に味見をするのは作った本人だ。

 饅頭を一つ手に取ったミゲル兄さんに、一同はその様を食い入るように見つめた。


「いくよ」

「ミゲル兄さん、頑張って」

「ミゲル、いくのか? いくのか?」


 パクリとお饅頭を口にするミゲル兄さん。

 もぐもぐ口を動かす様を、みんなで固唾を飲んで見守っていると、ゴクリと飲み込んだところで、ミゲル兄さんがうんと頷いた。


「おいしいよ」

「えっ」

「ミゲル、ほんとに? ほんとーに?」

「うん。多分、これが正しい調理結果なんだろう。今回の研究は大成功だね」


 ミゲル兄さんはニコニコと機嫌よさそうに笑っている。

 わたしとシルクちゃんは、目を見合わせた後、思い切ってそのお饅頭を口にしてみた。


 目の前に、異世界が広がった。


 軽やかでパンチのある甘み。

 皮の柔らかさが濃厚な豆の風味を伴う餡を包み、餡は強い甘みと、不思議な苦味のコントラストが心地よく、えもいわれぬ快楽を生み出している……。


「ママ! 大変、泣いてるの!!」

「うん……すごいの。すごく、おいしいのよ。おいしすぎて、気持ちがあふれて……なにこれ、どういうことなのかしら」

「そんなにおいしいのか?」

「リカルド」


 泣きながらお饅頭を食べるわたしに興味を惹かれたのか、止める間もなく、リカルドとリーディアがお饅頭に手を伸ばした。

 そして、饅頭を口に含んだ二人は、目を見開いた後、同じくぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 その様子を見たイーゼル殿下は仰天しているし、スザンヌ様も絶句している。


「リーディア、どうした!? 大丈夫なのか!?」

「イーゼル、すごいの。すっごくおいしくて、なんかすごいの」

「何を言ってるのか全然わかんないぞ!」

「リキュール伯爵、どうですか?」

「これは……」


 リカルドが何か言いかけたところで、シルクちゃんの体から炎が燃え上がった。

 熱を持たずに彼女を包み込んだそれは、宙を舞ったあと、彼女の小さな右手と左手に戻っていく。


 そうしてできあがったのは、不思議な輝きを持つ丸い石だ。


 右手には白、左手には黒。

 大人の小指の関節一つ分の大きさのそれを、シルクちゃんはイーゼル殿下とリーディアに差し出す。


「これ、やる」

「シルク?」

「シルクちゃん、いいの?」

「うん。これは、大切なお友達にあげるものなんだ。……あたしのパパとママが、そう言ったから、あたしはそうする」

「「!」」

「あたしの友達のイーゼルに、黒を。友達のリーディアに、白を。何か困ったことがあったら、あたしを呼んで」


 静かにそう言うと、シルクちゃんは二人の手のひらに、それぞれの石を置いた。

 お友達の証を貰った二人は、嬉しそうにその石を見つめている。


(……ん? これって、もしかして)


 わたしは見覚えのあるそれに、うーんと目を細める。

 いや、実物を見たことはないのだ。

 宝石鑑定の知識を得る際に、古い文献を見ながら、存在が噂レベルだと言われながらも、その特徴を教えてもらった、貴重なもの。

 美しい丸いフォルムの中に、独特の星の煌めきをたたえた、この世の秘宝の一つ。


「ドッ、ドラッ、ドラゴンの……涙……ッ!?」

「そう呼ばれることもあるね。パパとママは竜珠って呼んでた」

「えっ。でも、じゃあ」

「――シルク様。これに見覚えは?」


 ここで口を挟んだのは、リカルドだ。

 若干青い顔をしながら、懐から何かを取り出す。


 それは、美しい紺色の布地でできた布袋だった。

 幾重にも魔法陣を刻まれているのは、中身の存在を気取られないようにするためのものなのだろう。

 布袋は、大中小と三つあって、三重に封緘されたその中に入っていたのは、白くて丸い宝玉だ。

 リーディアが受け取った石に酷似している……。


「ああ、懐かしいね」

「では」

「あたしが昔、あたしの銀色に――聖女リリアナにあげたものだ。黒いのは、それを取られてしまったようだけれど」

「これは、あなた様にお返ししたほうがいいでしょうか」

「いいや。それはあんたのものだよ、リカルド。大切に持っていて」


 それだけ言うと、シルクちゃんは、残ったドラゴン饅頭を見つめる。

 懐かしむような、切ないような顔をした彼女は、ぽつりぽつりと話しはじめた。


「これは元々、あたしのパパが、あたしのために作ったものなんだ。あたしが早く大きくなれるように、たくさん考えて作ってくれた」

「シルクちゃんの、パパ?」

「そうだよ、リーディア。あたしのパパで、友達で、大切な人。黒髪の祭司クロム」

「パパで、お友達なの?」

「あたしは、拾われっ子だから。あたしを生んだ人は、卵のあたしを落っことして、それっきり。だからあたしは、自分でパパとママを選んだんだ」

「!! リーとイーゼルと、おんなじ!」

「同じだな!」

「うん、そう。だから、二人にその石をやる。おそろいの、友達だから」

「ありがとうなの!」

「ありがとう、シルク!」


 嬉しそうにお礼を言う二人を見たシルクちゃんは、寂しそうな顔をしたまま、ふと、スザンヌ様を見上げた。

 目が合ったスザンヌ様は、不思議そうな顔をしている。


「スザンヌ。あたし、スザンヌの舞いが見たい」

「えっ」

「あたしが寂しいとき、悲しいとき、怒ってるとき、よくパパが見せてくれたんだ」

「スザンヌ様、舞いをたしなまれるんですか?」

「え、あ……で、ですが、その」

「あんたは祭司だろう、スザンヌ」

「祭、司……?」

「地の力を整え、世界を寿ぐ舞いを知っている。お前の心はいつでも飛び立つ先を探していて、美しい黒髪は何者にも惑わされない強さを宿している」


 言われたスザンヌ様は、信じられないことを聞いたたような顔で目を見開いている。


「スザンヌ、踊って?」


 小さな手に、優しい灰色の瞳に誘われるようにして、スザンヌ様は震えながらも、こくりと頷いた。


 どうやら、わたし達はこれから、王太子妃殿下の舞いを見せてもらえることになったらしい。



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