婚約破棄された?っていうか、婚約していたの?
この辺境の地に来てからお父様に事情をきいた。
心の底から驚いてしまった。
わたしがレイナルドに婚約破棄をされたというのである。
婚約破棄……。
たしかに、あの乗馬大会でレイナルドは何か叫んでいた。だけど、馬のことで頭も心もいっぱいになりすぎていて、彼の叫び声は一切耳に入ってこなかった。
まさか婚約破棄されていたなんて夢にも思わなかった。
っていうか、彼とわたしが婚約していたの?
いったい、どういうこと?
婚約破棄されるということは、当然婚約していなければならない。婚約していてこその破棄、よね?
お父様に婚約破棄されたときかされて以来、その不可思議な事象について事ある毎に考えてしまう。
婚約破棄された理由についてではない。婚約していたことについてである。
どれだけ考えても、まーったく覚えがない。
二千歩譲って言葉や態度に出さず、いつの間にかそういう雰囲気になっていて暗黙の了解で婚約者っぽい立ち位置になっている、というケースはあるかもしれない。
だけど、それはあくまでももともと親密以上の関係を築いている場合である。それに、しきたりや身分に縛られない状況である。
わたしたちは、顔を合わすことすらなかった。まだ子どもの頃、といっても四歳とか五歳の頃には、顔を合わせる度にケンカをした記憶がある。っていうか、きまってわたしが彼を泣かしていた気がする。
薄っすらと記憶に残っている、というレベルである。
それ以降は、遠くに彼がいるのを見かける程度だった。
だから、そういう雰囲気で暗黙の了解的に婚約者になっていた、なんてことはありえない。
それに、まがりなりにも王太子である。立場的にも相手に伝えて了解を得、周囲にも公言するのではないかしら。
謎すぎる。
「馬臭いから離縁する」
彼は、そう宣言したらしい。
どう考えてもおかしすぎる。
まぁ、いまさらってことなんだけど。
だけど、あの場にいた多くの貴族たちは、見たまま聞いたままのことを信じている。
まぁ、それもいまさらってことなんだけど。
いまさら名誉の回復っていっても遅すぎるし。
だけど、お父様とお兄様には悪いことをしてしまった。たとえそれが違っていても、お父様とお兄様の名誉も傷つけたことになるから。
いずれにせよ、「馬糞臭い令嬢」として国レベルで認定されたわたしを、偽装とはいえ妻にしてくれたセプルベタ公爵も変わっているわよね。
いろいろな事情があってやむなしとはいえ、それでも変わっているわ。捜そうと思えば、偽装結婚してくれる女性はいくらでもいたでしょうに。
「ジュステ帝国が侵攻してきた。国境警備隊は話にならなかった。招集されたわれわれはもちろんのこと、他の将軍たちも迎撃しているが、最弱軍のわれわれに勝機などあるわけもない。というよりか、われわれセプルベタ軍以外は、敗走してしまう始末だ。それでも、孤軍奮闘した。が、部下の中に公爵を失脚させようと目論んでいる連中が少なくない。王都にあることないこと報告をしたり、命令に従わなかったりした。挙句の果てに、王都から謀反の嫌疑をかけられてしまった」
「なんですって?バカじゃないの」
お父様の説明に、思わずブルーノと顔を見合わせてしまった。
「ああ、バカ以外のなにものでもない。結局、公爵はブチギレて戦場から直接ここに戻ってきたわけだ」
「王都は、いまごろ陥落しているだろうな。自業自得だ」
「お兄様、そんな悠長なことを。そうだとしたら、公爵やブルーノの身も危ないのではないかしら」
セプルベタ公爵は、謀反という理不尽な理由で切り捨てられてしまった。
だけど敵国は、将軍という地位や公爵という身分をけっして看過しないでしょう。その嗣子のブルーノも同様である。
ということは、一応妻のわたしもマズイということよね。