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19 黒髪王子と銀色スナイパーの出会い


 リーディアは王宮の子ども部屋で、国王の孫イーゼルと向き合っていた。


 イーゼルはサラサラの黒髪に碧眼の、可愛らしい顔つきの六歳の男の子だ。

 どことなく、先ほどあったエドガー陛下やウィリアム陛下に顔つきが似ている気もする。


 リーディアが今まで見てきた中で、一番キラキラしたエタノール王国風の衣装を着ている。

 

『ああでも、リーディアにはまだ早かったかな……ママの見ていないところで、貴族のお友達を作るなんて』


(リーは! 立派なお姉さんだから、大丈夫!!!)


「初めまして。リーディア=リキュールです。よろしくなの」


 優雅にカーテシーをきめたリーディアは、ふふんと自慢げな顔――傍目には、キラキラお目目の可愛い素敵な笑顔――で、イーゼルを見た。


(完璧なご挨拶なの!)


 しかし、イーゼルは動かない。

 淡い水色の瞳をパチパチと瞬きながら、驚いた顔でリーディアを見ている。ふくふくしたほっぺが紅潮しているようにも見える。

 もしかして、何か失敗してしまったのだろうか。


「……あの」

「!! ぼ、僕はイーゼルだ!」

「イーゼル様、ご挨拶は丁寧にいたしましょう」

「……イーゼル=ルクス=エタノールだ! こ、この国の、王子なんだぞ!」

「王子さま」

「……! そ、そうだ! だから、すっごくえらいんだ!」

「うん。あのね、王子さまには、お友達はいる?」


 シーンと、子ども部屋は一気に静まり返った。

 室内に居る侍従も侍女も、全員が青ざめている。

 イーゼルも、水色の瞳に涙を浮かべながら、プルプル震えている。

 そのことに気が付かないのは、みっしょん成功に向けて邁進する銀色スナイパーだけである。

 壁際にいる侍女サーシャからは、「地雷原でダンス!」という呟きが漏れている。


「……」

「王子さま?」

「……いる。多分、一人」

「多分?」

「いるったらいるんだ! お前こそ、どうなんだ!」

「いるよ。でもね、リーはお友達が少ないの。だから、王子さまともお友達になりたいです」

「えっ」

「王子さま。リーとお友達になってくれますか?」


 リーディアは、胸の前で手を組むと、心を込めてイーゼルを見つめた。

 なにしろ、この答えに、銀色スナイパーのみっしょんの成否がかかっているのだ。

 さきほど、王様の前でのご挨拶みっしょんを失敗した彼女としては、これを取りこぼすという選択肢はないのである。


 リーディアがイーゼルの心を打ちぬくべく、熱を込めて、彼の淡い水色の瞳を見つめると、小さな黒髪の王子さまは、顔を真っ赤にして固まってしまった。

 壁際に居る王家の使用人達は、皆、涙を浮かべながら生暖かい笑顔でその様子を見守っている。

 「な、なんて罪作りなお嬢様……っ」と、誰にも聞こえないような小声で心の声を漏らしているのは、もちろん侍女サーシャである。


 室内に居る誰もが、黒髪王子が銀色スナイパーの申し出に頷くと信じていたそのとき。

 しかし、幼い王子は最後の抵抗とばかりに、心の内にある疑問を叫んだ。


「お、お前は、僕の髪が気にならないのか!」

「髪?」

「そうだ! ぼ、僕の髪は……」

「黒くてかっこいいの」

「!?」

「ディエゴと一緒!」

「……ディエゴ?」


 一瞬喜んだような、泣きそうな顔をした黒髪王子は、目の前に居るとんでもなく可愛いお友達候補の口から出てきた男の名前に、眉根を寄せる。


「うん! リーのお友達!」

「!! ……ぼ、僕の方が、カッコいいはずだ! 王子だからな!」

「ディエゴは異国の王子さまなの」

「!? だ、だけど、僕だってかっこいいんだろ! そう言った!」

「……? うん、王子さまはかっこいいよ」

「……!!! だ、だ、だったら、と、と、と」

「……??」

「と、とも、だ、とも」

「……???」

「なんでもない!」


 そっぽを向くイーゼルに、リーディアは首をかしげる。

 ケッホケッホと咳ばらいをしたイーゼルは、どうやら話題を変えることにしたらしい。


「そ、そういえばお前、聞いたぞ。お前とお前の母君も、血が繋がっていないんだろう」

「うん。ママは天使さまだから」

「!?」

「ハッ! なんでもないよ。リーはなんにも言ってないの」

「……天使?」

「なんにも言ってないの!」


 涙目で必死に訴える銀色お友達候補に、今度はイーゼルが首をかしげた。

 壁際では侍女サーシャが、「オジョウサマァー!」と青ざめている。


 イーゼルはよくわからないままに、とりあえず、銀色お友達候補の言うとおりにすることにした。


「じゃあ、わかった。何も聞いてない」

「!」


 よかった。

 王子さまは、リーディアの失言を聞いていないらしい。


 思わずにこーっと満面の笑みになるリーディアに、イーゼルは顔を真っ赤にしてサッと目をそらしている。


「……お前は、本当の母様が恋しくないのか」

「? リーはママの本当の子なの」

「だ、だから! 血が繋がった母様のことだ!」

「リーのママは、ママだけなの。ほら、これがその証拠なのよ」


 そう言って、リーディアは首元から、リルニーノの首飾りを取り出してイーゼルに見せた。

 逆三角形の木彫りの首飾りには、タラバンテ語で母マリアの名前が刻まれている。

 沢山の模様が刻んであって、後ろにも古代タラバンテ語で文字が書かれている、緻密な意匠の首飾りだ。


 イーゼルは興味津々で木彫りの首飾りを見つめ、リーディアはふふんと自慢げに胸をそらしながら、首飾りについて説明しはじめる。


「これはね、リーが自分で、リーのママを選んだ証なの。リーのきょーじをかけた、一生の約束なの」

「自分で、お母様を選ぶ……」

「リーは素敵な伯爵令嬢だから、自分でママを捕まえたの。でもね、ママはね、沢山かわいくて、すぐに攫われちゃうから、リーは大変なのよ」


 リーディアは、レヴァルで大切なママを奪われそうになったときのことを思い出し、ぷんぷんと目を吊り上げる。

 その間、イーゼルはうっとりと木彫りの首飾りを見つめた後、「ほしい」と呟いた。


「え?」

「この首飾り。僕もほしい」

「王子さまも?」

「僕も、お母様と血が繋がっていないんだ。……だから、その」


 リーディアは少し考えた。

 なにしろ、この首飾りはとても貴重なものなのだ。大好きなエリーちゃんのためにもう一つ手に入れるときにも、魔法使いさんといっしょに木彫り職人のおじいちゃまのところに頼み込みに行って、なんとか作ってもらった。

 イーゼルのために、さらにもう一つ作ってくれるよう、おねだりをする。

 上手くいくだろうか。


 悩みながら、リーディアがイーゼルを見ると、熱のこもったその淡い水色の瞳が、すがるようにしてリーディアを見ていた。

 それを見たリーディアは、力強く頷く。


「わかったの。リーのちからで、首飾りを手に入れてあげるの!」

「そ、そうか。どのくらいで手に入るんだ?」

「魔法使いさんと木彫りのおじいちゃまに頼まないといけないから、時間がかかるの」

「そうか……」


 イーゼルはしばらくためらった後、恥ずかしそうに「ありがとう」と口した。

 リーディアはにっこりと微笑んだ。

 お友達に力になれるのは、とっても嬉しいことだ。

 できたばかりのお友達が嬉しそうにしてくれるなら、なおさらである。


 そうこうしているうちに、先ぶれのベルが鳴った。

 スザンヌ王太子妃殿下とパパとママが、子ども部屋にやってきたのだ。


「あっ。パパ、ママー!」


 すてててて、とリーディアはマリアに駆け寄り、そのスカートにぽふんとぶつかっていく。

 ママはお腹を押さえてちょっと困った顔をしたあと、リーディアに目線を合わせるべくその場でしゃがんで、不思議そうに首をかしげた。


「リーディア。もうこっちに来ていいの? お友達は?」

「!」


 ハッと目を見開いたリーディアは、すててててて、と慌ててイーゼルのところに戻った。


 その俊敏な動きに、イーゼルは目を丸くしている。


「イーゼル、またね!」

「お、お、お友達って……」

「うん! リーとイーゼルはお友達! ……えっ、違うの!?」

「い、いや、違わない!」

「そうよね!? よ、よかったの……」


 安心して頬を緩めたリーディアに、イーゼルはまたしても顔を真っ赤にしている。


「……だったら」

「うん?」

「友達だったら、また来い!」


 そう言うと、イーゼルは大人達の間をすり抜けるようにして、廊下へと出て走り去ってしまった。

 侍従達が慌てて、イーゼルを追いかけている。


 リーディアは首をかしげながら、今度はゆっくりと――傍目には、てちてちという効果音がつきそうな足取りで――パパとママの近くに歩いて行った。


 パパとママの近くにはスザンヌ王太子妃殿下が立っていて、悲しそうな顔でイーゼルの走り去った後の廊下を見ている。


「スザンヌさま。王子さまを追いかける?」

「えっ!? い、いいえ。大丈夫よ」

「そうなの?」


 リーディアが不思議に思ってスザンヌ王太子妃殿下を見上げると、スザンヌ殿下は困ったように目を伏せてしまった。

 そこに割って入ったのは、大好きなママだ。


「リーディア。実はね、明後日、わたしはスザンヌ殿下のところにお茶会をしに行くの」

「そうなの?」

「ええ。だからね、リーディアもそのとき、イーゼル殿下に会いにきましょうか」

「!」


 パッと華やいだ笑みを浮かべるリーディアに、ママは全てを悟った顔で頷く。


「うん! リーは王子さまのお友達だから、会いに来る!」


 リーディアがキラキラの笑顔でそう答えると、ママは嬉しそうに笑ってくれて、パパは「楽しみだな」と頭を撫でてくれた。


 そんな様子を、スザンヌ王太子妃殿下が、切ない目で見ていたのだけれども、当の本人達――特にリーディアは、気が付かない。


 なにしろ、銀色スナイパーリーディアは、ママがいないところでお友達を作るという高難易度みっしょんを成功させたのだ。

 その成功に酔いしれることに忙しい彼女には、ほかのことは見えていなかったのである。


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