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22 王太子の悩み


リカルド視点です。



「妻との関係について、悩んでいるんだ」


 リカルドは、妻マリアがスザンヌ妃殿下からとんでもない告白を聞いていた同時刻、ウィリアム王太子からやはり重たい悩み相談を受けていた。


 嫌な予感はしていたのだ。

 妻マリアとスザンヌ妃殿下のティータイムにかこつけての、謎の会談。

 やっかいごとを持ち込まれる気配がひしひしとしていた。

 そして、人払いをした上で持ち込まれたのが、夫婦間の悩み事。

 やっかいな内容であることはまちがいがない。

 臣下として避けられぬことではあるとはいえ、リカルドは内心逃げたい気持ちでいっぱいである。


「具体的には、どのようなことが気になるのでしょうか」

「君は口が堅い男だと信じて相談する」

「はい」

「まあ、実際に事を起こせばすべて明るみに出るので、早いか遅いかの違いではあるのだが」

「そうなのですか」

「いつも女性に誠実であったというリキュール伯爵なら、正しい道筋を示してくれると期待している」

「過分な評価と存じますが……ご相談内容とは?」

「妻と別れる時期について相談したい」

「ゲッホゴホゴホゴホ」

「茶は落ち着いて飲んだほうがいいぞ」


 驚きのあまり紅茶でむせたリカルドに、ウィリアムは動揺することなく、悠然と紅茶を口に運んでいる。


「何故ご離婚などと? ウィリアム殿下はその、スザンヌ妃殿下とご婚姻されてから、その一年以上は……」

「結婚して二年が経つ」

「であれば、結婚したての頃と比べて、少しご関係性が落ち着くこともあるのでは」

「いや。我々の関係は、最初から冷え切っている」

「何故そのようなことに」

「私が、全て悪いんだ」


 額を抑えるウィリアムに、リカルドも頭を抱えたい気持ちになりながら、傾聴する。


 ウィリアムは二年前、エタノール王国の使節団として、隣国スルシャール王国に視察に行ったらしい。

 これは、王弟エドワードに誘われてのことで、「お前も見ておいたほうがいいから、国王になる前に一度一緒に来なさい」と言われたのだという。

 意味は分からなかったけれども、まだ二十歳を超えたばかりであったウィリアムは、エドワードに従うことにした。


 そして、見つけてしまったのだ。


 ただ一人ひっそりと咲く、美しい黒百合を。


「彼女はあまりにも美しかった。私は、一目見て心を奪われた」

「……」

「その様子を、叔父上に見られてしまったんだ」


 ウィリアムがスザンヌに心奪われる様を見たエドワードは、「ちょうどいい。我が国から、彼女に婚姻を申し込むこととしよう」と言い出した。

 動揺しながらも、ウィリアムは浮足立つような想いから、王弟エドワードの手配を妨害しなかった。


 それが誤りだったのだ。


 ウィリアムは、自国と隣国が婚約に関してやり取りをしている最中に、彼女が修道院に入る予定であることを知ったのである。


「彼女は結婚をせずに生きることを望んでいたというのに、私の一方的な想いでそれを邪魔してしまったんだ」

「一方的な想いとは限らないのではありませんか? 修道院というのも、妃殿下自身が希望したものとは限らないのでは」

「いや、本当に一方的なものなんだ。彼女には……詳細は伏せるが、男性に対して嫌な思い出がある。そのせいで、彼女たっての希望で、修道院に入ることになっていたのだと聞いた」

「それはどなたから?」

「彼女の兄であるスルシャール王国の王太子からだ。我々の婚約の調整は主にエドワード叔父上とスタンリー王太子殿下が執り行ったからな」

「……ですが、ご結婚されてからもう二年です。夫婦の時間は、日中だけではありません。ウィリアム殿下と長くいらっしゃるのですから、スザンヌ妃殿下の男性への嫌悪や、修道院へ入るお気持ちも薄らいだのでは」

「彼女とは白い結婚だ」

「ゴッホゴホゴホゴホ」

「茶は落ち着いて飲んだほうがいいぞ」


 咳き込むリカルドに、ウィリアムは落ち着いた表情で紅茶に口をつける。


「ウィリアム殿下は、失礼ですがその、お体のご不調がおありというわけではなく?」

「むしろそうあってほしいくらいなのだが、体は健康なことこの上ないな」

「そ、そうですか。では、ご夫婦の選択でそのようになさっていると」

「そうだ。……いや、違うな。私が彼女に申し出て、彼女はそれに頷いた」

「何故そんな」

「男にトラウマがあって結婚を避けていた彼女に、触れるわけにはいかないだろう」

「妃殿下のご意思は確認されたのですか?」

「私はこの国の王太子であり、彼女の夫だ。私から誘いをかけて、それを断るための後ろ盾が彼女にはない。意思を聞くどころか、私が口にしただけで、それは強制になることだろう」

「殿下」

「……私がただの第二王子であれば、まだよかったんだろうがな」


 王太子であった兄の失踪により、繰上りで王太子になってしまったウィリアム。

 その苦悩に、リカルドは内心、思うところがないではない。

 しかし、ここでそれを口にしてしまっていいのだろうか。

 いや、やめよう。裏取りをしてから事をおこすべきだ。これは、ひいてはエタノール王国と隣国スルシャール王国の関係にも影響する重大な案件なのだから。


「ウィリアム殿下。お話をお聞きして、私も思うところはありますが、一度考えを整理したく思っております」

「そうか。まあ、寝耳に水だろうしな」

「はい。それに、できれば妻の意見も聞いておきたいかと。ことこの件におきましては、女性の視点からの意見が何よりも大切かと愚考いたします」

「……それもそうだな。話は夫婦間に留めてくれよ」

「もちろんです」


 深く頷くリカルドに、ウィリアムは自嘲するように笑った。


「話を聞いてもらえるだけでも、荷が軽くなるものだな」

「殿下」

「このことは、この二年近く、誰にも言えなかった。特に、エドワード叔父上には」


 王弟エドワードがこのことを知ったらどうするだろうか。

 とりあえず、ウィリアムはこっぴどく叱られるような気がする。


 少し砕けた様子で苦笑いをしているウィリアムに、リカルドは、幼いウィリアムがエドワードにしこたま叱られている図を思い浮かべながら、とりあえず愛想笑いを浮かべたのである。



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