26 様子のおかしい銀色伯爵令嬢
翌朝のこと。
今日も今日とて、わたし達は王宮へ参じることになっている。
わたしとリカルドは、自分達の朝ごはんタイムの前に、子ども部屋に居るリーディアの朝ごはんに付き合いながら、今後について話をすることにした。
「王太子夫婦と仲を深めるのはいいことだけれど、少しスケジュールを詰めないとね」
「もぐもぐ」
「うん。今回の王都視察の目的は、王家との交流だけではないしな」
「むぐむぐ」
「そうなのよね。でも、今後のことを考えると、スザンヌ様達を放っておくのも問題だと思うの」
「ぱくぱく」
「そうだな。なら、役割分担をしよう。私は今日は王宮に参じるとして、王太子妃夫婦のことは、ある程度マリアに任せてもいいだろうか。その分、伯爵家としての関係者へ細かいあいさつ回りは私が執り行う。マリアの顔出しは、王宮での夜会をメインにしようか」
「もぐもぐもぐ」
「いいと思うわ。わたしもできるだけ、伯爵家としてのあいさつ回りのために、日程は開けるようにはするけれども」
「むぐむぐむぐ」
「まあ、王太子妃夫婦との社交は毎回、一日がかりの物ではない。毎日半日ずつ、外せないあいさつ回りを入れていくとしようか」
「ぱくぱくぱく」
「そうね。……それにしてもわたし、リカルドの妻でよかったわ。こういうとき、王族との癒着だと言われたり、嫉妬されることも少ないし。スザンヌ様とも、そう話していたところなのよ」
「マリア。私と結婚してよかったことは、それだけ……?」
「リ、リカルド。朝からちょっと近いわ」
「ほら、夜会で私達の仲を見せつけるための練習をしなければならないから」
「……練習だからなの?」
「なるほど。そうじゃないことを今から証明してほしいと」
「もう。今日はお出かけするからだめよ」
「マリアがさっきの答えをくれたら、我慢する」
「答えたらもっと盛り上がってしまいそうだわ」
「自分の武器をよく知っている奥さんだ」
「サーシャ。美味しかった~。ごちそうさまなのー」
「は、はい。今日も綺麗にお食べになって、よろしゅうございますね……」
「うん! リーは今日も最強にいい子だから!」
わたしとリカルドが抱擁しながら至近距離で仲睦まじくしている間に、どうやら愛娘は朝ごはんを終えたらしい。
リーディア付きの侍女サーシャが顔を赤くしながら、食器を下げるよう指示しつつ、満面の笑みを浮かべるリーディアに、食後の歯磨きを促していた。「こんな激熱空間で涼しいお顔……お嬢様はやはり最強……」と呟くサーシャの言葉には、誰も気が付かない。
こうしてやってきた王宮第二別館の子ども部屋である。
リカルドはウィリアム殿下と、昨日の話の続きをするとのことだったので、今日は約束どおり四人で遊ぶことにしていた。
しかし、我が家の最強スナイパーの様子が、どうにもおかしいのだ。
「ママ! リーはね、イーゼルとお話があるの」
「うん? どうぞ?」
「……」
「リーディア?」
困った顔をした銀色伯爵令嬢は、眉尻を下げた後、スザンヌ様のところへとてちてち歩んでいく。
「スザンヌさま。リーはね、イーゼルと話があるの」
「そうなのですか? では、どうぞ。お待ちしていますね」
「……」
「リーディアさま?」
さらに困った顔をした銀色伯爵令嬢は、眉尻をさらに下げた後、イーゼル殿下のところへとてちてち歩んでいく。
「イーゼル。リーはね、お話があるの」
「うん。なんだ?」
「……」
「早く言えよ。気になる」
「イーゼル」
「……早く言ってほしいです」
言葉遣いをスザンヌ様に注意されたイーゼル殿下は、なんだか嬉しそうな恥ずかしそうな顔で、言いなおしていた。
言いなおした後、パッと笑顔で振り返るイーゼル殿下に、スザンヌ様は蕩けるような笑顔で、「いい子」と頷いている。
なんなの、この可愛い二人は……!
実はこの母子、今日は一部始終、こんな感じなのである。
見ているわたしが蕩けそうである。
壁際に居る王宮の侍従侍女達も、目に涙を浮かべている。
そして、そんな二人を見ながら、困り顔スナイパーはてちてちとわたしのところへ戻って来た。
「ママ。リーはね、いいことを思いついたの」
「うん?」
「ママはね、スザンヌさまと、二人で仲良くお話をするの」
「それで?」
「その間に、リーはイーゼルとお話をするの。とってもいい案なの」
「……」
「……」
「いいでしょう。では、わたしはあちらの隅で、スザンヌ様とお話をします」
「!!!」
挙動不審な銀色スナイパーの罠にのってみたところ、困り顔スナイパーの顔がパッと華やいだ。
嬉しそうな顔で、イーゼル殿下をさそって、先ほどわたしが指さしたほうとは逆の方向へと二人で向かっていく。
「スザンヌ様、こちらへ」
「……? は、はい」
「こういうときは、提案にのって、やるだけやらせてみたほうがいいです。でないと、大人の目につかないところでとんでもないことをやらかすので」
「まあ……。子育てというのは、大変なものなのですね」
「正直、うちの娘だけかもしれません」
「ふふ。イーゼルはリーディア様と仲良しだから、きっと影響されて、私はマリアさんと同じ悩みを抱えることになると思います」
「……いいのですか?」
「リーディア様のまっすぐな強さに、私とイーゼルは救われましたから。私も、彼女に影響されたいと思っているのですよ」
えへへとあどけない笑みを浮かべるスザンヌ殿下に、わたしは思わず抱き着いてしまいそうになるのをなんとかこらえた。
なんだろう。
スザンヌ殿下は、本当に可愛いのだ。
なついてくれた野良猫のような、全幅の信頼と可愛らしさを載せた笑顔で、わたしの心臓を握りしめてくる。
わたしの心臓は、いつまで溶けずに持ってくれることだろうか。
そんなふうにわたしが悩んでいたとき、部屋の反対側の隅で、身を寄せるようにして銀色スナイパーと黒色スナイパーが密談をしていた。
二人は意外にも、わたし達が聞こえないような絶妙な声で会話をしている。
うちの娘は一体、何をたくらんでいるのだ……。







