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39 私の天使


リカルド目線です。



 リカルドはその日、これ以上なく着飾った愛しい妻を伴って、王宮で行われる夜会に参加していた。


 彼は正直、今日の王宮の夜会参加について、あまりいい感情は抱いていなかった。


 夜会となると、男女問わず、多くの人間がリカルドの元に詰め掛けてくる。

 貴族として、領主として必要なこととはいえ、それはリカルドの望むことではなかった。


 元々、リカルドは領地を治め、民を愛し、家族と共に生きていきたいと願っていた。

 このつつましやかな性格、考え方は、どうやらリキュール伯爵家、特に銀髪紫目を引き継ぐ者に多く見られるものらしい。


 必要以上の評価も報酬も求めず、民に近くありたいというその願いは、爵位を上げれば上げるほど、遠ざかる。

 それに、『権力に近づきすぎない』というのが、一族のモットーであると、亡き父ロイド=リキュールから聞いていた。

 そういった事情もあって、リキュール一族の歴代当主達は皆、伯爵位を超える爵位を断り続けてきた。もちろん、リカルドもだ。

 かつて祖先がやり取りをした一部の国から爵位を貰い、それを歴代引き継いではいるものの、それもできるだけ公にはしていない。


 なので、王都の夜会で、自国他国の王侯貴族達が、リカルドに近づこうとし、その爵位を上げる話や、異国に籍を移す話を持ち掛けてくるのは、リカルドにとって面倒ごと以外の何物でもなかった。

 それに加えて、秋波をまとった女性達だ。

 好意を寄せてくれるのはありがたいことだが、必要以上のそれは毒になる。


(今日はマリアが居るから、問題もないはずだが)


 若干胃が痛むように感じるのは、リカルドの弱さがもたらすものなのだろう。


 王宮に行くために身支度をしていたリカルドは、自分の繊細さに苦笑しながら、リカルドは無性に妻に会いたくなって、まだ準備中かもしれない妻の顔を見に、彼女の部屋へを足を運んでしまう。


 そこで見たのだ。

 桃色の花の精霊のような姿をした彼女と、そんな彼女に魅了されている娘の姿を。


 実は、今日の衣装をデザイナー・ローズリンシャに依頼する際、リカルドの色味を使わずともよいので、彼女の魅力を最大限引き出すことを考えてほしいとこっそりお願いしておいたのだ。

 国際会議に伴う夜会は、開始日と終了日に二度行われる。

 初日くらいは、色味を優先せずに、最大限に飾り立てた妻を見るのもいいと考えたのだ。


 そして、その成果は想像以上のものだった。

 彼女の若さからくるみずみずしさ、優し気な雰囲気、その中に潜む甘い蜜のような魅力が、これでもかと引き出されている。


 隣に居る娘が、赤い顔で固まっているのもわかる。

 リカルドも、あまりの衝撃に、思考が止まってしまったからだ。


「あら。まだお呼びしていないのに来てしまうなんて、せっかちな旦那様だわ?」

「!?」

「わたしと可愛いスパイ様との関係を見てしまうなんて、イケナイ人……」


 リカルドの頬にキスをした彼女は、悪戯好きの妖精のように、楽しそうに笑っている。

 彼女の魅力と愛らしさに、リカルドの頭の中は彼女でいっぱいになり、気が付くと馬車の中で、どうやって彼女を夜会であった面々に紹介するか、そればかりを考えていた。

 胃の痛みも消えていて、リカルドは思わず自嘲ぎみに笑ってしまう。


(私の妻は、本当にすごい)


 リカルドの悩みを吹き飛ばしてくれるのは、いつだってこの無邪気な妻だ。

 彼女が隣に居てくれるのであれば、きっとリカルドは強く立っていられる。


 しかし、会場に入るなり、そんな余裕はなくなってしまった。

 何故なら、会場中の男達の視線が、一気に彼女に集まったのがわかったからだ。


 一部の令嬢達はリカルドに注目したようで、噂話をしている言葉が聞こえてくる。


 しかし、そんな些末なことよりも、彼女にうっとりと見とれている男達のほうがはるかに問題だ。

 よくよく聞き耳を立てなければ聞こえないような大きさであったが、「見たことがないご令嬢だ」「いや、あれはリキュール伯爵夫人で」「あんな可愛い女性、どこにいたんだ」という呆けたような声も聞こえる。


 ちなみに、妻は彼らの存在に、まったく気が付いていないようだ。

 いや、声は耳に入っているかもしれないが、彼らが言う『あんな可愛い女性』が自分のことだとはつゆほども思っていないのだろう。


(……)


 我ながら狭量だとは思いつつ、つい、妻マリアに全力の微笑みを向けたり、腰をしっかり引き寄せながら貴人達に妻を紹介したりと、夫婦であることのアピールに熱が入ってしまった。

 妻は大勢への挨拶をさばくので精一杯で、リカルドの心情には全く気が付いていないらしい。

 多分、妻の父マーカス=マティーニ男爵であれば、即座に気が付いただろう。

 彼女はマティーニ男爵に似て人たらしだけれども、自分への好意にはとことん鈍感なのだ。

 妻にとことん心酔するリカルドは、そんなちょっと抜けているところも最高に可愛いと思ってしまう。


「あっ。そろそろダンスが始まるわ!」


 国王夫婦と王太子夫婦への挨拶を済ませた後、主催による挨拶などの儀式が行われ、音楽が切り替わった頃合いのことだ。

 

 参加者の男女が連れ立って、会場の中心へと動き出す。

 妻マリアは体を動かすのが好きで、ダンスを好んで練習しているので、パッと嬉しそうな顔でこちらを見た。

 その期待に満ちた表情は、どうにも愛娘にそっくりで、リカルドは思わず頬をほころばせる。


 そうして、リカルドの心が緩んだ様子を見せたのがよくなかったのか、一気に大勢の女性達がリカルド達に近づいてきた。大量の女性に囲まれたことで、香水の匂いでむせかえるようだ。


「リキュール伯爵!」

「伯爵様、お久しぶりです」

「私のこと、覚えていらっしゃいますか!?」

「リカルド様、是非ダンスを……!」


 妻が横にいるというのに、ぶしつけに話しかけてくる令嬢達に、若干胃がもたれるような思いをしながらも、リカルドは慌ててマリアを見る。

 妻マリアは、女性達の態度に、気分を悪くしていないだろうか。


 すると、マリアは穏やかな笑みを浮かべたまま、その場でカーテシーをした。


「皆様お初にお目にかかります、リカルドの妻のマリア=リキュールと申します」


 ゆったりとした優雅な動き、ふわりと翻った美しいドレスに、一瞬女性達の目が奪われる。

 その隙に、妻マリアはリカルドにパチンとウィンクをすると、その場の会話の主導権を奪うように、楽しそうな顔で話し出す。


「半年前に、リカルドの妻になりました。皆様のお申し出はとてもありがたいのですが、最初のダンスはわたしに譲っていただけますか?」

「……では、次は譲っていただけるということかしら!?」

「じゃあ私が」

「いいえわたくしが!」

「申し訳ありません、二度目以降も妻であるわたしにお譲りいただきたく思います」

「なんですって!?」

「どうやって取り入ったのか知らないけれど、妻になったからっていい気に……!」

「それなのですよ。こんなに美しいご令嬢に囲まれる夫を見たら、わたし、妻になったはいいものの、不安になってしまって」


 周りを見渡した後、申し訳なさそうな顔をするマリアに、周囲の令嬢達はぱちくりと目を瞬く。


「レイスガルド公爵令嬢。公爵家の二女でいらっしゃるあなた様は、貴族学園時代もその美貌で殿方の視線を奪ってきたと、兄から聞き及んでいますわ」

「わ、わたくしのことを、ご存じなの!? お姉さまではなく……」

「もちろんですわ。それに、ミルヴィス侯爵令嬢のつけていらっしゃる、その独特の輝きのある美しい石は、隣国から取り寄せた幻の宝石では……」

「この石のことを、ご存じなの」

「はい。その美しい石は、石を持つ家の当主が認める、魅力あふれた女性に引き継がれていると聞き及んでおります。美しい女性を飾っている間は家に繁栄をもたらすけれども、そうでない場合は家に不吉をもたらすという逸話があり、当主が選び抜いた者にしか触れることを許されていない逸品だと」

「……!」


 マリアの言葉に、一気に令嬢達の視線がミルヴィス侯爵令嬢の首元の飾りの中心にある宝石へと集まった。

 角度によっては虹色の煌めきを見せる、不思議な石だ。

 注目を集めたミルヴィス侯爵令嬢は、何故か妻の言葉に、口元を抑えながら、嬉しそうな、泣きそうな顔をしている。


「他の皆様のことも、お噂はかねがね。なにより、この場での美しさが、皆さまの魅力をすべて物語っております。このようなご令嬢方に囲まれていては、妻になったばかりのわたしが、悋気を見せてしまうのも、いたしかたないこととお許しいただけませんでしょうか」


 ふわりと頭を下げたマリアに、令嬢達は赤い顔で震えながら、つい、と視線をそらした。

 要するに、彼女達が振り上げたこぶしを、妻マリアは優しく包み込み、笑顔で躱してしまったのだ。


 何も言わない令嬢達にふわりと微笑んだ妻マリアは、リカルドの手を引いて、会場の中心へと向かっていく。


 すると、リカルド達のやりとりに会場中が聞き耳を立てていたのか、マリアが進む方向に人垣が割れた。


「!? えっ、あの……」

「行こう、マリア」

「リカルド、でも」

「大丈夫。エドガー陛下もお喜びだ」

「ええっ!?」


 戸惑う妻を促して、国王エドガーを見ると、エドガーはうんうんと頷いていた。そして、国王エドガーに目線で促された王太子ウィリアム殿下が、スザンヌ妃殿下を連れてリカルド達の隣へと現れた。

 国際会議初日の夜会での初ダンス、通常であれば国王夫妻や王太子夫妻などの主賓国の華となるべきペアが最もいい場所を陣取るものだ。国王エドガーはそれを、王太子夫婦と、リカルド達に任せるつもりらしい。


 隣に現れた王太子夫婦を見て、涙目で戸惑っていた妻マリアも覚悟を決めたようだ。

 ダンスのための音楽が始まり、リカルドのエスコートによりそうように、ステップを踏み始める。


「マリア」


 リカルドが彼女にだけ聞こえるように名前を呼ぶと、妻マリアは嬉しそうにほほ笑んでくれる。

 くるりと彼女を回すと、ふわふわした桃色のドレスが花弁のように舞い、会場からワッと歓声が上がる。


「リカルド!」


 阿吽の呼吸でステップを踏み、難易度の高い技をしかけても、軽く合わせてしまう。

 妻は本当に柔軟で、リカルドの気持ちを難なく掴んでしまう。


 彼女はやはり、リカルドの天使なのだ。

 いつでも楽しそうにほほ笑んでくれる、太陽みたいな人。

 軽やかに舞う妖精のようで、温かく包んでくれる母のようで、翻弄してくるその瞳は魅惑の蜜を思わせる。

 手を差し出して、いつでもリカルドに寄り添ってくれるその在り方に、困難を笑顔で乗り越えてしまうその様に、リカルドがどれだけ心を奪われているか、彼女はわかっているのだろうか。


 ダンスが終わり、最後のお辞儀をすると、愛しい妻が嬉しそうにこちらに手を伸ばしてくれた。

 その手にキスをする振りをして、エスコートしながら、次のダンスを待つカップル達に場所を譲るべく移動するのが習わしだ。

 しかし、リカルドはその手を取り、愛を乞うようにしてその場で跪いた。


「マリア。私の妻になってくれて、ありがとう。私は誰よりも、あなたを愛しています」


 悲鳴まじりの大歓声が上がり、会場は大騒ぎだ。


 リカルドは、妻に怒られるかなと恐る恐る彼女を見る。

 すると、妻マリアは目に涙をにじませながら、リカルドに抱き着いてきてくれて、またしても会場中から歓声が上がった。


「こんなところで、ずるいわ!」

「とても効果があっただろう?」

「もう。計算していたなら、最初から教えてよ」

「実は、君が魅力的過ぎて、抑えきれなかっただけなんだ」

「えっ」

「これ以上ないくらい惚れていると思っていたのに……私は妻に、惚れ直してしまったようだ」


 リカルドが目を潤ませながら、彼女の耳元で「愛してる」と囁くと、彼女は涙をぽろりとこぼして、「わたしも、愛してる!」とリカルドに身を寄せてくれた。

 ひゅーひゅーと野次が飛ぶ中、リカルド達夫婦はようやく会場の隅へと移動する。


「やれやれ、相変わらずお熱い夫婦なことだ」

「今の二人は私達が見ているなんて考えもしていないんだろうねぇ」


 そう話しながら苦笑いしているのは、会場の隅に居た妻の父マーカス=マティーニ男爵と、妻の兄ミゲル=マティーニ伯爵だ。

 リカルドとその妻マリアが、この事態をすべて彼らに見られたことに気が付くのは、あと二十分後のことである。



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