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17 ハニートラップの内実


 時は戻り、面会室にて。

 エドガー国王陛下は少しずつ、今回の経緯を話し始めた。


「私がしたことはその、そんなに大きなことではなかったんだ」


 そう話すエドガー国王陛下に、エドワード王弟殿下が「兄上」と目を吊り上げ、陛下は「そのつもりだったんだ」と付け加える。


 リカルドの従妹夫妻と前リキュール夫妻が亡くなった二年前のこと。

 その頃、リカルドは三十歳、リーディアは四歳だった。


 聖女の血を引くリキュール伯爵一家が二人に減ってしまったことにより、エドガー国王陛下は大変焦った。

 そして、リカルドに真正面から再婚を勧めた。

 リカルドはけんもほろろにそれを断った。


 仕事で会うたびに、夜会で会うたびに、エドガー国王陛下はリカルドにそれとなく結婚の話を持ち掛けた。

 リカルドはやはり、けんもほろろにそれを断った。


 エドガー国王陛下は衝撃を受けた。


 一応、このエタノール王国では、国王が貴族に対して、婚姻という身分行為を強要する権利は担保されていない。

 しかし、実際には、国王一推しの縁ともなると、両家が喜んで縁談を進めるので、その縁は成立することが多いのだ。


 それにもかかわらず、真正面からその縁談を断り続けたリカルド。

 おそらく、聖女の血を引く特殊な立ち位置の一家でなければ、こうも断り続けることは難しかったように思う。


「いや、マリア。私は聖女の血を引いていなくても断り続けたと思う」


 心を読んでくる夫に、国王陛下はうなだれ、わたしは苦笑いだ。

 そこまで再婚を拒絶するとは……前の婚姻生活はそんなにも辛いものだったのだろうか。カーラさん?


「それで、自然と仲良くなる女性ができればいいと考えたのだ。令嬢支援の建前もあったしな」


 エドガー国王陛下は、それとなく、国王がリカルドの再婚を推しているという噂を流した。

 これはまあ、陛下が噂を流さなくとも、既に陛下がリカルドに婚姻を進めている姿を何人もの貴族が目撃しているので、既に噂になっていた。


 それに加えて、エドガー国王陛下は、婚約者のいない年頃の娘が居る貴族の家に、内々に通達を送った。

 リキュール伯爵との縁を考えている娘が居る場合、夜会に参加するドレスや装飾品の一部を支援するという内容のものだ。


 夜会に出るための女性の身支度には、相当なお金がかかる。

 ドレスはそもそも高級だ。

 そして、一枚きりでは、そのシーズンの夜会に参加しきるのは難しい。

 複数の夜会で同じコーディネートを続けるというのはマナー違反で、『着た切りツバメちゃん』と揶揄される行為なのだ。

 そのため、令嬢達は、最低でもワンシーズンの夜会のために三着はドレスを用意し、お飾りや毛皮、扇子や靴などで、手を変え品を変えコーディネートを変えつつ夜会に出ているのだ。

 仮面舞踏会では、あえて同じドレスを着続けて『あの赤いドレスの女性』と名を広める手もあるのだけれども、それは夜のお遊びの世界のこと。例外なのである。


 というわけで、今回のエドガー国王陛下の話に、婚約者のいない令嬢達は飛びついた。

 大勢が国王陛下の支援を受けながら夜会に参加し、建前上、リキュール伯爵に言い寄らねばとリカルドに会いにいった。

 そして、リカルドの美しさ、少し低めの色っぽいハスキーボイス、聖女の血を引くという特別感、なにより複数の女性に囲まれつつも紳士的に対応するその姿に、その多くが彼に恋をし、あるいはファンになってしまったのである。


 とはいえ、相手は伯爵本人で、相手として選ばれるとしても、たった一人だ。

 多くの女性は、彼の目に留まるのは自分ではないだろうと諦め、しかし想いは高まるので、お茶会で話題に出し、物語として書き綴り、使用人達にその思い出を語り続けた。

 そうして、使用人達の噂として、リキュール伯爵の美しさや、国王陛下が再婚を推していることが広まり、その話は下町にも伝わっていく。

 そんな噂を聞いた平民の令嬢達は、一目彼を見てみたい、あわよくば見初められたいと胸を高鳴らせ、水商売の女性達は、彼を落とせば国王の後押しもあり人生が潤うのではと気合を入れ、離婚後の女性や未亡人達は自分なら彼の気持ちがわかるのではと一方的に共感した。


 女性たちは、なんとかして一目彼の姿を見たいと、社交シーズンで王都に居る彼や、リキュール伯爵領で領地視察中の彼を探し出し、そしてその美しさに、恋に落ちる。


 しかも、彼の姿を見るたびに、自分達と同じように彼の心を射止めんとする女性達が、彼に群がっているのだ。

 負けてはいられないと、おめかしをして、改めて彼の前に現れる。

 そして紳士的に対応する彼の姿に、また心を奪われる。

 リカルドの周りの女性は、増え続けるのみ。


 こうして始まったのが、ハニートラップ攻めだったのである。


「女性を見るたびに青ざめていくリキュール伯爵に、これはまずいと思ったのだが、この時点では事態は私の手に余る状態になってしまったのだ」


 話が終わり、その場はシーンと静まり返っていた。


 一体、なんと言ったらいいのか……。


「思慮が足りない」


 口を開いたのは、もちろんエドワード王弟殿下である。


「リキュール伯爵が一度断った時点で、兄上は引くべきだった」

「そうだな」

「令嬢達の夜会への意欲を侮りすぎだ」

「それは、そうかもしれぬ」

「あとは、リキュール伯爵を見ていなさすぎだ」

「……うん?」

「少し見たらわかるだろう。この美丈夫が離婚して一人ヤモメになったんだぞ。世の女性が放っておくわけなかろうに。兄上が余計なことをする以前から、独身に戻ったリキュール伯爵は夜会の華だったんだ」


 目を瞬いた後、「そうか……」と項垂れるエドガー国王陛下。


 リカルドは眉根を寄せながら、「それでも再婚はしなかったと思う」と、わたしにだけ聞こえるようにぽそりと呟いている。

 ええと、だから、前の結婚? ……カーラさん!?


「リキュール伯爵。大変申し訳ないことをした。謝罪を受けてくれるだろうか」


 頭を下げる国王陛下に、わたしは感慨深いものを感じていた。


 いくら非公開の国王謁見とはいえ、国王自らが国王として頭を下げるというのは、基本的にあり得ないことだ。

 官僚が作った文章で謝意を示したり、お詫びの対価を払うことはあっても、国の当主による直々の謝罪は、その数を増やせば国が軽んじられる要因となってしまう。


 それでも、エドガー国王陛下は、リカルドに謝罪することを選んだ。


 それ程に、聖女の血筋というのは、このエタノール王国において重きを置かれているものだということなのだろう。


(この国に住む人達は、それをわかっているのかしら。実際、わたしはそれほどのことだとは、あまり考えていなかったのだけれども……)


 リキュール伯爵家が伯爵に留まっていることで、その価値が王国民に浸透しきっていないような気がする。

 そんなことを思いながら、傍に座るリカルドを見上げたところ、彼はまっすぐに国王陛下を見ていた。


「謝罪を受け入れます」

「リキュール伯爵」

「今後も一伯爵として、エタノール王国のために力を尽くすと約束いたしましょう」

「……ありがとう! 伯爵、本当にありがとう」

「陛下」

「今回の件、もちろん言葉だけで済ませるつもりはない。何か望みはあるだろうか」


 来た!

 来てしまった、お詫びの品のお話!


 わたしが若干青ざめた顔でリカルドを見ると、彼はいつもに増してキラキラした雰囲気を醸し出しながら、憂えた表情でそっと目を伏せた。


「今回の件、マティーニ男爵と、彼の娘である妻マリアが私と娘を支えてくれたので、私は乗り越えることができました」

「そうか」

「ただ、ずっと心残りがあるのです」

「というと?」

「妻の……」


 ……ん?


 リカルドの、妻の。


 わたしの?


「愛する妻の花嫁衣装という晴れ姿を、多くの人にお見せすることができなかったのです……!」


 リ、リカルドー!?

 急に一体、何を言い出すの!!


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