20 王太子妃スザンヌ
エドガー国王陛下から謝罪を受けた翌日。
わたしは再び、リキュール伯爵家王都別邸にて、一日ゆったりと過ごしていた。
これは、わたしを溺愛する無体な夫の仕業である。
おとといの夜の様子からして、嫌な予感はしていたのだ。
いや、確かにわたしも、『明日のお楽しみね?』とは言った。
しかし、ちょっと張り切りすぎだ。
結局、夫の愛を一身に浴びたわたしは、翌日一日、体が辛くて、せっかく王都に居るというのに、屋敷の中にこもることになってしまったのである。
スザンヌ殿下とのお茶会を二日後にしておいて、本当によかった。
ちなみに、犯人の夫は一日、蕩けるような笑顔で甲斐甲斐しくわたしの世話を焼いていた。
あまりに幸せそうなので、なんだかんだ許してしまった。
ついでに、銀色スナイパーの「パパ、すっごくご機嫌なの。何かあったの?」という質問に、心臓が飛び出るかと思った。
なにもかも、わたしの夫が悪い人なせいだ。
ギルティである。
そして、さらに翌日のお茶会当日。
本日のわたしの服装は、貴族婦人用のデイドレスだ。
王都や王宮に出かけるための私用のドレスなので、昨日来ていた領主夫人としての正装のような存在であるジャケットドレスとは異なり、少し肩が出ていたり、色味や装飾が華やかなものを選んでいる。
色は、リーディアとお揃いで、淡い水色の物を選んだ。
満を持して王宮にたどり着くと、王宮本館に案内された昨日とは違い、王宮第二別館に案内された。
第二別館は王太子一家が私的なスペースとして利用している建物で、低階層のフロアは、王太子妃夫婦がホームパーティを開いたり、私的なお茶会を開く際に使われることが多い。
今日は非公式にお話をしたいとのことだったので、この場所を選んだのだろう。
「居心地のいい建物だな」
「リカルド」
「ウィリアム王太子殿下とスザンヌ妃殿下のお人柄が現れている」
安心したような顔をしているリカルドに、わたしは頷く。
住む場所には、人柄が現れる。
派手な装飾を好み、散財しがちな王太子であった場合、この建物はもっと華美な雰囲気で満ちていたことだろう。
けれども、今わたし達の居るこの建物の内装は、派手過ぎず、けれども質素すぎて軽んじられることもないような、絶妙な飾り具合で、お二人のつつましやか真面目な雰囲気を感じ取ることができる。
次の国王夫妻であるお二人の人となりは、仕える臣下として重要なことだ。
リカルドは臣下として、きっと次のエタノール王国も、大きく身持ちを崩すことはないと考えたのだろう。
そんな話をしていると、案内の侍従侍女達がわたし達に声をかけてきた。
「リキュール伯爵はこちらへお願いいたします」
「リキュール伯爵夫人は、わたくしがご案内いたします」
「リキュール伯爵令嬢は、私どもと一緒に参りましょう」
案内を申し出てくれた三人の使用人達に、わたし達は顔を見合わせたあと、頷く。
わたしはこれから、スザンヌ妃殿下と二人でティータイムを過ごす。
リーディアはもちろん、お友達のイーゼル殿下のところへ行かねばならない。
そしてリカルドは、わたしとスザンヌ殿下のティータイムのことを聞いたウィリアム王太子殿下に、改めて呼ばれているのだ。なにやら、王太子殿下もリカルドと話をしたいことがあるらしい。
なんの話をしたいのかさっぱりわからないわたし達夫婦は首をかしげるばかりだけれども、王太子夫婦に呼ばれたのだから、臣下としては参じるのみだ。
そんなわけで、わたし達一家三人は、三手に分かれて歩みを進めていく。
私が案内されたのは、二階にあるテラス席だった。
ルビエール辺境伯邸宅と同じく、防寒魔法をかけられたガラスで覆われている。同じ建築士が手掛けたのだろうか。
席は暖かく、柔らかな冬の日差しが差し込む、素敵なテラスだった。
「ようこそ、リキュール伯爵夫人! お待ちしていました」
スザンヌ王太子妃殿下は、わたしを見るなり、パッと華やいだ笑みを浮かべて立ち上がる。
スザンヌ妃殿下は、正直、絶世の美女だ。
夜空の色の大きな瞳、桜色の唇は見るものの心を揺らし、ふくよかな胸、くびれた腰回り、艶やかな髪は女性としての魅力に満ちている。
紺色の布地に蜂蜜色の縁取りが施されたドレスは、彼女の知的な色香をしっかりと引き出していた。
そんな彼女の笑顔に、わたしはクラクラとめまいを感じてしまう。
「お招きいただきまして、ありがとう存じます。スザンヌ妃殿下」
「こちらこそ、来てくださって本当に嬉しいです。さあ、席におつきになって」
誘われるままにわたしが席に着くと、スザンヌ妃殿下は軽く好き嫌いを聞いたあと、薔薇の花びらの浮かんだハーブティーと、金粉が散らされたシフォンケーキを用意してくれる。
どちらも柔らかく素晴らしい味わいで、見た目も美しく、食べているだけだというのに、つい二人で盛り上がってしまった。
「あっ、ごめんなさい。私がお話ししたいと言ってお呼びしたのに、食べ物のことばかり」
「ふふ。きっと美味しいケーキの魔法ですね」
「それもですが……リキュール伯爵夫人とお話しするのが、楽しくて……」
目を彷徨わせながら、恥ずかしそうに目を伏せるスザンヌ妃殿下に、わたしは心臓を撃ち抜かれるような錯覚を覚える。
あれ、スザンヌ妃殿下って、もしかして傾国の美女なのでは?
わたしが男だったら、恋に落ちてしまいそうだ。
そうだ。
確か、ウィリアム王太子殿下が、隣国スルシャール王国に視察に行った際に、一目惚れをして彼女との結婚が決まったのではなかったかしら。
「わたしも、スザンヌ妃殿下とお話していて、とても楽しいです。ウィリアム王太子殿下は、こんなに素敵な奥様がいてとても幸せですね」
わたしがそうほほ笑むと、それまで笑顔だったスザンヌ妃殿下が、急に蒼白な顔で固まった。
あまりの変化に、わたしは(ああ、美女が固まると彫像のようだなあ)と現実逃避をする。
「あの……実は、リキュール伯爵夫人に相談したいことがあるのです」
「……はい」
「夫人はどうやって、ご主人の心を射止められたのですか?」
「ゲッホゲホゲホ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「だだだ大丈夫です。ええと、わ、わたしが、リカルドの……?」
「お心を射止めた手練手管を、教えていただきたいのです」
「てれんてくだ」
わたしが目を白黒させていると、スザンヌ妃殿下は悲し気な顔で俯いてしまう。
「私では難しいと、わかってはいるのですが」
「い、いえ! そういうことではなく。その、スザンヌ妃殿下はウィリアム王太子殿下とご円満な関係を築かれているのではないのですか? であれば、わたしの体験談なんて、必要ないのではないかと」
「……い、結婚、なんです」
「えっ?」
「あの……リキュール伯爵夫人は、きっと口が堅いと思うので……お伝えするのですが……」
嫌な予感がする。
というか、さっき、嫌な言葉が聞こえた気がする。
いやでも、こんな美女を据え膳に置かれて、まさか、そんな。
「私とウィリアム様は、白い結婚なんです。もうすぐ、離婚……といいますか、婚姻無効の手続に入る予定で……」
度肝を抜いてくるその告白に、わたしは真っ白な顔で固まった。
こ、これは、国を揺るがす内容なのでは?
わたしの手に負えるとはとても思えない。
しかし、ここまで聞いてしまっては、後に引くことはできないのだ。
目の前には、素晴らしい景色のテラス席を背景にした、悩める美しき王太子妃殿下。
聞かない方がいい気はしているけれども、とりあえず、わたしは詳細を聞くことにした。







