25 聞いてしまった銀色スナイパー
リーディア目線です。
そこはふわふわの真っ白な空間。
なんだか暖かくて、心地よくて、歩くとふかふかしていて、勢いよくジャンプすると高く飛び上がることもできる。
楽しくなって、ぽんぽんと跳ねながら転げまわっていると、そこに緑色のふわふわ綿毛がやって来た。
リーディアの可愛いペットの綿毛だ。
名前を呼ぶと、綿毛は嬉しそうにふわふわと近づいてくる。
「ぴよっぴ」
やってきたふわふわ綿毛を抱きしめると、甘い香りがして、周りに沢山のお菓子が現れた。
今日、ママとスザンヌさまのティーテーブルに載っていたケーキと同じくらい、キラキラしているやつだ。
ふわふわの金粉がまぶされたシフォンケーキ。
生クリームたっぷりのシュークリーム。
宝石みたいにキラキラしているチョコレート。
沢山のあまい果実をふんだんに使った、おいしそうなクレープ。
そして、この間食べたばかりの、ふわふわの綿菓子。
リーディアはキラキラしたそのお菓子達が沢山浮いている空間を、ふかふかの床をてちてち歩きながら、頭に載せた緑色の綿毛と共に、楽しく見て回る。
素敵な模様のチョコレートを一つ手に取って口に含んでみると、チョコレートはふわりと溶けて、甘くてまろやかな味わいが口の中いっぱいに広がった。
このお菓子は、食べることができるのだ!
喜びでいっぱいのリーディアは、辺りを駆け回りながら、少しずつ味見をしてまわる。
すると、近くで「ぴ」「ぴ」という満足げな声が聞こえた。
リーディアが振り返ると、すぐそばに浮いているお菓子のお皿の上で、ふわふわ綿毛がお菓子を頬張りながら、ふくふくと揺れていた。
ふわふわ綿毛はいつのまにか、リーディアの頭から飛び立っていたらしい。
リーディアはその可愛らしい様子を眺めていたけれども、綿毛はその視線には気が付かない。
甘いものを口いっぱいに放り込むので、とっても忙しいからである。
お菓子を飲み込むたびに、幸せそうな声が漏れていて、リーディアはふふふと笑ってしまう。
それにしても不思議なのは、甘いものを食べるたびに、綿毛が若干大きくなり、緑色の毛の色が薄くなっていくことだ。
この可愛い綿毛は、大きくなったらどんな姿になるのだろう。
綿毛が強そうな白鳥になる姿を想像しながら、リーディアが綿毛に、お菓子は美味しいかと尋ねると、綿毛は嬉しそうに「ぴよっぴ」と返事をくれた。
えへへと笑うリーディアに、綿毛は満腹になったのか、定位置であるリーディアの頭の上に戻ってきて、すよすよと寝始める。
なんだかふわふわしてきて、そのまま眠りに吸い込まれてしまいそうなリーディアのところに、ふと、銀色の光が近づいてきた。
手のひらサイズの、不思議な光だ。
なんだろうと思ってリーディアがその光を見つめていると、光は近づいてきて、ああそうだとリーディアは思う。
そうだそうだ。
あれは光じゃなくて、お姉さんだ。
小さなころからたまにリーディアのことを見にくる、パパにそっくりな、とっても綺麗な銀髪のお姉さん。
出会ったころは悲しそうな顔をしてしていることが多かったけれども、リーディアのところに大好きなママがやってきたあとは、ニコニコ笑っていることが多い。
今は、パパのところにいたんじゃなかったかな?
「シルクをよろしくね」
首をかしげるリーディアに、銀髪のお姉さんはそれだけ言うと、そのままふわりと消えてしまった。
あのお姉さんは、おしゃべりをすることができたのか!
衝撃のまま、リーディアの意識は、遠のいていった……。
~✿~✿~✿~
「ん~……」
リーディアは目をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。
そこは、リーディアの寝室だった。
薄暗いものの、カーテンから月明かりが漏れていて、室内の様子はぼんやりと窺うことができる。
(目が覚めちゃったの)
今日は二十一時には就寝したリーディアであったけれども、途中で目が覚めてしまったらしい。
室内の様子を見るにまだ夜中、体もまだしっとりと疲れていて、目は覚めたものの、眠気もほどよく残っている。
(二度寝を、するの……)
そう思いながら、リーディアは先ほど見た夢のことを思い出す。
甘いお菓子がいっぱいの、とっても素敵な夢だった。
ふかふかの真っ白な空間で遊ぶのも楽しかった。
リーディアが素敵な記憶の想いを馳せていると、隣で寝ていたふわふわ綿毛のミミが、ぷるりと体を震わせて、くぁ、とあくびをした。
どうやら、ミミも目が覚めてしまったらしい。
「ミミも、目が覚めちゃったの?」
「ぴ」
「まだ夜中なの。おトイレに行ってから、もう一回ねよっか」
「ぴ」
「どうしたの?」
ふわふわ綿毛は、何かムズムズしたようなそぶりで、リーディアの手のひらに昇ってくる。
リーディアが不思議そうにそれを眺めていると、ぷるりと綿毛が震えて、周りの空間からザラザラザラザラーと虹色に光るザラメが零れ落ちた。
「ふぁあああ」
「ぴ!」
「たたた大変なの! 毛布の上に、ゴミをいっぱいこぼしちゃったの! リーはママに怒られちゃうの!」
「……ぴ!?」
「片付けなきゃ……これ、なぁに? キラキラ、虹色……もしかして、あまいの?」
「ぴよっぴ」
頷く綿毛に、リーディアは思い切って、そのキラキラを口に含んでみる。
脳が溶けてしまいそうなほどの甘さだった。
しかも、甘すぎて頭痛がするといった副作用もない。
幸せを凝縮したような、とろけるような甘味。
これを綿菓子にしたら、どれだけ素敵な食べものになることだろう。
あまりの衝撃にリーディアが呆然としていると、布団の上にあったザラメは、そのまま蒸発するようにしてなくなってしまった。
失ったものの大きさに、リーディアはさらに呆然とする。
「ミミ! 今のお砂糖、もう一回、だしてほしいの」
「ぴ……」
「だめなの?」
「ぴ」
「どうして、消えてなくなっちゃったのかな」
「ぴ……?」
「わかんないの?」
「ぴよっぴ」
「そっか……」
悲しくてじわりと目が潤んでくる。
しかし、そんなふうに悩んでいる場合ではない。
「パパとママに報告しないと、なの!」
きっと、リーディアの大好きなパパとママなら、先ほどの美味しい砂糖をもう一度手に入れる方法を考えてくれるはずだ。
時計を見ると、今はまだ二十三時半だった。
もしかしたら、パパとママはまだ起きているかもしれない。
そう思ったリーディアは、肩掛けを準備し――リーディアはルビエール辺境伯領で、ネグリジェだけで廊下をうろついて風邪をひいたのだ――、お花型の魔石のランプを点けて、そっと廊下に忍び出る。
この時間になってしまうと、さすがに使用人達は居ないようだ。
もちろん、屋敷の外に夜番の護衛はいるけれども、屋敷内にわざわざ人を配置するような時間ではないのだ。
リーディアは、慣れない廊下をキョロキョロ見渡しながら、てちてちとパパとママの寝室に向かって足を運ぶ。
彼女がこのリキュール伯爵家王都別邸に来たのは、今年が初めてのことだ。
パパは毎年、社交のために王都に行くと言ってここに来ていたけれども、リーディアはまだ小さいからと言われて、リキュール伯爵領のいつものおうちでお留守番だったのだ。
だから、リーディアはこのリキュール伯爵家王都別邸にはあまり詳しくはない。
(でも、大丈夫。一週間前に王都に来てから、ママと沢山探検したもの)
昼間に探索した時の記憶を呼び起こしながら、リーディアは目的地へと真っすぐに進んでいく。
目指す目的地は、熱愛新婚夫婦の夜の寝室である。
新婚であるパパとママの寝室に夜中に近づくというのは、使用人達ですら許されていないことだ。
けれども実は、幼いリーディアは誰からもそのことを教えられていなかった。
パパとママが本当の夫婦になった頃には、リーディアが夜に起き出すこともなくなっていたので、彼女に夫婦の寝室について教えなければならないということに、誰も気が付いていなかったのである。
熱愛夫婦の寝室に近づいていく、無垢な幼子。
一昨日の夜であったら大惨事になっていたであろうそれは、今日というこの日、幸運なことに、事件に至ることはなかった。
いつも真面目にいい子で過ごしていたリーディアを、天は見放さなかったらしい。
パパとママは、夫婦の寝室で、まだお話をしていたのだ。
リーディアがパパとママの寝室にたどり着き、ノックをしようと手を差し出したその瞬間、パパとママの声が聞こえた。
なんだか、深刻な話をしている様子だ。
ノックをするのをためらったリーディアは、そっと扉を薄く開けて、中の様子を窺ってみる。
「リカルド、そんな……やはり、ウィリアム殿下はスザンヌ様と離婚されるおつもりなのね」
「そうなんだ。お二人は白い結婚だからな。二年たったら、婚姻無効の申し立てをすることができる」
「でも、スザンヌ様は、離婚したいなんて思っていらっしゃらないはずよ。イーゼル殿下とも仲良くなったばかりで……」
「そうだな。今日の様子を見る限り、スザンヌ殿下が居なくなったら、イーゼル殿下もさぞお心を痛められることだろう」
(た、大変なことを、聞いてしまったの!)
リーディアは薄く開けた扉を、気が付かれないようにそっと閉じると、よたよた、その場で後ずさる。
(スザンヌさまは、二年でいなくなる天使さまだったの……!!)
本当に大変なことを聞いてしまった。
これは、重大な事件だ。
一年でいなくなる予定の天使であったママよりは、長い間一緒に居てくれるとはいえ、二年でいなくなってしまっては困る。
だって、スザンヌさまは、お友達のイーゼルが選んだママなのだ。
無期限でイーゼルと一緒に居てくれなければいけない。
(リーに、できることは……)
イーゼルは昨日、スザンヌさまと仲良くなったばかりだ。
きっと、先輩スナイパーのリーディアと違って、スザンヌさまがお空に帰らないようにする方法を知らないに違いない。
(教えてあげないと、いけないの!)
小さなお手手を握りしめながら、リーディアはリキュール伯爵家王都別邸の床を踏みしめるようにして――傍目には、可愛いあんよでてちてちと――自分の寝室へと戻っていった。
リーディアには、使命があるのだ。
しっかり寝て、力を蓄えなけれないけないのである。
ちなみに、その頭の上でふわふわしているペットの綿毛は、パパとママの寝室へと向かった目的をすっかり忘れている銀色主人に、首をかしげていた。







