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37 夜会への出陣



 わたし達がシルクちゃんと会った次の日、国際会議が幕を開けた。


 国際会議は、日中に一週間ほど行われる。

 日ごとに議題が決められ、午前中は議題について話し合う。

 午後は開催国の視察を行い、初日と最終日の夜は盛大な夜会が開かれる決まりだ。


 会議に伴う夜会は、毎年行われる王宮夜会の中でも格別に盛大なものとなる。

 貴族達はこぞって参加したがるけれども、会場の広さには限りがあるので、全員が参加できるわけではない。


 実際に参加できるのは、伯爵位以上の永代貴族と一代貴族。そして、参加者が特に連れてきたいと願う貴族、といったところだ。

 例えば、わたしの父マーカスは永代貴族の男爵位なので、自力では参加できないのだけれども、他の参加者が大勢、父に会いたいと呼ぶので、なんだかんだ参加できてしまう。

 ちなみに、父の参加を推す筆頭は、エドワード王弟殿下だ。


「だから、お父さんは今日、会場にいると思うの」

「さようでございますか」

「ミゲル兄さんはどうするのかしら。招待状は持っていたみたいだけれど」

「では、今日お会いできるかどうか、わからないのですね。楽しみですね」

「ふふ。ミゲル兄さんが会場に居るかどうか、勝負する? マーサ」

「奥様は勝負強くていらっしゃるから、遠慮いたしますわ」

「そうかしら」

「カードで使用人全員を打ちのめしたのをお忘れですか?」

「あれはたまたま、運がよかったのよ」

「さあ、できましたわ! 今回も会心の出来でございます」


 鏡の前でのおしゃべりに夢中になっていたわたしは、言われてようやく、自分の姿を見た。


 花が咲いたようなその光景に、わたしは自分のことながら、うっとりと見惚れてしまう。


 今日のドレスは、『冬に咲く一輪の桃色の花』をモチーフにした作品なのだ。

 新妻の王都デビューに相応しい服装をということで、ローズリンシャさんが腕によりをかけてくれた一品だ。

 透明感のある桃色のグラデーション、ラメをたくさん散らした、大きな花びらの形の布をふんだんに重ねたそのドレスは、ダンスの際にくるりと回ると、花が開いたような美しいフォルムを描いてくれる。

 ローズリンシャさんお得意の刺繍は、今回は胸元の薔薇の形をした飾りの部分に、アクセントとして施されていた。髪飾りも胸元の飾りとお揃いで、布地で作った薔薇である。

 軽やかさと初々しさ、人目を引く華やかさが共存する、めちゃくちゃ素敵なドレスなのだ。


「本当にこのドレス、すごいわ。こんなに素敵なデザイン、見たことないもの」

「『初々しい新妻』がテーマとお聞きしていましたが、本当にお可愛らしいですわね」

「でしょう?」

「奥様の透明感のある可愛らしさが推し出ていて素晴らしいです」

「えっ」

「柔らかい茶色のお髪が、柔らかな桃色と合わさって、とても暖かい印象です」

「あの……」

「はちみつ色の瞳が宝石みたいなアクセントに」

「その」

「首周りがシンプルなので白い肌が映えて」

「ううっ」

「奥様の若々しさが」

「お肌の艶が」

「華奢なお体が」


「わ、わかったから、もうやめて……!」


 またしても褒め言葉で溺死させようとしてくる伯爵家の侍女達に、わたしは慌ててストップをかけた。

 彼女達がかけてくれる変身魔法の最後の呪文は、やはり心臓に悪いのだ。

 嬉しい言葉ラッシュで、わたしはいつも溺れかかってしまう。


「今日もありがとう。ドレスとお化粧に負けないように、頑張ってきます……!」


 わたしが今回も全力の微笑みと共にお礼を言うと、侍女達は今回もやはり、たいそう喜んでくれた。

 「これで勝利は奥様のものですわね!」「リキュール伯爵夫人の威光を世界に知らしめましょう」「全ては奥様の足元にひれ伏しますわ!」と、全世界対抗試合に出る前の補給所スタッフのような掛け声を次々にかけてくれる。


 どうやらわたしは、王宮に世界征服に行くらしい。

 各国の旗でも持って帰ろうかしら……。


「マッ!?」


 鈴の音が鳴るような可愛らしい声が聞こえて、わたしは扉のほうを振り返る。


 そこには、ふわふわ綿毛を頭に乗せ、うさぎさんのぬいぐるみを抱えた、愛らしいばかりの銀色スパイが佇んでいた。

 わたしのドレスアップが終わるまで、部屋から締め出されていた彼女は、どうやら我慢できずにこっそり室内に侵入したらしい。


 そして、ふわふわの花びらドレスに身を包んだわたしを見て、驚きのあまり、声を上げた。

 『ママ』のうちの一文字だけは、なんとか飲み込んだらしいけれども、もう一文字は漏れ出てしまったらしい。


「あら。可愛いスパイ様が、お部屋に入ってきているわ?」

「!?」

「お呼びする前に見てしまうなんて、本当にイケナイ子ね……」


 わたしがイケナイ銀色スパイ様のふくふくほっぺにちゅっとキスをすると、綺麗にルージュの跡がついて、銀色スパイ様のイケナイ度が三倍くらい上がってしまった。

 当人が真っ赤な顔で固まっているのも、イケナイ度アップに貢献している。


 わたしとマーサ達がくすくす笑いながら、布で彼女のほっぺを拭おうとしたところで、リカルドが入室してきた。


「マリア、準備はどう――」


 入室するなり、リカルドは扉の近くで固まった。

 わたしを見て、もう一度わたしを見て、愛娘のほっぺを見て、さらにもう一度わたしを見ている。


 これは……。


「あら。まだお呼びしていないのに来てしまうなんて、せっかちな旦那様だわ?」

「!?」

「わたしと可愛いスパイ様との関係を見てしまうなんて、イケナイ人……」


 わたしがリカルドにそそと近づいて、彼の頬にちゅっとキスをすると、ぼんやりとルージュの跡がついて、イケナイ度が五倍くらい上がってしまった。

 思わずけらけら笑い出してしまうわたしに、リカルドは無言でわたしの腰を引き寄せてくる。


「リカルド?」

「これはいけない。今日の夜会はやめよう」

「えっ!?」

「リーも賛成なの。夜会は、やめるの!」

「ええっ!?」

「このまま夜会に出たら、君の夫立候補者が大量に屋敷に詰めかけてしまう。君を多夫一妻夫婦の中心人物にするなど耐えられない」

「そんなことありえるかしら!?」

「ママの子もいっぱい集まっちゃうの。リーは、兄弟がいっぱい増えちゃうの……リーは、可愛い妹がいい!」

「リーの急な路線変更にママはびっくりよ!」

「マリア。可愛い娘の願いを叶えるためにも、ここに残ろう」

「リカルドは大人になって!?」

「大人にしかできない話だ」

「も、もう! 出発! 夜会に、出発します!!」


 わたしは布で二人の頬を拭い、必死にリカルドを馬車まで追い立てる。

 寂しそうな顔をしている愛娘を「わたし達が留守の間、この家を守るのは、誰かしら……」と煽り、侍女サーシャにこっそり寝かしつけを任せ、「夜会は中止」と呟く悪い旦那様を馬車に追い込み、ようやく出発だ。


「マリア」

「リカルド、だめよ。何を言っても、夜会は中止には」

「すごく可愛い」


 馬車の中で、思わず息を呑んだわたしに、リカルドは顔を近づけて、そっとわたしの頬に口づけを落とす。


「本当に綺麗だ。抱きしめたい」

「髪が崩れちゃう」

「キスは?」

「お化粧が取れちゃうわ」

「マリア」

「大人になって」

「大人にしかできない話だ」

「どうしてそんなに悪い大人になっちゃったの?」

「可愛い妻が私に強さをくれたんだ」

「口が減らないわ」

「君への愛が止まらなくて」

「リック」

「あと、君を困らせるのが楽しい」


 リカルドはそう言うと、本当に楽しそうにくつくつと笑っていた。

 そんなふうに気の置けない笑顔を見せられたら、わたしの方が抱きつきたくて仕方がなくなってしまうではないか。

 彼はやはり、悪い大人だ。

 ギルティである。


「あとで絶対、リックを困らせてみせるわ」

「私の妻は勝負強いから、圧勝だと思う」

「降参しちゃだめよ。もっと頑張って」

「まあ、頑張ってみよう」


 やる気のない夫と二人でひとしきり笑ったあと、わたし達は本腰を入れて、貴族年鑑を片手に、各家名の復習を始めた。

 わたしも夫も、一度会った人の名前は大体覚えているほうだとはいえ、事前に見ておくのとおかないのでは、思い出す速度に大きな違いがでるものなのである。



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