35 黒髪王子の秘密のお友達1/2
スザンヌ様とウィリアム王太子殿下がデートをした翌日の夕方のこと。
わたしはリーディアと共に、二人でイーゼル殿下の元を訪れていた。
リーディアとイーゼル殿下は、せっかくお友達になったのだ。
リーディアは六歳までの間、伯爵家から出たことがほとんどなく、お友達が少ない。イーゼル殿下も、黒髪が理由で貴族のお友達が少ないと聞いている。
そんな二人のためにも、この王都視察期間にできるだけ二人を会わせてあげようと、リカルドと話し合ったのだ。
今日はスザンヌ様に会えるかどうかわからないなと思いつつ、イーゼル殿下の居る子ども部屋にやってきたところ、そこにはにこやかな笑顔を浮かべたスザンヌ様も居た。
その表情に、もしかしてと尋ねたところ、スザンヌ様は恥ずかしそうにしながらも、幸せいっぱいの笑顔で、こくりと頷いてくれる。
「よかったです! 本当に、よかった……!」
思わずわたしは泣き出してしまい、つられるようにスザンヌ様も泣き出してしまった。
イーゼル殿下とリーディアは、二人のママが手を取り合いながら笑顔で泣き出したことに仰天している。
わたしが、ウィリアム殿下がスザンヌ様を落としてくれたからだと伝えると、知っていた様子のイーゼルは花がほころぶような笑みを見せてくれた。
銀色スナイパーはもちろん、自身の功績に有頂天だ。
「ママ! リーはもしかして、すっごくすっごくすごいんじゃないかしら!」
「うんうん、本当にすごいわ。リーディアはきっと、王国最強の伯爵令嬢よ!」
「ふふーん」
「ありがとうございます、リーディア様。あなたのおかげで、こうしてイーゼルとも仲良しでいられて、夫ともうまくやっていけそうです。……私に家族をくれて、本当にありがとう」
感極まった様子のスザンヌ様に、有頂天スナイパーもさすがに恥ずかしかったのか、「リーはお友達のために頑張っただけなの」と、照れくさそうにしている。
それを見たイーゼル殿下は、少し顔を赤らめた後、コホンと咳払いをした。
「リーディア。お礼に、僕の秘密を教えてやる!」
秘密?
首をかしげるわたし達に、イーゼル殿下はハッと我に返った顔で、わたしとスザンヌ様を見た。
「お義母さま達にも教えていいか、聞いてくるのを忘れました!」
「お相手がいる秘密なの?」
「そうなんです。お義母さまは黒髪だから、大丈夫だと思います。でも、リーディアのママさまは違うから……」
リーディアの、ママさま!
「…………リーディアの、ママさまです……」
「イーゼル。『リキュール伯爵夫人』か、『マリア様』とお呼びしたらいいと思いますよ」
「!」
イーゼル殿下は、彼の可愛さに悶えるわたしを見た後、ようやく失態に気がついたのか、じわじわと顔を赤く染めていく。
スザンヌ様はくすくす笑いながら、イーゼル殿下の近くに座って、愛おしそうにイーゼル殿下を抱きしめた。
「ふふ。私の息子には、こんなにも可愛いところがあったのですね」
「……お義母さま。『可愛い』はダメです。僕は『カッコいい』がいいです」
口ではそう言いながらも、イーゼル殿下はまんざらでもない顔をしている。
眩しいほどの熱愛母子だ。
外は雪だというのに、室内は激熱である。
母子二人で、この状況。
午後の急な公務でスザンヌ様から泣く泣く引き剥がされたというウィリアム殿下がここに居たら、一体どうなっていたのだ……!
わたしが、「リーも! ママ、リーも『ぎゅっ』を要求するの!」と挙手する抜け目のないスナイパーを抱きしめてその場を濁していると、スザンヌ様の腕の中でニコニコしていたイーゼル殿下が時計を見て、ハッと我に返った顔でスザンヌ様から離れた。
「リーディア! 今日はあと少しで帰っちゃうんだろ?」
「うん。夜ご飯の時間になっちゃうから」
「じゃあ、すぐ案内する。こっちだ!」
そう言うと、イーゼル殿下は慌てた様子でわたし達を王宮の廊下へと誘った。
侍従や侍女達も引き連れて、その先頭は小さな王子様。
さながらお祭りの行軍だ。
「イーゼル。みんなついてきているけれど、いいのかしら」
「大丈夫です、お義母さま。みんなすぐに、わかんなくなりますから」
「……?」
首をかしげる大人達に、先頭を歩く幼い黒髪王子は得意げにふふんと胸を張っている。
そうしてたどりついたのは、王宮本館の地下書庫だ。
貴重な本が多いため、民間には公開されておらず、官僚や王宮関係者しか立ち入ることのできない場所。
わたしが一瞬戸惑って、侍従を見たところ、侍従達は問題ないと頷いてくれた。
どうやら、わたしもリーディアも、王太子妃と王子の連れなので、入室しても問題ないらしい。
「リーディア、こっちだ」
小さな黒髪王子は、その入り組んだ地下書庫をどんどん奥まで進んでいく。
……最初は。
迷いのない足で、てちてち進んでいく黒髪王子を、大人のリーチでゆったりと追いかけているつもりだった。
周りは本ばかり。
窓もなく、アンティーク調の本棚が、なんだか不思議な気持ちにさせてくる。
扉を開けて、次の部屋へ。
まっすぐに進んで、階段を上がって、降りて。
ただひたすらに、その小さな黒い影を追いかけて。
でも、どうしてなのかしら。
全然追いつけないし、段々、何を追いかけているのか――。
「ママ」
ハッと我に返ると、リーディアが不思議そうな顔をして、わたしの手を握っていた。
そこは、石畳の地下の廊下だった。
石壁はほのかに光り輝いていて、視界は開けている。
壁には細やかな絵が彫り込まれているけれども、なにか魔術的な意味合いがあるのだろうか。
その場に居るのは、先導していたイーゼル殿下、わたしとリーディア、そしてスザンヌ様の四人だけだった。
「よかった。マリアさまも来られたんですね」
イーゼル殿下はホッとした顔をすると、廊下の奥を指さしてわたし達を「こっち!」といざなってくる。