38 国際会議初日の夜会
馬車の中に居ても、外の喧騒が伝わってくる。
夜会に向かって、大量の馬車が王宮に詰め掛けているのだ。
冬なので、日が落ちるのは早く、既に辺りは暗くなっている。
むき出しの肩に白い毛皮の肩掛けを乗せたわたしは、馬車の窓のカーテンをそっと開け、夫の愛と魔石の力で温かい室内から、外の様子をちらりと盗み見た。
街の明かりキラキラして、道行く馬車も豪華なものが多く、なんとも贅沢な景色が目の前に広がる。
遠くを見ると、ライトアップされた王宮が夜空に映えて、幻想的な光景を作り出していた。
隣に座る夫は、今日は美しい銀髪を隠さずに、贅を凝らした服で飾り立てられている。
馬車の中も外もあまりにキラキラ輝いていて、思わず笑ってしまうくらいだ。
大混雑の王宮までの道のりの中、ようやく会場入口にたどりつくと、先に降りた素敵すぎる夫が、馬車の扉の前で手を差し出してくれる。
「すごいわ。王子様みたい」
「姫、お手を取っても?」
「許します。……王子と姫の夫婦なの?」
「うん。……いや、二国間のかすがい夫婦になるのは荷が重いな。国の要になるのは避けたい」
「あなたは既にこの国の要だと思うけれど」
「……。君がいないと潰れる弱い要だから、要夫婦ということにしよう」
「大変な巻き添えだわ」
「巻き込まれていただけますか、姫」
「断れないのを知っているくせに、悪い王子様ね」
くすくす笑いながら会場に降り立ったわたしは、夫のエスコートを受けつつ、会場の受付に招待状を渡し、参加者の証である白い薔薇を受け取る。リカルドは男性なので、赤い薔薇を受け取っていた。
男性は薔薇を胸元のポケットに刺すのが慣わしだけれども、女性はポケットがないので難しい。ドレスに穴を開けるわけにはいかないし。
わたしは考えた末、受付が希望者に渡しているクリップを使って、うまく胸元に刺すことができた。
うん、元々つけていた桃色の薔薇のコサージュと隣り合わせで、とってもいい感じ!
受付後に最初に入場する際、侯爵家以上の爵位を持つ参加者については、司会から入場した旨のアナウンスが行われる。
リカルドは伯爵位なので、そういったアナウンスもなく、気楽に夫婦で入場したのだけれど、これが甘かった。
銀髪紫目の麗人を皆が目を皿にして探していることを失念していたのだ。
まず、会場に足を踏み入れた時点で、各所の女性陣からきゃあーーっと悲鳴のような声が上がり、わたしはビクッと身をこわばらせる。
「リキュール伯爵よ!」
「相変わらず素敵だわ……」
「隣にいるのは誰なのかしら」
「ご結婚されたって」
「ただの噂じゃなかったの!?」
「そんな、信じられないわ。私達のリカルド様が」
お、お嬢様方!
聞こえています。
その噂話、全部こちらの耳に届いています!
わたしが若干の焦りと共にリカルドを見たところ、リカルドがわたしを見ながら、「私は君だけのものだ」という台詞と共に、蕩けるような笑みを浮かべた。
すると、会場から、きゃあああーっとさらに大きな悲鳴が上がって、さらに驚いてしまう。
そして、わたしは気がついた。
リカルドは、わたし以外の女性に微笑みかけない。
この恐ろしい威力を誇る笑みも、わたしは何度か目にしているけれども、会場にいるご令嬢達は見たことがないのだ。
その上で、この夫はわざと、わたしに向けてまばゆいばかりの笑みを向けたのである!
(リ、リカルド〜!)
わたしが赤くなったり青くなったりしながら、女性陣の視線から隠れるべくリカルドに場所移動を促すと、今度は会場の男性陣がリカルドに話しかけてきた。
「リキュール伯爵! 久しいですね」
「カートニー伯爵、お久しぶりです」
「お元気そうでなによりです、リキュール伯爵」
「リンギス閣下、お会いできて光栄です」
「リカルド! 大変な噂ばかりで心配していたんだぞ」
「リキュール伯爵、夜会に出るようになったんだな」
「リキュール伯爵」
「リカルド」
「伯爵」
(あわわわ大混雑だわ!!?)
あっという間に男性達に囲まれてしまい、大変な混雑の中心地に居座ることとなったわたしは、女性陣の視線から隠れるという目的は果たしたものの、ニコニコ笑いながら内心冷や汗をかく。
普通の貴族なら、最初の挨拶に来てくれるのは、近隣地を治める永代貴族、貴族学園の同期、あとは懇意にしてくれる方くらいのものだ。
しかし、リカルドの周りに集まって来るのは、国内国外を含めた様々な王侯貴族の皆様。同じ伯爵位の知人達も、リカルド越しに顔を売りたいのか、こぞって話しかけてくるのだ。
周囲一帯が高貴すぎる上に、人がどんどん増えていき、減ることはない。
想定外。
想定外である!
矢継ぎ早にとんでくる挨拶、質問に、目が回りそうになり、そんなわたしを見たリカルドがそろそろ抜け出そうところで、人だかりの外から声がかかった。
「皆様。そんなに急に話しかけては、慣れているリキュール伯爵はともかく、ご夫人は目を回してしまわれますよ」
くつくつ笑いながら近づいてきたのは、太陽のように明るい金色の短髪に、青い瞳が優しげな、四十代後半の男性だ。
もちろん、エドワード王弟殿下である。
「エドワード殿下。本日はお呼びいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、リキュール伯爵夫妻が参加してくれて本当に嬉しいよ。実はエドガー兄上が挨拶をしたいと手ぐすねを引いて待っているんだ。……皆様、我が兄に先を譲っていただいてもよろしいだろうか?」
エドワード王弟殿下の兄エドガーといえば、国王エドガー=クルス=エタノールに他ならない。
リカルドの周りには他国の貴賓もいたけれども、苦笑しながら、本日の主催者に先を譲っていた。
集団から少し離れたところで、エドワード殿下は失笑しながら、尋ねてくる。
「思わず手を貸したが、余計なお世話にはならなかったかな?」
「いえ、助かりました、ありがとうございます。久しぶりの夜会参加のためか、皆様、いつもに増して歓迎してくださったようで」
「はは。手だれのリキュール伯爵でも抜け出し難かったか」
「色々聞きたくなる気持ちもわかりますからね。私もつい、妻の紹介に力が入りまして」
嬉しそうな顔を向けて来るリカルドに、わたしはどんどん体温を上げてしまう。
赤くなった頬に左手を当てるわたしを見たエドワード王弟殿下は、はははと声をあげて笑っていた。
その後、国王夫妻に挨拶をしたわたし達は、王太子夫妻の元へと足を運ぶ。
ウィリアム王太子殿下もスザンヌ様も、他国の貴賓に囲まれていたので、後にするか悩んだのだけれども、わたしを見つけたスザンヌ様から声が上がった。
「マリアさん!」
その花が咲いたような笑みに、わたしは思わずハートを射抜かれてしまう。
そしてそれは、周囲の貴賓達も同じようだった。
今日のスザンヌ様は、めちゃくちゃ美しいのだ。
スザンヌ様は元々、妖艶極まりない絶世の美女である。
それが、国際会議での夜会というハレの日に合わせて、これでもかと飾り立てられているのだ。
本日最高の華は当然ながらシェリル王妃殿下だけれども、スザンヌ様は主賓国の若き王太子妃だ。今日の彼女は、国の威信をかけて作り上げた美の結晶である。
白から淡い水色へのグラデーション、金糸の刺繍がアクセントとなったそのドレスは、フリルは多用せず、敢えてシンプルなフォルムを見せることで、その布地の美しさ、なによりそれを身にまとう人の美しさを際立たせている。
そんな彼女が、わたしを見るなり、嬉しそうに顔をほころばせたのだ。
そのあどけない微笑みの威力がどれほどのものか、おわかりいただけるだろうか。
王太子夫婦の周りに居た誰もが話を止め、彼女の微笑みに心を奪われている。
脳裏に浮かぶのは、美しい台座に載せられた黒真珠、魔性の美の頂点、色香の中に純粋さを垣間見せる、傾国の黒百合……。
スザンヌ様は、周囲が動きを止めたのをいいことに、足早にわたしの方に近寄ってきた。
そして、ためらうことなくわたしの手をぱっと握る。
「マリアさん! 今日もお会いできて嬉しいです。お待ちしていたんですよ」
「は、は、は、はいっ……」
「ドレスもすごく素敵です。遠目にも、マリアさんだってすぐにわかりました。こんなに可愛くて、キラキラして優しい雰囲気の方、他にいないもの」
「う、美しいのはスザンヌ様です……」
「本当ですか? 自信はありませんが……マリアさんがそう思ってくれるなら、嬉しい」
えへへと嬉しそうに笑うスザンヌ様に、わたしの心臓は爆発しそうだ。周囲の貴賓達も、いつも上品な笑みを浮かべるばかりであったミステリアスな王太子妃のあどけない様子にメロメロのようだ。
いや、一人だけ、複雑な顔をした人物がいる。
彼女の夫のウィリアム殿下だ。
口から、「私でも、こんな顔で笑うスザンヌは見たことがないのに……」という悔し気な呟きが漏れている。
ス、スザンヌ様!!
笑顔の見せどころ、間違えてませんか!?
「さあ、こちらにいらして。皆様に紹介しますわ」
幸せいっぱいの王太子妃に連れられて、わたし達夫婦は他国の貴賓達に紹介されていった。
その場で何人か、リカルドを個別に友好を結びたそうな顔をしていた人もいたけれども、わたしとの仲をのろけまくるリカルドと、同じくわたしとの仲をのろけまくるスザンヌ様を見て、渋々諦めたようだった。
「妻とリキュール夫人は、本当に仲がよくて……私が嫉妬するくらいなのです……」
そう言うウィリアム殿下の青色の瞳は、嫉妬に塗れていた。
スザンヌ様大変です。
わたしが、あなたの夫の嫉妬で燃え尽きて灰になってしまいそうです!
ちなみに、リカルドとスザンヌ様の様子を見てなお、リカルドの勧誘を諦めない他国の要人達も何人かいた。
その人達は、どうやら勧誘の矛先をわたしに変えたらしい。
しかしだ。
「奥様のご実家は、どちらでいらっしゃるのですか?」
「夫の領地の隣地を治める、マティーニ男爵でございます」
「……ん? マティーニ?」
「はい。わたしの父は、マーカス=マティーニでございます」
「!!?」
父の名を聞いてギョッとした顔をした彼らは、次々の、自国の高位貴族の名前を上げてくる。
それが、父との旅行中に出会った人の名前だったので、思わずわたしは、嬉しくなってニコニコ笑いながら話に花を咲かせてしまった。
「もしかして、我が国のヒルゼント侯爵の……」
「ええ、そのとおりです。以前の件ではお世話になりまして、わたしもその場にいましたから、ヒルゼント侯爵令嬢とは今も手紙のやり取りをしているんですよ」
「うちの国の、ヴォルカニック公爵の件でお世話になった……」
「ご存じでしたか!? 懐かしいお名前ですわ。六年前に、しばしお世話になった時期がありまして」
「いや、あれはうちの国が……世話になったので……」
懐かしい人達の顔が浮かんで、「リカルドにも是非紹介したいわ」とわたしがほほ笑むと、「あなたとリキュール伯爵がいらっしゃれば、エタノール王国は今後安泰でしょう」「ぜひとも、ご夫婦で遊びにいらしてください」と、彼らは手のひらをかえすようにして苦笑していた。
わたしは、急な態度のかわりように、首をかしげるばかりである。
不思議に思ってリカルドを見ると、リカルドは神妙な顔をしながら、挨拶を済ませ、わたしを連れてスザンヌ様達から離れた。
「……君とお義父さんは、本当に、何者なんだろう」
「え? リカルドの隣の領地を治める、男爵の一族だけど」
「……。マリア。今度、お義父さんとの旅の話を、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいか?」
「? もちろんよ。ただの旅行の話になっちゃうけど、それでよければ」
「それで大丈夫だ」
「ふふ。美味しいワインとお野菜を用意しないとね」
リカルドとの楽しい晩酌の時間を思い、ふふっと笑っているわたしに、彼は「私の妻は想像以上にすごい人らしい……」と呟いていた。
(うーん?)
会場に入るなり自国他国問わず王侯貴族に囲まれるような、聖女の血を引く国一番の麗人に言われても、ピンとこない話である。







