8 下町大通り再び
あれからわたしたちは、再び王都の下町大通りにやってきた。
雪精霊の影響はどうやら収まったらしく、通りは賑わいを取り戻している。
むしろ、雪精霊による寒さの影響で、温かい食べ物の屋台はさらに人気を高めたようで、いくつもの行列が出来上がっていた。
もちろん、そんなにぎわいを目にして、黙っている我らが銀色スナイパーではない。
「ママ! はやく、はやく!」
「ちょ、ちょっと待ちましょうね」
「ママ、はやく!」
馬車停留所に着く前から、馬車の窓にかじりついている銀色スナイパーは、今度こそみっしょんを成功させるべく、神経を高ぶらせているようだ。
屋台に並ぶ人々の姿を見て、悔しそうにふくふくのほっぺを膨らませている。
先ほどの雪辱を果たさねばならない彼女は、他の者に遅れをとっているわけにはいかないのである。
「リーはね、綿菓子は絶対に必要だと思うの。ミミと同じ、ふわふわなのよ」
「ぴ!」
「そうねえ」
「お肉はね、やっぱり必要だと思うの。あんなにおっきなお肉の串、見たことがないの」
「ぴぴ!」
「そうねえ」
「輪投げもね。てっぽうで撃つやつも、飴ちゃんも、ポテトも、リーには必要なの」
「ぴ! ぴ! ぴ! ぴ!」
「あら、三つを超えたわね」
「……」
「……」
「三つよ。最高の三つを選ぶのよ」
うるうるお目目の銀色スナイパーとそのお供に、わたしは苦笑する。
ちなみに、銀色スナイパーのお供となったふわふわさんは、食事ができるらしい。
侍女サーシャによると、夢花は毎日ではないけれども、美味しそうなものを見つけると勝手にもぐもぐ食べているときがあるので、おそらく嗜好品として楽しんでいるのだろうとのこと。
うちの家族に加入したばかりのふわふわさんは、どうやら銀色スナイパーの屋台巡りのお相伴にあずかる気でいっぱいらしく、屋台の数を制限されたことで、主人と共に大変なショックを受けていた。
落ち込む二人の様子に、私の隣に居るリカルドは神妙な顔をしている。
「精霊はこちらの言語を詳細まで理解できるものなんだな」
「あら、そうよ。リカルドは知らなかったの?」
「……マリアは知っていたのか?」
「ええ。でも、そういえばなんでかしら」
精霊が人間の言葉を理解しているのは当然のことだと思っていたけれども、リカルドにとってはそうではないらしい。
ということは、おそらくエタノール王国人にとって、精霊が人間の言葉を解するというのは常識ではないということだろう。
何故わたしは、それを常識だと思っていたのだろうか。
「多分、お父さんと行った旅先に沢山精霊が居たから、そんなものだと思っていたのね」
「うん? ……精霊が沢山居る国があるのか?」
「ええ。小さなころからたまに行く、南端の島国でね。実は――」
「パパ! ママ! すごいのがある!!」
わたしがそこまで話をしたところで、銀色探検隊が大きな声を上げた。
どうやら、窓に張り付いて目を皿のようにしていた彼女は、大きな宝物を発見したらしい。
彼女の指さす方向を見ると、確かにその一角だけ異様な雰囲気を醸し出している屋台が存在している。
多くの電気コードが絡まるようにして掛けられ、色とりどりに輝く電球で装飾を施されたその屋台の看板には、蛍光色で『電気体験屋』と書かれている。
意外にも行列ができているその屋台からは、楽しそうな声があふれており、屋台の横に輝く謎の板は、黒い背景に色とりどりの文字で何かのランキングを表示させていた。
今も、ワッと声が上がったかと思うと、ランキング表示が入れ替わり、ギラギラとした色味の光と軽やかな電子音が鳴り響いている。
目を見張るリカルドと興奮しているリーディアを横に、わたしは一人青ざめた。
気が付いてしまったのだ。
この電気製品づくめの屋台。
強い桃色、エメラルド色、黄色と、目に刺さる配色の屋台屋根の色。その色選びのセンス。
そしてなにより、あの屋台の受付でニコニコ顔で座っているのは、わたしの知っている人物だ。
柔らかい茶色の髪に碧眼、大きな黒ぶち眼鏡をかけた二十代半ばの中背の男。
よれよれの白衣を着て、髪に櫛を通さず、刺激的なオレンジ色のシャツを着て、首に真っ黄色のヘッドフォンをかけ、虹色の巨大腕時計を身に着けたその人は、間違いなく。
(……ミゲル兄さん……!)
電子機器の研究における第一人者と言われる、一代伯爵ミゲル=マティーニだ。
わたしが額を抑えたところで、同じく受付を見た小さな銀色スナイパーから、「ふしぎなお兄ちゃんがいるー!」と声が上がった。
リカルドは、受付を見て、わたしを見た後、もう一度受付を見て、さらにわたしのほうを見て絶句していた。
ええと、さも、ありなん……。